人界
竜王様が結界を張り、中庭まで行った所で結界を解き、王子様は無事見つかった。
「たまには一人になりたかったのであろう」
と言う竜王様のとりなしで、この一件は落着した。
ああ、俺のせいにならずにすんで助かった!
のだが、その後、何故かしら王子様が俺の所にやって来る。
おそらくはだが、竜王がこの竜界の中で最も信を置くのはどんな奴なんだ、ではないだろうか、なのだが。
あれ! 本当のことが言えるわけもないので、竜王様が適当に考えた理由だと思うんだよねぇ!
どんなに俺の所に来ても、わかんないと思うんだけどなぁ!
勿論、来るのは人霊が地に下りている間で、断わる理由は何もなし!
けどなぁ俺ってば、堅っ苦しい、ご丁寧なお言葉づかいってのが、超苦手なんだよなぁ。
竜王は少々砕けた言葉づかいでも気にしないって顔をしてくれるんだが。
多分、王子も気にしないかもしれないが、王子の後ろにズラリと並んだお付きの者達の視線が……コワイ!
あの件から、数が増えた気がするし。
こんな奴に、会いに来られてどうするんだ!
竜王と言い、王子と言い、何故、こいつをそんなに贔屓にするんだ!?
と言われましても、わかりません! としか言いようがない。言わないけれど。
「どれくらいの間、あの人霊のお世話をしているのかな」
は? んなの、数えてねぇって!
「王子様が、お生まれになられる前から、でございましょうか」
よし! よく誤魔化した、俺!
「随分長く世話をしているのだね」
まぁねぇ。と言っても、人霊が地に下りている間は、お気楽に部屋の番してるだけだけどねぇ。
後、竜王との世間話し。つうか、文句の聞き役。
「そうなりましたね。年月の経つのは早いものですね」
ああ、歯が浮きそうだ!
「やめたい、と思った事はないのかな」
やめたい? やめたいねぇ…………ないなぁ。
てか、やめてどうなる? 他に仕事があるか? 工夫に逆戻り? ないだろ、それは。
「ございませんね」
で、正直に答える。
「もっと上の役職に就きたいと思った事はないのかな? 言い出しにくいのなら、僕から父に……」
上の役職!? 冗談! これ以上、馬鹿にされたくも、後ろ指を指されたくもないぞ!
気楽にのんびり、人霊の世話して、飯食えればそれでいい!
「とんでもございません! 王子様にその様な! それに、お……私に上の役職など、出来よう筈もございません」
ヤバイ、ヤバイ。つい、俺って言い掛けちまった。
「そうかな……? 出来そうだけど……」
そう言うと、後ろのお付きの者達と、俺を見比べるように、何度か視線を行き来させる。
ああ? まさか、俺が力を封じているのに、気が付いてるのか?
やはり、竜王の子か。
「お買い被りを……」
とだけ、俺は答えた。
「いつか……いつか、あなたに僕の傍に来て欲しいな」
へ!?
「いつか、父より、僕の傍に仕えたいと思ってもらえるように、頑張るよ」
はい――――――――――――???????
意味不明! なんですけどぉぉぉぉぉぉ!
「私など。王子様のお傍にお仕えしたいと思ってる者は、大勢おりましょう」
「ん。居るだろうね」
ですよね。なんですか? 父上と従者の取り合いっこして、父に勝った~~~感を得たいとか?
「でも、僕の傍に来たくないって顔をするのは、と言うか、傍に来ないでくれって顔をするのは、あなたくらいかな?」
ゲ! 顔に出てしまってました!? これは失礼を!
「出世を望んで、僕に媚を売る者は大勢居る。でも、あなたは全然そんな素振りを見せない」
すみません。出世、望んでないんで。
「あなたになら、本音で話が出来る……そんな気がするんだ」
はぁ、そうですかねぇ。
「父のすべて、だから仕方がないかもだけど、あなたに人霊の世話だけさせておくなんて、もったいないからね。いつか、もっと色々して欲しいと思ってるんだ」
色々? 色々って何でしょう!?
「では、また」
また、ですかぁ! 俺の胃が持たないんですけどぉ!
