第百話
記念すべき第百話! でも残念、SIDEジダオです。べ、別にッ! チャンクー君の方何にも思いつかなかったとかじゃないんだからねッ!? みんなジダオ君がどうしてるか気になると思って!
~SIDE ジダオ~
視界一面に広がる海。周囲に陸地はなく、俺はただ一人、宙を駆けていた。
天の力を応用した魔法、空歩である。これがあれば、太平洋の上すら自在に渡ることが出来た。
本当はもっと上空を駆けたい。しかし今俺を雇っている軍から、飛行機の進路上を走られては困るとか、訳のわからんことを言われた。
こっちは命令を受けてこんな所まで来ているんだ。少しくらいは自由にやらせて欲しい。
なんでも、俺が戦闘態勢のとき、無意識に纏っている電気が飛行機に触れるとマズいらしい。具体的にどうなるのかは理解できなかったが、多分墜落するのだろう。近づくだけでも影響があるそうだ。
だったら、飛行機の飛んでいない時間を見て出撃させてくれよな。
人間に行動を制限された状態では、こちらも少々やりづらい。勝手なことばかり言いやがって。
だが、彼らを守るのは俺の使命だ。人間の害になることを積極的にする訳にはいかない。
「けどま、アレを相手するときだけは許してくれ。俺は遠距離攻撃が苦手だからな。手元が狂って飛行機にぶち当てちまうかも知れん。それよか、近接攻撃の方が幾分マシだろ」
勝手な軍に対しての恨みを募らせていると、どうやらお目当ての敵が来たらしい。
奴は俺が上空を駆けるのを我慢しているにも関わらず、我が物顔で大空を羽ばたいている。バサバサ、バサバサ、鬱陶しいことこの上ない。
晴れ渡った空から差し込む日光が、奴の鱗を反射し輝いて見える。広げた翼は、家屋にも及ぶほど大きい。
そう、奴は翼竜だ。太平洋にのさばり、空路ばかりか海路までも潰して回っている。だが、今の俺には人的被害や経済的打撃などどうでも良かった。
「こっちはイライラしてんだ。ちょっとくらい楽しませてくれなきゃぁ、がっかりだぞ。この羽虫野郎!」
口が悪い。自分でも分かっているし、チャンクーにも何度も指摘された。しかしこればっかりは、改善の余地はない。
戦闘が始まると興奮してしまうのは、理性ではなく本能。狼に生まれた俺の性なのだ。
俺はほぼ水面ギリギリにあった自分の身体を大きく持ち上げ、急速に奴へと接近する。一瞬で音速を突破し、宙を駆けた。
まずは初撃。狙うは尻尾一択だ。奴はあの尻尾を、舵のように動かして空を飛んでいるはず。ならばそれを切断してしまえば、自由に動くことは出来まい。
冷静に考えれば翼を潰すところ、わざわざ尻尾を狙う当たり、想像以上に俺は興奮していたらしい。
雷を纏わせた爪で奴の尻尾を切断する。翼竜は油断していたのか、俺の接近に対応することもなくこれを受け入れた。
どうやら向こうさん、察知能力は低いらしい。ま、こんな何もない場所を飛んでいるんだから、察知能力なんて磨く必要もなかったんだろうが。
切断された尻尾は無力にも鮮血を撒き散らしながら海に落ち、そのまま海の獣の食事となった。
魔力を含んだ生物の肉が生態系にどんな影響を及ぼすかなんて、俺の知ったことではない。俺はただ、コイツをぶっ殺すだけだ。出来るだけ楽しめるようにな。
尻尾を切断された翼竜は、意外にも悲鳴すら上げずこちらに振り返った。
いや、そもそも発声器官が存在しないのか? 俺の翼竜のイメージとはズレるが、爬虫類の祖先ならばそれもあり得る。
とにかく奴は、逃げることなく俺に向き直った。それだけで、俺の中でのこの翼竜の評価は上がっていく。
潔い奴は好きだ。勝てないと分かっていても立ち向かうその姿、称賛に値する。
きっと奴が逃げなかったのも、俺から逃げ切れないと判断したからだろう。俺の走力は今の攻撃で分かったはずだ。そして、ならば俺を殺せばいいと考えた。思い切りのいいやつだ。こういう奴は楽しめる。
尻尾を切断されているにも関わらず、翼竜の体勢は安定している。俺と同じ、天の魔法だ。翼の下に力場を作り出し、その身を支えている。これを応用すれば、少々難だが尻尾がなくても身体を安定させられるのだろう。
奴はそのまま大きく身体を捻って突撃してきた。どうやら、天の魔法を用いた遠距離攻撃は持っていないらしい。でなければ、自ら俺のリーチの内側へ飛び込んでくるなど自殺行為でしかない。
