第九十八話
妥協点
身体強化については今後また考えるとして、問題はそれを扱う二人だ。
正直なところ、俺も人間の戦い方なんて詳しくは分からない。体術的な話は出来るが、そもそもの身体能力も違えば、処理できる運動も違う。
「お前たちにはこれから俺とともに修行してもらうが、人間の扱える魔法で魔王級の敵にどの程度対抗できるかは分からない。だからまずは、とにかく俺との戦闘経験を積んでもらうことにする」
幸いにも、俺は魔王級と渡り合える。魔法も人間の持つそれとはかけ離れていて、対魔王への訓練としては上等な部類だろう。
こいつらが俺の防御を突破できるようになれば、攻撃力としては充分なはずだ。
「そうっスね、チャンクーさんの動きに対応出来るようにならないと、これから先現れる強敵には対抗できないっスから」
彼らは俺の戦闘を映像で何度も見ている。そして気付いたのだろう。俺が魔王級の中でも俊敏性に劣る部類だと。
俺の動きに追いつけないようでは、魔王級と渡り合うのは不可能だ。
「ソンダビットはともかく、私の火力が低いのは武器の問題です。ソンダビットは鍛錬で強くなりますけど、私の場合対物ライフルが通用しない時点でやりようがないんですよ」
確かにな、ソンダビットの体格は人間の中でも最上位。しかしドラコイェストはそういうわけでもない。
肉体が屈強ならば身体強化の効力も上がるが、彼女にはそれがないのだ。
彼女のメインは、人間の技術が結集された武器を扱う能力にある。対物ライフルやバトルライフルをあれほど自在に扱えるのは彼女くらいのものだろう。
その代わり、彼女の攻撃力は武器の性能に依存する。技術が停滞すれば、彼女の成長もそこまでなのだ。
「それなんですけどね、『爆裂金剛杵』でしたっけ? あれを分析させてもらえれば、もっと火力の高い武器が作れる算段が立ってます。それに、チャンクー殿から火山の自然力を提供していただければ、確実にライフルの性能は上がりますよ」
なるほど、爆裂金剛杵か。あれは魔力を持っていない人間でも扱えるように開発した武器で、先端を対象に叩きつけるだけで前方方向に爆発を起こす。あれは人型種のバッタにも十分通用する威力を持っていた。
しかし爆発系の魔法は、使用者も巻き添えを喰らう可能性がある。爆裂金剛杵の場合はリーチを伸ばし、爆発を前方に限定することでこれを解決した。
あれを活用するのなら、細心の注意を払う必要があるのだ。
それに、俺の自然力は弾丸に込めるだけで相当な威力を発揮する。事実、ビクトリア決戦では兵の弾丸を俺が作成し、大型種を相手にできる火力を手に入れた。
破壊種も貫ける弾丸は、俺であってもタングステンの鎧を装備しなければ少々危険である。
「分かった、それも明日提供しよう。っていうか、俺が作れる武器は全部提供するよ。金属類も提供出来る。タングステンは軍事的にも有用だろ」
「それは助かります。魔力を含んだタングステンは中々手に入らないですから。それさえあれば、銃も戦車ももっと強化できます! あっしら技術班は、技術力の最高峰なので! 自称ですけど」
明日はやることが沢山だな。しかしタングステンか。
そういえば、俺の生成する金属を軍事運用するのはどのくらい可能なのだろうか。ソンダビットなら、タングステンの全身鎧を装備できるか?
