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幸せのプルタブ  作者: さくら
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読もうと思ってくれてありがとう。

「寒いね」


冬、夜。イルミネーションが煌びやかに灯る街を歩く僕たち。 


「寒いね」


隣を歩く彼女が言う。


「鍋が食べたいね」


寒い日は鍋が一番だな。


「私はシチューが食べたいな」


彼女が口を尖らせる。


「実は僕もシチューが食べたかったんだ」


寒い日はシチューが一番だ。鍋なんて論外だ。


「鍋じゃないの?」


目を細めてこちらを見る。目を細めるのは彼女が悪ふざけをする時の癖だ。


「シチューが食べたい」


仏様をイメージして微笑む。今シチューを食べたい僕はイエス・キリストをイメージするべきか。そもそもキリスト様は笑うのか?鍋への未練の現れか?


「ふふっ」


彼女が笑う。くしゃっと笑う。かわいい。


「ははっ」


釣られて笑う。彼女の笑顔は僕に伝染する。


「じゃあシチューの材料を買って帰ろうか」


彼女の提案。喜んで受け入れる。


「そうしよう。近くのスーパーに寄って行こう」


近くのスーパーは家の近くのスーパーを指す。ここから歩いて三十分の距離にある。彼女が隣にいるから退屈しないだろう。


「ジャガイモとニンジンとタマネギとシャケと…」


彼女が空を見ながらつぶやく。シチューに入れる具だろうか。


「シチューの中にシャケを入れるの?」


僕の家のシチューにはシャケが入っていなかった気がする。そもそもシチューという洋食に「和」の要素はありなのか?


「入れないの?シャケ様を」


目を細める。そこに悪意はなくむしろ柔らかな表情に思えてくる。かわいい。


「入れるよ。シャケ様の塩気が甘いルーと合うんだよね」


シャケは必須だ。シャケの入っていないシチューは肉の入っていない肉まんだ、と付け足す。


「そうそう。シャケ様は必須だよ」


いたずらに笑う彼女はきっと全て分かっているのだろう。


「ふふっ」


彼女が笑う。全て分かって包み込むように。


「ははっ」


釣られて笑う。嬉しいんだ、彼女が笑ってくれるのが。この世界のどんな出来事よりも嬉しい。


「冬が寒いのはなぜかしら」


唐突に問われる。考えたこともなかった。着眼点が素晴らしい。ノーベル賞を授与したい。


「シチューを美味しく食べるためだからだよ」


寒い日に食べる温かい食べ物は別格に美味い。特にシチューは…。


「それいいね、冬が寒いのはシチューのためだ!」


納得したのか嬉しそうに笑うからこっちまで嬉しくなる。


「間違いない、シチューが冬を呼ぶんだね」


想像してみよう。シチューの匂いにつられて冬が来るのを…。


「シチューと冬は仲良しだね」


「僕らみたいにね」


「そうだね、私たちみたい」


少し恥ずかしいけど、気持ちを確かめ合うのは大切なことだ。もっとも僕たちは確かめ合うまでもないけど。


「寒いね、手繋ごう」


彼女が手をパーに開いてこちらに差し出す。


「それは名案だね」


僕はその手を掴んでコートのポケットに入れる。小さなポケットの中には僕と彼女の手でギューギューだ。


「温かいね」


コートの中の僕の手の方でない手の主が言う。


「うん、温かい」


温かいんだよ。彼女の手が、声が、全て温かいんだよ神様。


「一番最初に手を繋いだのは誰かしら」


おふざけ調子で問われる。


「アダムとイブじゃないかな」


安直すぎただろうか?そもそもアダムとイブは存在したのかどうかさえ曖昧なのに。


「さいしょのにんげん?」


かわいい撫で声が僕に問う。


「そうそう、最初の人間」


にんげんという単語が今だけ可愛く思える。きっと彼女の口から出た言葉だからだろう。


「アダムとイブは素晴らしい発明をしました」


はっきりとした口調で彼女は言う。彼女の中で結論が出たのだろう。


「そうだね、僕たちが今温かいのはアダムとイブのおかげだね」


「そこは違う。温かいのはあなたの手が温もりを持っていて私がそれを感じることができるから」


共感したつもりが否定されて、それ以上の優しさを持った言葉を発する。僕は嬉しくなる。


「確かに、ごめんなさい」


「分かればいいのだよ」


彼女とのおふざけはとても楽しい。


「次から気をつけます先生」


おふざけがひと段落ついたところで毎回恒例のあれ。


「ふふっ」


「ははっ」


僕らは笑い合う。


「写真を撮りたい」


唐突な提案。いいなと思った。


「いいね、そこのクリスマスツリーの前で撮ろうか」


僕が指を指す方向には巨大なクリスマスツリー。辺りはカップルや女子高生やらで溢れている。皆幸せそうにしている。このシーズンはいいなと思った。笑顔で溢れている。綺麗事とかそういうのじゃなくて、本当に素晴らしいと思った。


「いくよ、はいチーズ」


写真に映る僕らは本当に幸せそうで、少し恥ずかしくなるけど幸せが勝つ。


「なんで写真を撮る時の合図って『はい、チーズ』なんだろう」


携帯に映る自分たちを見ながら彼女は言う。


「最初に写真を撮った人がチーズ好きだったんじゃないかな」


でっち上げの情報を投げかけてみる。


「じゃあ、他のものが好きだったら変わっていたのかな」


意外にも彼女は乗り気なようだ。茶番とかではなく本気で考えているのは目を見ればわかる。好奇心が宿っている。今時ケータイとかで調べれば一瞬で分かることをあえて話し合いで妄想を膨らませるのは楽しい。みんな答えを求めすぎてそれまでの「過程」という楽しみに気づかないのはもったいない。この事に気づいているのは世界中で彼女と僕だけだろうか。


「はい、ハンバーグ。はい、カレー」


彼女がつぶやく。不恰好な合図に思わず笑ってしまう。


「はい、焼き鳥。はい、スパゲッティ。はい、シチュー」


僕も面白くなって続ける。彼女が笑う。楽しいな。


「やっぱりチーズが一番だね」


なんやかんやで結論はチーズが一番になりました。


「だね、チーズが一番」


彼女の言葉を反復する。


「温かいね」


彼女が言う。彼女といると心が暖かくなる。冬の冷たい空気が温かく感じる…というのは流石に嘘だけど。


「温かい」


冬の日に冗談を言いながら楽しそうに歩いている二人を見かけたらきっとそれは僕らだろう。見つけても話しかけないでそっと遠くから見守っていてくださいね。

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