第九十七話
一章のエピローグをもうひとつ追加しました。物語の進行に直接関係はないんですけど、書きたかったので。
この作品の世界観がさらに深まったと思いますよ。
リテアが来てからというもの、室内の空気は一気に明るくなった。
彼女の笑顔、声、そして振る舞いが、この場にいる者すべてを明るくするのだ。
なんということはない、互いについて知るための軽い雑談。たったそれだけでも、彼女は皆の信頼と信用を得ている。
対して俺は、この力こそ認められているが、人間性を評価されているわけではないと感じた。
やっぱもっとコミュニケーションを取るべきだよな。
人間は高い知能を持っているが、それでも相手の内面まで正確に把握できるわけじゃない。それを少しずつ埋めるのが、コミュニケーション。人間の最大の特徴だ。
「ええそれで、チャンクーさんはイノシシのような人なんです。戦い始めれば知的なんですけど、常に敵を求めてるっていうか、戦いを望み過ぎてるっていうか」
「あら、それは怖いわね。私たちも良いように遊ばれたってことかしら」
聞き捨てならんことを言ってやがる。
俺がイノシシのようだと? リテアめ、そんな風に思っていたのか。確かに俺は戦いを求めているが、それは決して戦いが大好きだからではない。俺が戦うだけ、救われる人がいるからだ。
これは少し、訂正が必要だな。さっきの模擬戦の意味を誤解されては困る。
「それは違うぞ。戦うのは好きだが、大好きじゃない。それに俺は人型、戦う前から既に勝っているくらいの戦術を立てている。ホラ、こう言えばずっと知的じゃないか。戦闘中じゃなくても俺は頭がいい!」
「その通りですよリテアさん。チャンクー殿の魔法を見たでしょう。あんな魔法、あっしでは絶対に思いつかないですね。再現するのは可能ですが、一から発明しろなんて言われたらお手上げです」
うむうむ、イズナーは分かってるな。そうだとも、俺の賢さが分かったか。
「そんなことないですよ! チャンクーさん、原始人みたいな感じですもん! この間だって、ベットで寝てたのに気付いたら外にいたんですよ! おかしいじゃないですか、頭が良かったらそんなことしません!」
な、なんだと!? それは生理現象であって、仕方のないことだ。ベットの寝心地がゴミ過ぎるのが悪い。俺は硬い地面の方が好きなんだよ。
「え、チャンクーさんもしかして夢遊病とかですか? 地面で寝るなんて、私心配になってきました」
「いやいや。あっしだってこの間、技術班と火酒を飲んでたら、いつの間にかトイレで寝てましたよ。人間、ベット以外で寝てしまうこともありますよ」
くそう、何故俺がこんな気持ちにならなければいけないんだ。人間たちには分からんだろうな、フカフカしたベットではいつまで経っても寝られない奴の気持ちが!
「言わせておけば好き放題。俺だって知ってるぞ、リテアは実は……!」
「うるせぇ!! 人がせっかく寝たふり決め込んでんだから、もうちょっと静かにしてくれ! 地面で寝てようがベットで寝てようがどっちでもいいじゃねぇか!」
突然、気絶して寝ていたはずのソンダビットが起き上がった。掛け布団を思いっきり剥がしてそう言い放つ。寝起きとは思えない声量だ。いったいいつから寝たふりをしていたのか。
「あ、やっぱり起きてたんですねソンダビットさん! まったく、私が気付かないと思ったんですか? 起きたらお話しするってチャンクーさんが言ってたのに、寝たふりとかダメですよ」
マジか、リテア気付いてたのかよ。やっぱコイツ魔術師だろ。
俺は全然気付かなかった。というか、「この空間気まずいな~」しか頭になかったぞ。
「ほらチャンクーさん、ソンダビットさんも起きたので、お話始めちゃいましょ。私は聞いてるだけですけど。あそうだ、ソンダビットさん。お茶飲みます?」
「ああ、もらおうかな。って、あれ? クッキーは? 食堂からお茶菓子もらってきたんじゃ?」
リテアのコミュ力が高すぎて怖い。どうしてああも簡単に打ち解けられるんだろうか。
きっと俺が同じことをしても上手くいかないだろうな。あれはリテアにしか出来ないことだ。
「それならもう食べちゃいましたよ? ソンダビットさん全然起きなかったし……。ていうか、そんな前から寝たふりしてたんですか!? もう、早く起きてくださいよ」
「いや、めっちゃ気まずい空気流れてたし。起きるタイミング逃したら寝てるの気持ちよくなってきてな」
ソンダビットも気まずい空気を感じてたのか。でもよ、アイツがさっさと起きてドラコイェストと会話を始めてくれりゃ良かったのに。
イズナーはメモに集中してたし俺はほぼ初対面だし。
にしても、超高身長のソンダビットに詰め寄るリテアという構図が面白すぎる。
リテアも特別身長が低いわけではないが、2m強のソンダビットとの身長差は60cm以上はあるだろう。
