王子
悩みに悩みに悩みに悩んで、俺は部屋を出た時に思った通り、もう一度あの部屋へ行き、人霊のお守り兼、竜王直属の衛士になった。
人霊のお守りが主で、衛士がオマケな。
そして、俺の評価は、地の底の底を掘り返し、地獄の底まで掘り返しそうなほどに、落ちた。
父親は、竜の誇りを賭け、自害までしたと言うのに、ちっぽけな人霊のお守りまでして、竜王に阿り、竜界にとどまろうとするとは、竜の誇りの欠片もない、親不孝者の愚か者、だそうだ。
この竜界の役目は、人を守る事だ。が、その”人”ってのは、ここが肝心なのだが、神に守れと命じられた”人”の事だ。
その他の人界に居る有象無象の人も、人の器に入ってない人霊も、竜からすれば、ただの低級な霊に過ぎない。
竜王のお気に入りであろうと、ただの低級霊!
ほぼ、ペットに近い!
そのペットのお世話をするのが、俺だ。
なぁんで、引き受けたんだかぁ、の後悔の日々。
今ならわかるんだが、その頃は自分でもわからず、ひたすらそれなりの理由や言い訳を見つけ、自分を納得させていた気がする。
曲がりなりにも、竜王直属の衛士。堂々と真正面からそう言う事を言う奴は居なかったが、裏では陰口、悪口のオンパレードだ。
妬みやら、嫉みやらも入っていたとは思うが。それこそ、竜の誇りは何処へ行ったぁ、なんだがな。
お袋は、
「二度も、竜王様のお申し出を断るなんて、出来ないわよねぇ」
と、言いつつも、ズドンと落ち込んでくれた。
寝込まなかっただけ有り難いってところだ。
その代わり、生活は格段に良くなった。
王宮の近くに居を構え、食べる物に不自由しなくなり、薬なんて買い放題。
多少の陰口、悪口、罵詈雑言くらいは、軽~~く聞き流してやろうじゃないか! の意気込みでお守りをしていた。
ちょいと心配していた竜王妃は、早々にお目出度くも王子を授かり、王子様をお育てになるのに夢中で、人霊の方はお留守になってくれたので一安心だった。
ただし、王子が生まれた途端、竜王は妃の元へ一切通わなくなり、近付く事もしなくなった。
公式の場でも、どうすれば近付かなくてすむか。を、ひたすら考えている顔で、明後日の方を向き続けていた。
そこまで露骨にしなくても……と、少々王妃に同情しないでもないが、私、竜王妃よぉ~~~と言う、これまた露骨な態度に、同情しかけてやめた。
お気楽人霊は、神の呼び出しに応じて人界へ行っては戻って来るを繰り返し、人霊が人界に行っている間、俺は衛士として竜王の傍に仕えた。
実際の所、竜王に衛士、なんてものは必要ない。竜王に何かできる奴が居たら見てみたいものだ。
ただ、時々相談を受けた。
何の相談かって?
何があったかわからないが、すっぱり忘れ去った竜族に関しての相談だった。
つまりは、この竜界以外の、竜族の機構みたいな事か?
ここの竜界に来たのは初めてなので、よくわからないのも無理はないになるが、竜族の事を知らないとなると問題だ。
はぐれ竜になる前の記憶を失くしていると知っているのは俺だけなので、俺に聞くしかなかったんだよな、竜王様も。
一番最初に聞かれたのは、竜神王ってのは、なんだ?
だったからなぁ。
竜神王が竜王就任の祝いに来ると聞いての質問。
竜神王と言うのは、幾つかの竜界を統べている竜の事だ。
竜王は、竜界ごとに勝手に決められるが、竜神王は、竜神界が決める。
竜神界って言っても、やっちゃんの組織じゃないからな!
