第百二話
「いや~素晴らしい活躍だったよチャンクー殿。まさか、あの妖怪たちを簡単にあしらえてしまうとは。貴殿の実力は本物らしい! 今後の対応を改めなければならないな!」
場所は再び変わり、ここはロシアの国境付近にある軍の駐屯地。防衛協定を結んでいる中国と、巨人族が復活しつつあるロシアの両方を守れるよう、俺たちはこの場所に集められている。
「うるさい。妖怪を退けたのは俺じゃなく、ソンダビットとドラコイェストの働きだ。実際、俺は妖怪を一体しか倒していない。それにあの場所なら、歩兵よりも戦闘車両の方が断然効率的だし、リスクも低い。上官殿、もう少し戦う者の安全面を考慮されては?」
まったく、俺をイラつかせる天才かコイツは。今のたった一言で、頭に血が上ったというレベルを超えている。作戦が始まる前から苛立っていたが、もう我慢の限界だ。
「だいたい貴殿は、俺たちのことを何だと思っているのか! ソンダビットやドラコイェストはこの国にとって重要な戦力だ。もっと慎重に扱ってもらわなければ困る。確かに俺の実力を確かめておきたかったのは分かるが、アフリカでの活躍でも分かる通り、あの程度の雑魚では話にならないぞ。貴殿の行動は、国と民を救うという目的から逸脱している!」
前々から思っていたことを、真正面からぶつけてやった。
こんなのはおかしい。使える戦力を出し渋り、救えるはずの民を救わないというのは、一国家がやって良いことではない。いや、国家どころか、如何なる人間もこれをしてはいけないのだ。
先の任務、俺はともかく、ソンダビットとドラコイェストの安全は全く考慮されていなかった。
雑魚とは言え、相手は魔力を操る妖怪だ。本来なら、戦車を持ち出さなければいけない相手である。
確かに彼らは強い。あの程度の敵に後れを取るなど、絶対にありえないと言い切れる。
しかしあの妖怪の攻撃力は、人間の耐久度を遥かに超えていた。一撃でも喰らえば重症、最悪の場合死ぬこともあり得ただろう。
「ハハハ、分かっていますとも。私が兵の安全を軽視しているなど、断じてありえません。次回からは更なる安全の確保とともに、チャンクー殿達にはより強力な敵の相手をしてもらいましょう。……クソ、私にそんな口が聞けるのは貴様くらいだぞ」
「何か?」
「いえ何も」
……本当は聞こえているんだが、今は聞かなかったことにしてやろう。コイツと口論をしていても、何の解決にもならない。戦場を忘れた上官など、もはや軍人ではない。戦う者の気持ちが分からない奴には、言葉では伝わらないのだ。
思えば、ジェリアスはその点最高の上官だったと言える。
兵とともに最前線で戦い、戦うことの恐怖、高揚、喪失感、友情。そういったものを全て共有し、それを良く考えて兵を動かしていた。
そこに加え、作戦立案や各所会議への出席、軍費の管理会計、戦闘車両を始めとする武具の把握、果ては他国への侵入許可まで、ありとあらゆる仕事を一手に引き受けていた。そんなもの、個人では到底成せるものではない。それほどまでに、当時のタンザニアは人手が不足していたのだ。友情のため殉職した彼の活躍を、コイツにも見せてやりたい。
「より強い敵と戦い、今も恐怖に震えている人を助ける。例えそれが相手に伝わらなかったとしても、俺たち化生の使命は人間を助けることだ。個人で動くよりも、巨大な組織で動く方がより広範囲にわたって人間を救えると考えたから、俺はこの軍にいるのだ。それが出来ないようであれば、もう貴殿らに用はない。この国の戦力として数えることも出来ないと思ってもらおうか」
現在この国は、協力者である俺を戦力として他国に圧を掛けている。ロシアと中国に害になるようであれば、アジア諸国に化生を送ることはないと。まるで核兵器のような扱いを、俺は受けている。
