プロローグ
プロローグは固有名詞がたくさん出てきて大変読みづらいかつ理解しがたいかと思いますが、テキトウに流し読みしていただいても作品の流れを掴むのに影響はありません。
流石に読まないと言うのは厳しいかと思いますが気楽にどうぞ。
~観測点 地球の海 神域~
その日、俺は毎日の日課として地球の海の様子を眺めつつ、またも流れてくるビニール袋を発見しウンザリしていた。
毎日毎日ビニールを作っては捨てる場所がなくて海に流す。
どれだけ作れば足りるのだろうか。
どれだけ捨てれば満足するのだろうか。
そんなことを毎日考えてはいるが、俺は今日も何もしない。完全に詰んだと判断するまでは俺は基本手を出さない。
積極的に変化をもたらし、その後を観測するのも仕事のうちだが、俺はできるだけ自然の力に任せたい。
とはいっても、俺にとって人間たちも自然的な力の一部であり、俺たち観測者だけが不自然な部外者だと俺は思っている。
それにしても先ほどからやかましい声が普段静かな暗い海に響いている。どうやらほかの観測者二柱が今日も今日とて悪だくみをしているようだ。
俺への嫌がらせか、わざわざ海の観測点まで来て。彼らがここまで来るのは、海底火山を噴火させる時くらいだというのに。
人間が大嫌いな地球の観測者筆頭【地神】
大地の隆起や火山の噴火などを司る権利を持つ地球の観測者の一柱だ。毎日人間が絶滅するかしないかギリギリのラインを攻める方法を模索している。
地球の原点であり、固有の権利以外にも地球のその後を決めるような強大な力を持っている。例えば洗脳だとか統一意思だとかの感情に関係する力を人類の権利なしに使える。
戦争が大好きでとにかく誰かを争わせたい地球の観測者【天神】
風や気候を司る権利を持つ地球の観測者の一柱だ。
地球の気候を観測する立場にもかかわらず、大昔に赤道を超えた台風を発生させたこともある。今の科学者がこのことを知れば、意図的な力が働いたとすぐにわかるはずだ。
さらに気候を馬鹿みたいに変えまくり、古代生物の多くを壊滅させたこともあった。
そんな悪神二柱がどうやら新しい魔王を創って地上に送り込んだらしい。わざわざ聞こえる声で全部話してくれる。
「なあ、天神よ。蝗魔王はどのくらい勢力を拡大したと予想する?」
「さて、もともとあの地には4000億のバッタがいたからな。そのすべてを集結させ、さらに第一、第二世代を生んでいるのなら、すでにアフリカ諸国は陥落している可能性もあるやもしれん」
なにやら物騒な会話をしている。アフリカ諸国を陥落させる? いったいどれだけの人間が犠牲になるのか見当もつかない。
これだけの大ごとなら人神は確実に動くだろう。
「ふむ、確かにその可能性もあるな。だが俺はバッタどもが鼠算式に増えているとは思っていないぞ。蝗魔王には繁殖を促進させる力や群生相になりやすくする力は与えたが、群れを養う食料については何もしていない。奴らの役目は人間どもの食料を食いつぶすことだからな」
「なるほど! バッタどもは常に飢餓に苦しみ、食料を求めて積極的に人間の食料を襲うようになるということか!」
「その通り。さらに奴らは死の淵に立つと子孫を残そうとする本能を高めてある。食料にありつけないバッタどもは積極的に繁殖し数を増やす。蝗魔王には生まれてくる子供の大きさを時期によって調整する力も与えてある。奴が賢ければ、少ない栄養で大量に繁殖できるはずだ」
なんと恐ろしい生物を作り出したんだ、この悪神は。それでは人間どころかアフリカ大陸に住むすべての生物の危機ではないか。アフリカ大陸を生物の存在しない新大陸にでもする気なのか。彼一人でこの状況をどうにかできるだろうか。