「そんなにじっと見られても無理っスよ。自分も努力してるっスけど、タングステンの全身鎧は人間には装備できないっス。良くて小盾くらいっスね。重すぎてまともに動けないっス」
そうなのか。ソンダビットほどの筋肉量と身体強化なら可能かと思ったが、そうでもないらしい。
それに、彼は身体が大きい分防具も重量が増す。むしろ全身鎧には不向きか。
「チャンクーさん、ちょっと前時代過ぎですよ~。今は機動力が優先されるんです! まともに金属の防具つけてる人なんて、今時少ないんじゃないですか? 良くて防弾チョッキですよ」
確かに、全身鎧を装備してるのなんて俺くらいのものか。
考えてみれば、俺も蝗魔王と戦う時は装備を薄くしていた。奴相手にはタングステンの全身鎧なんて通用しない。
俺の場合全身鎧を装備していても機動力が大きく変動することはないが、人間では機動力の低下が顕著になってしまう。
それに人間が装備できる程度の防具では、基本的にどの眷属や魔王の攻撃であっても防ぎ切れない。
「それもそうか。ならやっぱり戦車の強化とか、砲弾の素材にするべきかな。てことは磁力式破砕鎚とかも難しいか」
磁力式破砕鎚とかはほとんどがタングステンでできてる。大型の敵を相手取るのに適してた武器だが、俺以外には実用的ではないらしい。
しかし砲弾や戦車の装甲には充分に利用できる。むしろ高い馬力を持つ車両でこそ、俺のタングステンは真価を発揮するのだ。
魔法によって通常よりも強度を増加させたタングステンは、生半可な攻撃ではビクともしない。それこそ、魔王級の攻撃でなければ破壊されることはないのだ。基本的には。
俺の防御力にも当然限界がある。例えば、ケニアで現れた最上位飛行種などは、厚さ2mにもなるタングステンの山を粉砕して見せた。いくら眷属といっても、攻撃力に特化している奴もいる。あれを防げないうちは、俺もまだ修行の余地があるわけだ。
「そういえばリテア、イギリスの悪魔の状況はどんなもんだ? 相手がいるならそいつらと戦いつつ訓練がしたいんだが」
「え~っとちょっと待ってくださいね。今のイギリスには、対処できないほどの悪魔は出現していないです。現地の軍が即座に倒しているみたいですね。私たちにも、討伐の依頼は出ていないです!」
リテアがタブレット端末を用いて現状を伝えてくれる。
今は休憩中だが、こんなときでもちゃんと働いてくれるから、やはりリテアは優秀だ。普段はちょっと抜けてるが。
しかしこれと言って強力な悪魔は出現していないか。魔王級の戦闘訓練をするのならバジリスクくらいの相手がちょうどいいんだが。これだったらアフリカで生き残った眷属を探す方が早いか?
とにかく全ステータスが平均的に高い敵を相手したい。魔王級と戦うのなら、敵は常に自分よりも強いのだ。そういった相手への対処を覚えさせなければ話にならない。
それと、大規模殲滅魔法の対処も考えるべきだ。
例えば俺の酸素断絶結界。あれは大量の群れを相手するのにちょうどいい魔法だ。二人がいても扱えるようにしたい。蝗魔王のように、群れを操る魔王が出現する可能性もあるのだ。
「それなんですけど、多分近いうちに本国から呼び出されると思います。イギリスでの任務は終わらせましたし、この駐屯地ももうすぐ大勢の兵士が入ってくるので」
おお、そうなのか。悪魔の数が減っているのなら、確かに彼女たちがここにいる意味はない。俺には負けたが、彼女らは人類最高峰の実力を持った兵士なのだ。そもそも戦車や戦闘機でもないのに、俺の相手ができるのがおかしい。
「なら、招集が来るまでは俺と実戦形式の訓練とするか。ロシアには強力な敵がいるんだろ? それに、中国にはバジリスク級の大妖怪もいる。どうにかこうにか上層部を説得して、あれの相手をしようじゃないか。多対一の極意を教えてやるぞ」
これはチャンスだ。戦闘の機会が圧倒的に増える。経験は積めば積むほど強くなり、いずれは魔王級を相手にできるほどになるはずだ。
それに、技術班のイズナーも、間借りしている設備ではなく自分の工房の方が使い勝手がいいだろう。彼の技術力にも期待だ。