すべての竜族、竜界を管理して、治めているのが竜神界だ。
竜神王は、そこから派遣された監査役みたいなものだな。
で、竜神王がこの竜界に来た時に、やべぇ……と思った。
何かしでかしたわけじゃない。
もしかして、竜神王より、竜王の方が強いんじゃね? だ。
ホント! はぐれ竜になる前は、何処で何をしていたんだかぁ、だよ。
そんな強い竜王様に、竜達の信望は集まり続け、稀代の名君なんて他の竜界でも噂され始めるようになっていた。
ペットのお世話でもさせて頂けているだけ有り難いかぁ、と思い始めていた頃、人霊とキンラキンラの部屋(その頃には少し慣れていた)でのんびりしていると、扉が叩かれる音がした。
あ?
竜王は会議に出ているのを知っていながら、扉を叩くなんて、誰だ?
お気楽人霊は、さっさと物陰行き。
やばい相手じゃない事を祈りつつ、
「はい」
と、俺は返事をした。
「あの、すみません……。少し、いいですか?」
ゲ! この声……まさか……。
ヤバイ!!
いや、ヤバイ相手ではないが……。
いや! やっぱりヤバイか!
とにもかくにも、俺は全速力ちょっと手前の速さで扉まで飛んで行き、扉を開けた。
あらぁ、やっぱりあなた様でしたかぁ……。
扉の向こうに居たのは、美しい銀色の鱗のまだ少年らしさを残している竜だった。
「これは、王子様。どうなされました?」
そう。竜王様の一粒種。
この竜界の次代を担う、王子様だ。
「あ、あの……部屋に……入らせて頂けませんか?」
「は……?」
俺はよく聞こえなかった振りをして、周りに”気”を放ち、辺りの様子を窺った。
あぁ!? なんでだ!?
「お部屋に入りたいんだけれど……。ダメかな……?」
「部屋に……ですか」
竜王の息子だけあって、とても強い力を感じはするが、まだまだ幼さを残す顔には、戸惑いと、後ろめたさがありありと浮かんでいた。
だが、どう言うことだ?
「申し訳ありませんが、ただいま、竜王様は会議に出られておられて、お部屋には居られないのですが……」
それも、突然降ってわいた問題を協議する会議ではなく、いつもの定例会議って奴だ。
王子がそれを知らないはずがないのだが……。
「それは……よく存じているのだけど」
はぁ? 父親の居ない隙に、部屋に入って何をしようってんだ?
て、決まってるよな、んなのは。
「あの、あの、僕、ち、父上が大切にしておられる”人霊”に会ってみたいんだ」
これだよ、これ!
竜王は、決して他の誰にもあのお気楽人霊を見せない。
例え、息子である王子様にもだ。
息子にくらいはいいだろうって感じだが、問題は、後ろにド~~~ンと控えている竜王妃様だ。
息子に会わせたのなら、私にも会わせて下さってもいいでしょう!?
なら、ましな方で。息子を使って何をしでかしてくれるかわからない。
子育ても一段落して、またぞろ人霊の事を気にし始めてるって噂だ。
浮気してるわけじゃないんだから、人霊ペットくらい大目に見ろって言うんだよなぁ。
他の竜界の竜王なんて、何人の妾妃を侍らせてるかわからないってのに。
「人霊ですか……。あの人霊は……」
「昨日! こちらに帰ってきましたよね!」
ああぁ? なんで昨日帰った事を知ってんだ?
「……父上の、雰囲気が変わりましたから……昨日……」
あ~~らら。息子にもバレバレですか、竜王様。
そりゃ、わかるよなぁ~~~、あれじゃぁ。
人霊が居ない時は、うざい! 邪魔臭い! 超面倒! って顔で不機嫌オーラをばら撒きにばら撒いてくれるが……。
帰ってきた途端、うん! 頑張って竜王するぞ~~~! て顔で、幸せオーラを振りまきまくってるものなぁ。
どうする、俺?
次代を担う王子様のご機嫌を取るか。
今現在の竜王様のご命令を取るか。
「は、母にも、父にも、言いません! だから……!」
あ? 母にもって……。
んじゃ、もしかして、周りに誰の気配もないのは、お付きの配下の者にも内緒でここに来たわけか!?
そっちの方がヤバくないか!?
もしここで王子様に何かあったら、どうすんだよ!