「にしても火星神から奪った生命の権利は本当に便利だな。そんな恐ろしい生物まで作れてしまうとは」
「本当にな。今まで制御と管理が難しく、この権利自体にも観測的価値があったからまともに使ってこなかったが、実に使い勝手がいい。今までの岩や溶岩を生物と見立てて災害を起こしていたものとは比べ物にならない。生物のあふれる地球にこの権利がなかったから、太陽系には与えられなかったのかと思っていたが、まさか火星にあるとはな」
俺たち、というよりも三体に分かれる前の地球神はなぜかほかの惑星神よりも権利の悪用がうまく、付近の小惑星や衛星を襲って権利を奪い、力をつけていったのだ。その後惑星にも手を出し、現在太陽以外のすべての権利はこの地球に集まっている。
だが、それらすべてを開放すれば地球はほかの惑星の重量に耐え切れず崩壊してしまう。
権利の力とは上位神たちが作り出した疑似的な星々から自然現象などの一部を引き出しているのだ。疑似的な星々は実在する星と同等の質量や体積を持っているため、実際の星にも通用する力となっている。
つまり太陽系の惑星その他もろもろの権利をすべて開放するというのは、この地球に太陽系の星々が突っ込んでくるのと同じなのだ。
ちなみに俺に惑星を襲った時の記憶はない。俺の人格も当時の地球神、今の地神が作り出したものである。昔よりも成長したからすでに独立した人格として存在できているが、地球神の記憶はすべて地神が引き継いでいる。
「では、そろそろ蝗魔王の活躍ぶりを覗くとしよう。地神よ」
「いや、少し待て。海神よ! お前の意見も聞きたい! 姿を見せよ!」
わざわざここに来てこの話をしたんだ。そうだろうと思ったよ。さて、どう返答するのが正解なのやら。
俺は憂鬱な気持ちを抑えながらビニール袋を離す。
「俺が盗み聞きした限りでは、アフリカをバッタの大軍に襲わせているということでいいのか?」
「うむ、その通りだ」
地神め、即肯定か。悪いことをしている自覚がないのか、俺をおちょくっているのか。
「なるほどな。だがアフリカ大陸だろう? 先進国が貿易ルートを取り付けようと躍起になっているそうじゃないか。特にヨーロッパ諸国はバッタが進行すれば実害になる恐れもある。付近の先進国が力を貸してすでに鎮圧されているという可能性もあるのではないか」
もっともらしいことを言ったが6割くらい冗談である。彼らにとってはむしろバッタの影響で経済的に疲労しているところに、資金提供の形で貿易の契約を取り付けるのが最善だろう。
ヨーロッパ諸国は倫理観が成長しているから単純に手を貸すことも考えられるが、ほとんど俺の願望だ。こんなことで人類に滅亡されては困る。
「ふむ、確かにアフリカ諸国だけでは対処が難しくとも、ヨーロッパ諸国が力を貸せば鎮圧は早まるだろう。だが彼らの対処といえば殺虫剤が主だ。バッタどもに遺伝子操作による対策はほとんど効果がないぞ。アフリカのバッタどもは移動距離が長いから、人体への影響も考えれば殺虫剤を無暗に使うことはできない。健康被害が拡大する恐れがある」
クソ、本当に隙がない男だ。バッタの数は4000億を超える。それも積極的に食料を襲うときた。本格的に彼の協力が必要になってきたな。
「なるほどな、だがこれだけの大ごとだ、人神は確実に動くだろう。彼がまた人間たちに力を貸して解決するのではないか」
「人神か。そういえばお前は知らないのだったな」
地神がそう言った瞬間、悪神二柱がニヤリといやな笑みを見せた。何か嫌な予感がする。まさかとは思うが……。
「人神よ! 貴様の意見も聞かせてもらおうか!」
やはりか!