今日も今日とて、竜王の尻尾を寝床にお気楽人霊が、お気楽そうに眠っているのを見ながら、そんな事を思い出していた。
いつかねぇ……。『いつか』と思っていたら、『いつか』なんて日は来ないって言うけどな。
あの王子様なら、頑張って『いつか』を来させるかもしれないな。
ああ? と言う事は、あのお気楽人霊のお世話は、他の奴にタッチ交代ってことか?
………………………………。
何故か、胸の奥の方にモヤモヤした物が溢れてきた。
それが何故か。そのモヤモヤは何なのか、わからないままに俺は竜王の部屋を辞した。
そして、そのモヤモヤが何かわからないまま。王子様の望みが果たされる事のないまま、竜王と人霊は、竜界から姿を消した。
きっかけは、狸竜がポックリ逝ってしまった事だろう。
だから、あそこまでメタボるなって言うんだ。
その為、狸竜が止めに止めていたのに、王妃がついに人霊に手を出した。
何かしたわけではない。単に、竜界に入れるなと命じただけだった。
人霊を見張り、連れて来るのは狸竜の配下の者だったからな。その約束で、娘を竜王妃にしたのだから。
それに気が付いたのは、中々人霊が帰って来なかったから。当然と言えば、当然だ。
長い寿命の器に入ったのかと、待ちに待ったが、ついに痺れを切らして、竜王が狸竜の配下に問いただすと、王妃がもういいと言ったと言ったのだ。
それから、壮絶な夫婦げんかの末に、竜王は人霊を探しに竜界を出て行った。
探すと言っても、すでに人霊は天に行ったようで、次に人界に下りて来るのは何時か分からないし、その時は竜王の事は忘れ去っているだろう。
そして何より、天に行き審議を受けた後、人界での行いにより魂は変化する。
色も光りも、大きさも……。
探す手がかりは、何ひとつないに等しかった。
人霊を探しに竜界を出た竜王を探しに、何頭もの竜があちらこちらと飛び回ったが、結界を張り、気配を断った竜王を見つけられる筈もなく。
いつまでも竜王の座を開けておくわけにはいかないので、まだ若いが、王子が竜王の座に就いた。
と言っても、実権を握っているのは、後ろに控えている竜王母だ。
お飾りとまでは言わないが、まだまだ母親の意見には逆らえないお年頃だな。
で、当然のごとく、俺は職を失った。
竜王母が嫌いに嫌っていた人霊のお世話係をしていたから、悪くすれば竜界追放かと思っていたのだが、竜族の花形、第一線で大活躍! の職を宛がわれた。
竜族の最大の使命。
神に指示された人を守る。だ。
なんのことはない。体よく竜界を追い出されたわけだ。追放ではなく追い出しな。
目障りだから、地に降りて人でも守ってなさい! だな。
何の罪も犯していない者を、いきなり竜界追放には出来なかったようだ。
嫁さん貰って、孫の顔を見せろとせっついていたお袋も、これで諦めモードに突入した。
竜王のと言えど、ペットのお守りをしている奴の嫁になろうとするお目出度い者は居ないよなぁ。
まぁ、近付いて来る女は居た。
俺の近くに居れば、竜王と会うチャンスがあるんじゃないかって腹が見え見えの連中が。
そう言う類は、こっちがパス!
で、一人さびしく独身のまま、俺は地に降りた。
人を守るってのは、人界において、神が作り上げようとしている世界に必要となる者を、神がやって欲しい事が出来るようにする事だ。
生まれる時に、ある程度の人生は決められている。それをちゃんと生きるかどうかは、人次第だがな。
人界に影響を及ぼせるほどの者となると、妬みや恨み、憎しみなんかを受けやすい。
逆恨み、八つ当たりってのが殆どだがな。
で、そう言う奴の周りには、恨みつらみを抱いた死霊や生霊がわんさか居てくれる。
また、そう言う奴を利用して、人界に悪さをしようとする、妖怪、化け物、魑魅魍魎なんてのもうろついてくれている。
この中で一番厄介なのが、生霊だ。
妖怪やら化け物やらは、ぶっ倒せばいいし、死霊は強制成仏! させればいいんだが、生霊にはそれが出来ない。
と言うのも、人の器に入っている魂には手出しできない決まりになっているからだ。
出来る限り穏便に、丁寧にお引き取り願うしか手はない。
しつこい奴は、しつこくやって来てくれるんで、参るよ。
それでも、真面目にお仕事に励み、今回の守護者も無事に器がぶっ壊れてくれ、天へと召されて行った。
次はもっと気楽な人生だといいなぁ、と思いつつ、見送る。
さぁて、久し振りにお袋の顔でも見に帰るかと、竜界目指して飛んでいると、
「そこな竜、少し頼まれてくれぬか」
と、声を掛けて来た者が居た。
はぁ? やっとお仕事終わって帰ろうとしてるのに、誰だよ!
