第九十九話
日付は変わり、ここは昨日とは別の広大なフィールド。木々はなく、低い草が生えただけの寂しい場所である。
しかしこんな所でも、魔法を用いた訓練をするのなら最適である。
俺は午前中にイズナー率いる技術班へ資材提供を終わらせてきた。ついでに爆裂金剛杵や磁力式破砕鎚等の武器も渡してある。
しばらく時が経てば、魔法兵の武器はより強力なものになるだろう。当面の目標は、俺の自然力を魔力と同じ水準で扱えるようにすること。
そして彼らが頑張っている間、こちらもやっておくべきことがある。
魔法を扱う基礎訓練は自然力でも応用が可能だし、筋力トレーニングは身体強化の効力を上昇させてくれるのだ。
というわけで、現在ソンダビットとドラコイェストの二人には、魔法を用いて常人では絶対に不可能なトレーニングを行ってもらっている。
具体的には、重量100kgを超える超巨大タングステン製ダンベルでの筋トレ。厚さ2mの鉄板に素手で穴を開けるトレーニング。時速40kmを維持した状態での持久走など、様々だ。
正直現時点では身体能力が足りな過ぎてまともにトレーニングになっていないが、身体強化の魔法は人類最高水準のものを使用している。あとは術者の身体能力と魔法制御能力が向上すれば、すべて難なくこなせるようになるはずなのだ。
彼らの訓練を横目に、当然俺も訓練をする。
本来なら悪魔や妖怪など魔法的生物を相手にするのが一番いいのだが、今はそれが可能ではない。そのため自給自足しか出来ないのだ。
自分で作り出したタングステンの板。厚さは3mになる。これを拳で叩き、打ち砕く訓練だ。
拳を放ちつつ、この板を破壊するにはどの筋肉をどの程度鍛えるべきか考える。人間の形をしているがその正体が化け物である俺は、それだけで身体のことが全てわかった。
背中側の筋肉だ。正面にパンチするときも、背中側の筋肉が大きく関わっている。
これに気付いた俺は、即座に新しい器具を作り出しトレーニングに励んだ。やはり、自然力を強くするのと実際の筋力を鍛えるの。両方を同時に行う方が効率が良い。
早速二人にも器具を与え、新しいトレーニングを始めさせる。
流石は人類最高峰の戦士と言ったところか、かなり長時間訓練していたはずなのに、まだ体力には余裕があるようだ。
俺が午前中イズナーたちとやり取りをしている間、彼らは彼らで別の訓練をしていた。ソンダビットに至っては、今やっていることと似たようなことを、午前中もしていたらしい。
しかし……。
「そろそろ疲れてきたろ。いったん休憩にしよう。ついでに、俺の魔法も改めて紹介する」
時刻は17時を回り、日が傾いてきている。こんな時間まで、ぶっ通しで訓練を続けていたのだ。
体力もそうだが、こういう部分に彼らの熱量を感じる。よほど俺にあしらわれたのが悔しかったのか、それとも、本国に戻ったら即座に良い働きが出来るようにと思ってのことか。
とにかく今は休憩が必要だった。人間は、頭で大丈夫と思っていても、無理をすれば簡単に壊れてしまう生き物だからな。
頑張りすぎてしまったやつを、アフリカで何十人も見てきた。
二人はゆっくりとした足取りで近づいてくる。俺の休憩という言葉を聞いた途端、額に汗が吹き出していた。
きっと身体強化の魔法を解除したのだろう。上昇していた身体能力が元に戻り、しばらくは動きの感覚が安定しない。
それに、身体強化で誤魔化していたのだろうが、やはり二人も疲労が溜まっていたのだ。俺の目の前で座り込み、肩で息をし始めた。
心臓や肺の活動も正常に戻ったが、身体は過剰に酸素を欲しているのだろう。軽い酸欠のような状態だ。
「さて、申し訳ないが呼吸を整えながら聞いてくれ。俺にはまだ、直接見せていない魔法がいくつかある。もう映像は観ただろうが、やはり実際にその威力を確かめておくべきだと思ってな。これからの連携にも関わってくるし」
「も、もしかして酸素断絶結界っスか? なら見てみたいっス! アレの威力がどんなものなのか!」
「バカが、あんなもんこんな場所で使えるか。町も近いし、イギリスが火の海になるぞ。酸素断絶結界は実戦でしか使わん」
ソンダビットは不満を漏らしているが、当然だろう。
酸素断絶結界はその名の通り、炎の結界で広範囲を囲み、さらに炎を追加して内部の酸素を完全に消滅させる魔法だ。
よしんば炎に耐え切ったとしても、酸欠には勝てない。相手が呼吸する生物である以上、最良の超広範囲殲滅魔法なのだ。