振り返るとそこには、破壊耐性の加護がついた岩盤で下半身と両手を拘束された黒髪の巨漢がいた。彼ではあの岩盤は破壊できない。地神の本気の拘束だ。俺の破壊の加護がなければ彼を助けることはできない。
俺の破壊の加護が優先されているのは、俺がちまちま地神が作ったアホみたいな地形を削り続けていたからだが、人神には人間が扱えるあらゆるものの加護があっても、その優先度は自然の神である俺達にはかなわない。今の人間に自然災害をどうにかすることはできないからだ。
「俺の名はディムだ。積極的に神を名乗るつもりはない。俺たちの力など上位神様たちにもらったものに過ぎないのだから」
耳が痛い。俺も神を名乗っている手前、これに関しては人神の味方はできない。
人神は基本的に自分目線で物事を見ている。それに対して俺たちは、人間たちの目線で物事を観測する。昔は俺たちも人神のように神を名乗らないつもりだったのだが、長いこと環境へ干渉していると謙虚な心というものは大規模破壊の前に隠れてしまっていた。
ちなみに俺たちにも名前はある。俺がハイヤン、地神がタールー、天神がコンシーだ。俺たちが使っている言語は基本的に中国語である。
俺たちが言語という文化に関心を持った時に積極的に観測をしていたのが中国だ。昔とはかなり変わったが現代の言語の文化も非常に面白い。
彼の名はディム。中国語ではなくおそらく英語だろう。彼は上位神から名づけられたと言っていた。
意味は、薄暗いだったか。上位神は銀河系の中心のほうに多いから銀河系の外側である地球ということでディムというのだと思うが、彼の存在そのものが人類の歴史や未来を表しているから、もし上位神がディムという名をそういう意味で付けたのなら何とも皮肉な話だ。
だが、人神を拘束しているの本当にどういうことなんだ。彼らは今まで人間を絶滅させないようにしてきたはずだ。この地球は生物、とりわけ知的生命体が大量にいる珍しい星。俺たちの手で種を絶滅させることは観測者の存在意義に反する。人神には絶対に手を出さないと思っていた。
「貴様ら何のつもりだこれは。人類を根絶させれば貴重な観測対象が失われる! そうなれば太陽系の頂点、太陽の十神から裁きが下るぞ!」
「それがな、この間真の魔王がこの観測点に来られたのだ。その時に彼はこう言った『君たちの観測任務は大方完了した。ここまで成長した地球はこの後ほぼ確定的に同じ方向に進むことが別の地球を観測したときに発覚している。今後はこの地球を好きにしてもいいぞ地球神よ』とな」
「なんだと。真の魔王とは観測者筆頭の異世界の大魔王のことか!?」
観測者筆頭の異世界の大魔王。創造神様があらゆる状況、条件による世界の未来を知るために作り出した最初の魔王。小石一つの位置すら世界の違いとみなして無限に等しい数の世界を作り続ける大魔王だ。
彼に見捨てられたということは、この世界に存在する価値がなくなったということ。彼はすでに既存の数字では表せないほどの世界を作り、その結末を見届けている。この地球もほかの地球と同じ運命をたどると判断したのだろう。
「そうだ! 異世界の大魔王が見放したということは太陽神どもも手を出しては来ないだろう。奴らは太陽のエネルギーを利用した技術開発に夢中らしいからな! ほかの観測者からの報告がなければ動こうともしない! お前たちはもう詰んでいるのだ!」
でかい声で分かっていることを叫び散らかしてくれる。ずいぶん興奮しているようだ。うるさいことこの上ない。よほど人類を滅ぼしたいらしいな。天神もさっきから黙っちゃってるぞ。
そもそも俺たち観測者というのも創造神様がこの世のすべてを知るために作り出したものだ。俺たちの存在価値とは、世界の変化を調査し報告することの一点に尽きる。
世界の観測を創造神様に代わって行っている異世界の大魔王に、存在する価値なしの烙印を押された地球は、たとえこの惑星が消滅するような事態になったとしても誰にもとがめられることはないのだ。