ちなみにクッキーはほとんどリテアが食べつくした。何回かお茶菓子を持ってこようとしていたが、結局それも自分で食べるつもりだったのだろう。ドラコイェストが止めていた。
「はいはい、口論は終わりだ。そろそろ俺の話をさせてくれよ。そのために集まったんだから」
「おっとそうでした。余計なこと言わないでくださいよソンダビットさん。話を遮っちゃったじゃないですか」
「お、俺なのか!?」
リテアはもうソンダビットとも仲良くなったようだ。何故今の会話だけでそこまで距離を縮められるのか、俺には全然分からん。
まあ今はそんなことどうでも良くて。
さて、何から話そうか。まずは……。
「イズナー、ちょっと聞きたいんだが、身体強化の出力はもう少し大きくできないか? 俺がアフリカで戦っていた時は、もっと素早く動ける奴が何人もいた」
模擬戦が始まった時から気になっていたのだ。どうしてこの二人はこんなにも動きが遅いのか。
立ち回りは決して悪くない。だが俺を相手にするには、根本的に身体能力が足りなかったのだ。
「おっと、いきなりそれですか。まぁビクトリア決戦の兵士よりは幾分か劣るでしょうね。これを説明するには、まず我々が扱っている魔法と身体強化の理論について説明する必要があります」
それからイズナー先生の魔法理論が始まった。ソンダビットとドラコイェストは流石、自分たちが扱っている魔法について多少知識があるようだ。しかしリテアは完全に置いてけぼりになっている。だが、今は我慢してもらうとしよう。
要約するとこうだ。
まず、現代の人間が使っている魔法は、俺たちの魔法とそう大きくは違わないようだ。
しかし魔力は自然力とは違う。まず魔力は属性を持たない。俺のように炎や岩石、金属を生み出したり、ジダオのように風や氷、雷を生み出したりはできないそうだ。
魔力でできる魔法は現状、『身体強化』『乱魔魔法』『回転魔法』『切断魔法』『貫通魔法』『認識阻害魔法』etc。
属性を持たないと言っても、かなり多彩な魔法を扱える。
しかし現代の魔法は、ほとんど特定の術式が必要なのだ。例えば切断魔法などは、あらかじめ剣に刻み込む必要がある。
考えてみれば確かにそうだ。基本的には銃や剣が魔法を扱えるだけで、使用者本人が魔法を使えるわけじゃなかった。
しかし身体強化だけはそうもいかない。この魔法は術者が状況に合わせて細かく調整しなければ大事故を招くのだ。
例えば、使用者が魔法の出力が少し高いと感じたら、その時に出力を低下できなければいけない。
それが間に合わなければ、過剰な魔力によって筋肉は異様に増大、重い後遺症を負うことになる。
場合によってはそれだけで死に至ることもあるだろう。心臓などの重要な内臓にも魔法は適用されるのだから。
そこで考案されたのが、魔法をより感覚的に扱うための装置。
幼いころに背中にこれを内蔵し、成長とともに魔力を適合させる。さらに神経の一部を手術。この装置と接続して、脳から直接操作できるようにするのだ。
しかし人間の肉体は元々魔法が行使できるようには出来ておらず、この装置を使ったとしても魔法の効率は良くて30%と言ったところだ。
「身体強化の魔法をより強力にする方法はふたつ。筋肉に作用するのではなく、魔法によって直接身体を操作する魔法を開発する。この場合、身体強化の一部である、肉体を頑丈にする魔法だけで事足ります。もう一つは、より効率のいい装置を開発すること」
なるほどな、彼らの身体強化にはそんなカラクリがあったのか。
恐らくだが、ジェリアスたちが使っていたのは後者に近いだろう。
融合力がより感覚的な魔法を可能にしたように、自然力も魔力より感覚的に扱えるはずだ。
つまりそれは魔法の効率が良いということで、身体強化を扱うのに都合が良いはずだ。
「確かに、高濃度の自然力を含んだ液体金属を摂取すれば効率は良いでしょうが、身体には良くありませんね。飲める金属というものを開発している研究チームもありましたが、よしんば成功したとしても、それに自然力を注入するのは難しいでしょう。何より、人間の消化器官は金属を取り込めるようには出来ていない。当然、その内部にある自然力を摂取するのも、かなり効率が悪くなりますね」
なるほど、これは厳しそうだ。火山の化生である俺にも、人間が身体に取り入れて安全かつ自然力を補給できるような画期的な金属は厳しいところがある。
火山は基本的に人間には毒だからな。
「なら、俺の自然力をその装置に流すのはどうだ? 血液は一応、魔力を保存できるんだろ」
「……調整に時間は掛かりますが、あっしも試してみようと思ってました。チャンクー殿がこちらに来ると聞いていたので、研究所の準備も既に済んでいます」
「じゃあ早速明日から取り掛かるとしようか」
取り敢えずイズナーの話はわかった。技術面に関しては俺も口を出しつつ追求していこう。
次は……この二人だな。