しかし、やはり国連の活動範囲というのは広いもので、俺が個人で動く程度では到底不可能な範囲の敵を相手にすることが出来る。だからこそ、俺はこの組織に協力しているのだ。そこに国が口を挟んでくるというのが、俺には理解できない。
俺のことは好きに利用してくれて構わない。それが多くの人間を救う結果になるのであれば。しかし連中の動きがその範囲を脱するようであれば、俺は躊躇なくこの組織を脱退する。誰も俺を止めることは出来ない。
この話は当然、ここに来る以前にジダオにも話してある。
「ええ、ええ。そちらのご要望は必ず叶えますとも。何せ貴殿は、世界を救う化生様でありますから。そしてこの国の英雄であるソンダビットとドラコイェストも、化生様と同じように丁重に扱うことを約束いたします」
「その言葉に、嘘偽りはないな? いざとなれば、俺が実力行使に及ぶことも覚悟しておけ。残念だが、今の人類の技術程度では俺を殺すのは不可能だ。何せ、人類は自然災害を止められないのだから。山を砕けない核兵器に、俺を害することは出来ない」
ハッタリではなく、事実だ。俺は既に、火山と同等の領域まで成長している。確かに核兵器の威力は凄まじいが、未だ魔法への転用は成功していない。魔力を持たない純粋な破壊力程度では、俺を止めることなど不可能である。
それだけ言い捨て、俺たちはこの場を去った。終始ソンダビットとドラコイェストは発言しなかった。それだけ、上官の影響力が大きいのだろう。だが、そんなものは間違っていると、俺は何度でも主張できる。組織に縛られて人命を落とすなど、あってはならないのだ。
「すまないな、二人とも。少々感情的になってしまった。二人の立場が危うくなる発言もしてしまったと思う。これで、俺ではなく二人に何か処分が下るようであれば、俺の名前を出せ。すぐに撤回させてやる」
「いやいや、気にしないでください。チャンクーさんかっこ良かったっスよ。上官にあんなこと言えるの、本当にチャンクーさんくらいのものっス。スカッとしました!」
「そうですね。上官たちにとって、私たちは使い勝手の良い兵器に過ぎないですから。幼少の頃より魔力が扱える兵士として育てられ、この軍に就く以外道がなかった。ゆえに私たちは、上官に逆らうことは出来ないんですよ」
酷い話だ。確かに、身体強化の魔法は他の魔法と勝手が違う。幼少期から魔力を身体になじませ、感覚的に扱えるようにならなければいけないのだ。
これは人類を守るためであり、何も彼らの人生を破壊するためのものではないのだ。
しかしこれでは、実質彼らの人生を奪っているのと同じ。職業選択をさせないどころか、彼らに他の生き方も教えない。挙句、上官に逆らうような発言をすれば重たい処分。
軍にとって一人の人生を捻じ曲げることは、戦車やライフルを製造するのと変わらないというのか。こんなに非人道的な行為の上に成り立つ平和は、果たして平和と言えるのだろうか。
俺は確かに、死にそうな人間を助けるのが使命だ。俺に出来ることは戦うことであって、知恵を絞るのは通常の人間と大差ない。特段高い知能をもっているという訳ではないのだ。
だけど、それでも、俺は彼らを救わなければならない。彼らをこのまま放置して、軍の好きに扱い、好きに殺せるままにしておくことなど、化生としての使命よりも先に、人間としての誇りが許しはしない。
この国は間違っている。この軍は間違っている。そして同じように、間違いを繰り返している所は他にも沢山存在するのだろう。
当然、魔王やその眷属は倒さなければならない。そして世界的にこれを相手するのなら、そういった間違っている機関の協力も、不本意ながら受けなければならない。
だが、それが一段落したら、俺は軍と戦うことも視野に入れようと思う。
それは武力ではなく、知力の戦い。平和という盾を用いて民の権利を害する悪に、正義という剣を突きつけてやらなければいけない。