これからこの地球は奴らの手によって壊されてしまうだろう。少なくとも人類はそう遠くないうちに絶滅する。人神も確実に殺されてしまう。拘束しておけば何もできないとはいえ、人神を生かしておく意味は彼らにはない。
「嫌がらせも済んだことだしそろそろ蝗魔王の様子を見るとしようか」
「おいおい天神よ、ここに来た本来の目的を忘れているぞ。ビオコ島近くの溶岩だまりを海底火山に作り替え、三大竜の一体を召喚すると言ったではないか。まあ嫌がらせも目的の一つではあるがな」
そう言って二柱は勝利を確信した高笑いを挙げながら去っていった。奴ら最後に嫌がらせであることを堂々と言いやがって。
「はぁ。自由になったからって調子に乗りすぎだな。俺一人ではあいつらに勝てないのは事実なんだが。人神、その岩盤は破壊できそうか?」
「いや、俺の力ではこれを破壊できそうにないな。さっきから力を流し続けているのだが、どうにも歯が立たない」
事実なのだろうが、こいつは本当に素直で正直な奴だ。俺でも正面から自分の力不足を受け入れるのには、もう少し落ち着いた状況にいたいところなんだが。なんというか、現実主義と言えばいいのか。
「そうか。俺が破壊してもいいんだが奴らに俺が協力したことがバレると少々動きづらくなるからな、もう少しそのままで我慢してくれ」
「ハイヤン! 協力してくれるのか!」
人神が先ほどまでの雰囲気とは一転し明るい表情を見せる。あいつらはどうか知らないが、俺はこいつのことを嫌いにはなれない。
「そりゃあ今回は完全にあいつらの暴走だし、お前は動けそうにないからな。奴らがその気になれば今までの見せかけの均衡は早々に崩れる。俺はお前のことはもとより、人類のこともわが子のことのように思っているんだ」
人類もほかの生物も元は俺から生まれた細胞が始まりだ。彼らを生んでしまった親として、彼らの最期には責任を持つ必要が俺にはある。少なくともバカの暴走によって滅びるなんてかわいそうすぎる。彼らもそれでは納得いかないだろう。
「本当にありがとうハイヤン。正直今回ばかりは詰んだかと思っていた。俺一人ではたとえこの拘束が無かったとしてもあの二人には勝ち目がない」
「そうだな。自然の権利を持っている俺たちと人類の成長に力を左右されるお前とでは、今の時点では差がありすぎる。とはいえ、俺も単独であいつらに勝てるとは思っていない。一対一でも勝算は五分といったところだ」
俺たち自然神の力は基本的に拮抗している。何らかの形で奴らの力を削るか、奴らに対抗しうる戦力を用意する必要がある。
「これから俺は奴らが召喚しようとしている竜にちょちょいと手を加えて味方にしようと思う。とりあえず蝗魔王の相手をさせられる味方が必要だからな」
「そんなことができるのか!?」
「ああ、地神の魔王の作り方はおおむね理解しているからな。破壊の加護で形を変えて、人格を上書きすれば少なくともこちら側に引き込む余地はできる。さらに俺のとっておきも召喚しよう。そっちは少し時間がかかるが、蝗魔王の対処は竜に任せればいい」
「蝗魔王そのものは大した力のある魔王ではないだろうからな。4000億という数を操るのが強味の魔王のはずだ」
よし、一旦今後の方針が決まってきた。あとは改造がうまく行くかというところだが、そこは俺の実力によるところが大きい。しばらく創造はやってなかったから正直自信はないが、どうにかして見せよう。
「そうと決まれば早速俺は奴らを追って改造の準備をする。悪いがお前はしばらくそこで待っていてくれ。それと、奴らに感づかれてもテキトウにごまかしといてくれ。俺のとっておきが召喚できるまでは最低限時間を稼ぐ必要がある」
「わかっているさ。奴ら相手に何百万年と戦ってきんだ。奴らは遊びだったかもしれないが、それが俺を強くしていることには気づけていないようだからな。時間稼ぎくらい余裕だ」
「よし、じゃあ行ってくる。次に会うときは人類の希望が勇敢に戦っている様をともに観測しよう!」
最後にそう言って俺は奴らの痕跡をたどる。かなり油断しているのか痕跡を隠そうともしていない。力を使って空間転移したのが丸わかりだ。
さすがに今回ばかりは止めさせてもらうぞ、バカ共!