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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ただれ子さんに黙祷を

作者: 樋口諭吉

この物語はフィクションであり、実在の人物、学校、地名、団体とは一切関係ありません。

線香をあげに来たのかね?


そうかい。


少しここに眠る人の話をしようか。


聞きたいか。


まず、彼女の祖父の話からしよう。


爛子ただれこの祖父は万州まんしゅうの生まれだ。


香僑かきょうの血統であり家柄もよかつた。


幼少の時分には有州亜あじあから拾つてきた身寄りのない子を買い取つて世話役につけてね、爛子はその世話役に日本人名をつけて、かわいがつていた。


戦後の高度経済成長期。


プラザ合意や政府二値銀にちぎんによる金融緩和と投機的な土地売買。


偉かつたねぇ、あの頃は。


右肩上がりに成長するバブル経済の最中、爛子もまた青春を謳歌していたもんだよ。


あつたろう? お立ち台とか。デスコとか。


爛子はそれでも世間様より勉学に打ち込んではいたが、世間は浮かれに浮かれていたそんな時分だよ。


当時はまだ進学率は低かつた。


今よりもずつと女は生きづらい、人権が軽んじられていた頃だ。


爛子はFランとは謂いながらも、女だてらに八卦島学院大学に通い教授の嫌がらせに遭いつつも「なにをか」と努力して、いずれ修士課程へと進んだ。


すごいことだよ。


大学進学すら誰もしない時分に大学になぞ行かなくてもいくらでも働き口のあつた時分に、爛子はさらに金のかかる院へと進んだんだ。


民俗学なる絵本を学ぶためにね。


だけども万事順風だつた爛子の行末に、バブルの崩壊が大きな影を落とすことになつた。


爛子は昏い世相の中博士号を取れぬままに、博士課程を満期で終了したんだ。


爛子はバブルの崩壊により冷え切つた氷河期の就職の現場から、築き上げた一切の学歴を否定され、「ただの年を食つたお茶くみすらできぬ新卒」だという受け入れがたい事実を突きつけられた。


そんなことをするために自分は絵本博士を目指したわけではない。


爛子が荒れに荒れたのは想像に難くないだらう?


博士になれなかつた爛子は次善の働き口として公務員を目指していたが、公務員試験に受かるだけの学力はなかつた。


やがて公務員試験でも年齢制限にかかり、老親からせめてアルバイトでもと紹介された派遣の仕事も打ち切られた。


そんな状況になつたら、お前さんだつて鬱になるだらう?


救いは幼少の頃流行つていた古室のダンス音楽と幼少期に遊んだ思い入れの詰まつたハミコムゲエムだ。


爛子には、古き良き時代の過去の思い出にすがることが唯一の癒やしだつたのだ。


そんな爛子を立て続けに不幸が襲つた。


爛子の住む双刃郡南江町を震災が襲つたのだ。


安全であると政府の要人や電気屋の偉方に言い含められ、地元にカネを落とすからと受け入れてきた発電所が爆発し、爛子は故郷を去ることを余儀なくされた。


元来人見知りであつた爛子は、疎開先に馴染めずに引きこもりのニイトとなつた。


暗い部屋に引きこもり爛子はネツトに向かい働くこともせず毎日ひたすらに呪詛を吐く。


自分より幸せに生きるものが許せない。世が世であれば自分は褒められる存在であつたはずだ。


おまえらもこちら側の人間のはずだ。なぜ世界の冥さに気づかない? 皆どん底のはずだ。


ネツトの世界においてもいつも呪詛を吐く爛子は一人、嫌われ者であつた。


嫌われ受け入れられず失意のうちに亡くなつた爛子だが、しかし、そうせざるをえぬ悲しい事情もたしかにあつたのだよ。

期限付き公開

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