と、文句たらっしい顔で振り返り、後ろに数十メートル飛び下がった。
な、な、な、なんで!
なんで!!!!
こんな所に、大御神が居るんだよぉ―――――――!!!!
「すまぬなぁ。やっと仕事が終わって、帰ろうとしている所を」
ゲゲゲゲゲゲゲゲ!!!!!
ああ! そうだった!
心を閉ざさないと、大御神達、神様連中には、こっちの考えが筒抜けだったんだ!
で、俺は急いで心を閉ざし、
「も、申し訳ございません! この様な所におわすとは思いも致しませず、ご無礼いたしました! 何とどお許しのほどを!」
平身低頭、地に落ちそうなほどの勢いで頭を下げた。
「ん。ま、大抵は神界におるからのぉ」
そうだよ! 大御神なんて、神界で、で~~~~ん!とふんぞり返ってるもんだろうが!
「は、はぁ……。それで……お……私に何用にございましょうか」
ややこしい事じゃないといいなぁ、と思いつつ、俺は聞いた。
「この”人”をな、守って欲しいと思ってのぉ」
は?
「……それでございましたら、竜界の係りの者にお申し付けくだされば、それなりに対処させて頂けるかと存じますが……」
そう。誰を守るかは、その窓口となる所に神から指示書が届き、そこの役人……役竜が、この”人”なら、どの竜をつければいいかと判断して、そこから俺達に回ってくるシステムになっている。
「んむ。それはわかっているのだが、少々急いでおっての」
「急いで……?」
「役所という所は、手間暇かかって、手続きやらに時間がかかるじゃろう」
まぁ、そうですけどね。
「と言うことで、頼んだぞ」
へ?
「竜界には、その旨伝えておく故な」
と言って、さっさと姿を消した。
そして、俺の目の前には、魂のサンプルがフヨフヨ浮いていた。
マジか……。
しゃぁねぇなぁ。大御神の命に逆らうなんて、死んでも出来そうにないからなぁ。
けど、誰だよ、この魂。
普通は、生まれる前に指示が来る。いつ生まれ、何才くらいから守れってな。
でなきゃ、こっちも竜の手配が間に合わない。
ま、たまには、人の行いにより、守った方がいいと判断されて、至急! なんてのが回って来ることもあるがな。
しっかし! 大御神直々だぞ!
しかも急いでるって事は、ややこしい事になってるってことだ。
まぁなぁ、そう言うややこしいのは、俺にお鉢が回って来るって決まってっからなぁ。
竜王母様のご指示かどうかはわからないが、誰もが嫌がりそうなのばかりが回ってくる。
どっかでポカして、竜界を追い出す機会を狙ってるとしか思えないんだが。
大御神もそれに乗っかったか? ……まさかな。
仕方がない、行くか。
俺は魂のサンプルを手に取り、気を込めた。
すると、それに呼応するように、地でその魂が光りを放つ。
あそこか……。あまり、人界に影響を及ぼしそうな所じゃないんだがな。
これから、そうなるのかもしれんが。
とにかく、どんな奴か、顔を拝みに行くか。
俺は、光りが差す方へと急降下した。
思った通り、そこは国の中心部ではなく、どちらかと言えば、片田舎に近かった。
ド田舎! とまでは行かないが、ごく普通の中間層辺りが住む住宅街だ。
こんな所の誰を守れって言うんだぁ?
と、不思議に思い掛けてた時、凄まじく大きな気の気配を感じ、俺は急降下に、これでもかと言うほど思いっきり急ブレーキをかけた。
この気の気配…………。
俺は自分の気配を出来る限り消し、ゆっくり、ゆっくり、魂が光っている場所へと降りて行った。
強くなる気の気配。
う……そだろ……。
俺が守れと指示された魂の横に……。
どうして、竜王が居るんだよ―――――――――!!!!!!!!
次話より、人界のお話になります。
お付き合い下されば幸いです。