であればその挑戦、受けてたとう。俺も遠距離攻撃などという無粋な真似はしない。奴が正々堂々と勝負を仕掛けてくるのだから、俺も素手でこれを打ち払って見せようではないか。
鋭く首をしならせ放つ噛みつき。これを察知した瞬間、俺は奴の目を見た。
翼竜の目線が語っている。どこを狙っているのか。目が二つあるということは、目線も二つ。交差する地点が、奴の狙っている場所。
「ここだッ!」
俺はほんの半歩だけ身を反らせ、奴の噛みつき攻撃を回避した。
摩擦の少ない空中。いくら天の魔法で制御したとて、勢いは簡単には止まらない。奴は俺の脇を通り過ぎ向こう側まで行こうとしていた。
しかし、安易に踏みとどまろうとしたのが悪手だったな。そのまま走り抜ければ、もしかしたら助かったかも知れないのに。
俺は再度雷を纏わせた爪を振るう。噛みつき攻撃を避けたため、当然最も俺に近い場所にあるのは、翼竜の大きな首だ。
硬さは尻尾とそう変わらない。先程と同じように、特に何の抵抗も感じることなく奴の首は切断され、海の藻屑となった。
直後、翼竜の巨大なボディもこと切れ、太平洋の底に沈んでいく。
「ビクトリア決戦からこっち、つまらない任務ばかりだった。久し振りにこんな高揚感を得たぞ、翼竜。さて、こんな高所にいては飛行機の邪魔だ。さっさと本部へ帰るとしよう」
鮮血を海水に溶かしながら沈んでいく翼竜の死骸を尻目に、俺は一度高度を下げてから走り出した。
遮蔽物の何もない太平洋は、俺にとっては最高のドッグランとなっていた。
「いや~すごいですねジダオ殿! あの翼竜を簡単にあしらってしまうとは! ぜひ、彼奴との戦闘を事細かに説明してください!」
「うるさいぞリグルマージュ、あまり耳元で騒ぐな。まあ暇になってしまったから、説明するのはやぶさかではないが、あんな雑魚のことを聞くよりも、ビクトリア決戦のDVDを見返す方がずっと有意義だぞ。お前にとっても勉強になる、ホゥェップの活躍が記録されている」
彼女の名前はリグルマージュ。幼く見えるがこれでも一流の戦士だ。彼女の専門は戦車の主砲。あらゆる敵をたった一撃で撃ち倒して見せる、この国最高峰の操縦士である。
その点、ケニアで大活躍を見せたホゥェップと共通する部分がある。彼も一流の操縦士だった。ケニアの軍が保有する、『魔力式長距離砲』。これを用いた彼の戦いは、如何に技術の進んだ国であっても見習うべきところは多い。
「確かにホゥェップ殿の活躍は素晴らしいものでしたし、私も勉強にさせてもらいました。ですが! 私はジダオ殿の話が聞きたいのです! 貴殿の功績を、誰よりも深く知っておきたい!」
「あのな、古い翼竜一匹倒したところで、何の功績にもならん。むしろ弱い者いじめを褒められているようで嫌な気分だ」
コイツは少々俺のことを過大評価しすぎている。確かにビクトリア決戦では多くの人類を守り、魔王の一角を撃破して見せたが、あれ以降特に活躍はしていない。功績などと呼べるほどの出来事は起きなかった。
「何を言いますか。あの翼竜には全世界が迷惑していました。戦闘機でさえ撃破できない高い機動力を有し、その噛みつきは鉄の装甲を一瞬で破壊してしまうほどです。奴が空路海路ともに塞いでいたことで、どれほどの人が困窮したことか。そもそも我が国がアフリカに救援を出せなかったのも、全ては彼奴のせいではないですか!」
言われてみれば、確かにそうだ。世界中で眷属が復活し始め、どの国も手を焼いていた。特に危険なのが、チャンクーの相手しているバジリスク。大西洋の海龍。中国の大妖怪に、アメリカの悪魔。そして俺が倒した翼竜だ。
これら五体が各国の動きを封じていたために、アフリカへの支援は遅れたのだ。間接的にではあるが、俺は死した戦士たちの仇をとったことになるのか。
「しかし、戦闘機をも凌駕する機動力というのは眉唾だな。最新のそれは音速を遥かに超えると聞いたぞ。確かに俺の方がまだ速いだろうが、奴はマッハ一程度の俺を見て逃走を放棄した。それはおかしいだろ」
「で、ですが! この資料には確かに、戦闘機を置き去りにする翼竜が映っていますよ」
そう言ってリグルマージュがDVDを見せてくる。間違いなく、俺が倒した翼竜だ。別個体だったという線はありえない。
そして驚いたことに、音速を突破しているだろう戦闘機を、確かに置き去りにしている。
これはいったい、どういうことなのか。