まあ蝗魔王とかいう例外には通用しなかったが。未だに俺も完全には習得できていない、体循環器系操作とかいう身体強化の最上位みたいな魔法を使い、酸素を必要としない肉体を作り出して見せた。
あんな奴には通用しない。逆に言えば、体循環器系操作を使えない敵には、これでもかというほど刺さる魔法なのだ。
そしてこの魔法の最大の特徴は、その効果範囲に対してコストが低いことにある。
通常俺の自然力で炎を作り出す場合、可燃物・熱・光など全て自前で用意する必要があるが、この魔法は酸素を減らすという性質上、うちひとつの要素を補わなくても済むのだ。おかげで低燃費化に成功している。
しかし、全ての炎系魔法にこれを施すわけにはいかない。俺がその気になれば、地球の環境なぞ簡単に変えられるのだ。それこそ、平均気温を上昇させることも可能である。
その点、全てを魔法で作り出した炎は熱が保存されず、かなり早い段階で魔力に変換される。環境への負荷が小さいのだ。
魔王戦ではそんなこと言ってられないが、普段使いするなら絶対にこっちの方がいい。
そういうわけもあって、この魔法を頻繁に使う訳にはいかない。何より結界部分の熱量が高すぎて、人間などは一瞬で炭になってしまう。
「今から見せるのは別の魔法さ。ビクトリア決戦で大活躍した、あの魔法だよ」
二人とも思い当たる節があったようで、顔を突き合わせている。
そうだな、ビクトリア決戦での最高の魔法といえば、これしかない。
「隆盛・金!」
俺がそう言って地面に手を突くと、突如として十数個の金属製の山が現れ出でた。
主に鉄とタングステンの混合物で出来ており、その強度は折り紙付き。対集団用に開発した魔法である。
しかしこの魔法の特徴は、ただ敵を分断し混乱させるだけに留まらない。
鉄山の側面に無数の設置型魔法『爆雷』、そして『針山』を仕掛けており、触れるだけで即座に敵を撃破できる仕組みだ。
さらに金属は俺の得意分野。自在に操れる銀槍で俺の身体を動かせば、致命的な弱点である機動力も充分に補える。
「映像で見るよりも迫力あるっスね。想像してたよりもずっと大きい」
「そうね、やっぱり実際にこの目で見ると、この中に突っ込んでいこうという気が湧かなくなる。そのくらいの威圧感があります」
うむ、この魔法の特性を理解していれば、わざわざ内部に侵入しようとは思えまい。
この魔法は大人数の敵を分断、中心部への到着を遅らせることに特化しており、ひとたび入り込んでしまえば味方からの援護は期待できなくなるのだ。
「ではドラコイェスト、俺がこの隆盛・金の中心にいると仮定して、お前ならばどうやって攻める? 味方はなし、俺に一撃与えられたらその時点で勝利とする」
俺がそう質問すると、ドラコイェストは顎に手を置いて考え始める。
人間がこの魔法をどうやって突破するのか。
「そうですね。単純にいけば、山のふもとを通って中心部まで接近し、近接戦闘で有利なマシンピストルで銃撃します。この壁に触れさえしなければ、設置型魔法は起動しないはずですよね……」
ふむ、悪くない。実際、アフリカでも上位人型種たちは完璧な動きで罠を回避し攻め込んできた。彼らの人数がもう少し少なければ、俺も乱戦を避けられなかっただろう。
しかし、この回答は彼女にとって正解ではないらしい。まだ何か考えている様子だ。
「ですが、私はやはり狙撃手です。対物ライフルを用いた戦闘が向いている。少々リスキーではありますが、身体強化で跳躍し山の先端まで一度も足を付けずに登ります。設置型魔法爆雷は直径50cm程度の面積がなければ設置できないはずですから、とがった先端部分は安全と言えるでしょう。そこから対物ライフルで頭を貫き私の勝利です」
満足そうな表情を見せるドラコイェスト。彼女の中では、こちらの方がむしろ現実的なのだろう。
というか、よく勉強している。俺の設置型魔法の使用可能面積まで把握しているとは。技術班も、良くそれが分かったな。何度か実践したが、いったいいつの間にデータをとっていたのか。
「惜しいな、あと一歩考えが足りない。良いか、相手は俺だぞ。当然、跳躍しているお前を撃ち落とすくらいなんてことはない。お前らがこれから戦うのは、そういう相手だ。銃よりも高度な遠距離攻撃なんて持っていて当たり前、こういった罠だって使ってきて当たり前。もう少し考えてみろ。お前なら、もっと良い作戦が思いつくはずだ」
こうして俺たちは、肉体の鍛錬を積みつつ、思考による戦闘の効率化を中心に訓練を進めていくのだった。