だがしかし! 俺が王子様を連れて王子宮まで行くわけにはいかないよな。
王子が何処に居たか、それこそ、バレバレだ!
「お願いです!」
俺もお願いだから、今すぐお付きの者達の所に帰って下さい!
「あれには、会わさぬ」
むっちゃくちゃドスの効いた、それこそやっちゃんのボス! 親分! と言う感じの声が、王子様の背後からした。
「ち、父上……! どうして……か、会議は……」
「会議? 王子が行方不明だと、王宮中が大騒ぎしているのに、会議なんてしていられるか!?」
ハ……ハハハ……。そうなりますよねぇ、うん。
お願いだから! 俺が連れ出したぁって事になりませんように!
「これ程の騒ぎを起こしておいて、何をしている?」
何を……て、見ればわかるでしょうに、この状況。
さっき、あれには会わさぬ、とか凄んでたし……。
「さ、騒ぎを起こしてしまったのは、あ、謝ります! 申し訳ありませんでした! ですが! ですが、父上! お願いです! 父上が大切にしておられるのは知っております! 一目でいいんです! 会わせて頂けませんか!?」
小さな身体をより小さくしながらも、王子は竜王に訴えかけた。
頑張れ! 王子様。
一目くらいいいよねぇって思うぞ、俺も。
だが竜王は、ふん、と鼻で笑った。
「それが、おまえの望みか」
「え……?」
そう言いましたよ。耳がお悪くおなりで?
「情けない望みだな」
まぁねぇ、たかが人霊に会いたい、ですからねぇ。
そのたかが人霊に会わせないぃ――――って、言ってる方もどうかと思いますけど。
「己の望みを叶えたければ、己で掴み取れ。誰かに頼んで叶えて貰おうなどと言う、甘い望みなど叶える価値もないわ!」
え……!?
ちょ、ちょっと待ってください、竜王様!
それってば、もしかして、もしかしなくても、邪魔なものは自分で排除しろ! とか言われてます!?
この場合、邪魔なものは俺ですよね、確実に、俺ですよね!
俺! 力、封じたままなんですよ!
いや、それより何より、王子様を傷つけるわけにはいきませんでしょう!
わぁ! どうにかなるかなぁって目で、こっちを見ないで下さいよ、王子様!
「まこと! あれに会いたいと望むならば、我を倒してでも、会ってみせるがいいわ!」
ゲゲゲゲゲ!!!!!!!!
無理! 無理無理無理無理の上に無理!!!!!!!
それってば、絶対、一生会わせませ~~~ん! 宣言ですよ!
「父……上……」
「どうした? 諦めるのか? 諦められる望みなれば、さっさと諦めよ!」
無茶苦茶ですよぉ~~~~竜王様!
何もそこまで……。
「どう……して……。ち、父上にとって、あの人霊はどのような存在なのですか!?」
あ~~聞きたくなるよねぇ、それ。うん!
「あれは……我のすべてだ」
!!……。
俺の背中に、ゾクリとしたものが走った。
すべてだと言い切った竜王の目が、気が、それが真実だと物語っていた。
「すべ……て……」
王子様にも、それはわかったのだろう。それ以上何も口にしなかった。いや、出来なかったのだろう。
たかが、人霊。
人界に行けば、同じような人霊が、それこそ掃いて捨てるほど居る。
けれど、竜王にとっては、すべてだと言い切ってしまうほどに、特別な存在。
そして、やはり、何故、そこまで……と思わずにはいられない。
「これから、何かを望むのなら、どのような望みでも己の力で掴み取るが良い。それが出来ぬなら、誰かを当てにしての望みなら、諦めた方が良かろう。例え、叶えられたとしても、いずれは詰まらぬ望みとなろうからな」
「……はい……」
それを教える為の言動か?
いや、そうではなかろう。
竜王の本音中の本音。
息子だからこそ、言ってやった本音だろう。
「わかったのなら、早々に皆の所へ戻れ。適当な言い訳くらいは、用意してあるのであろうな」
「え?」
「それも考えずに来たのか。もし、今見つかったら、この者にどれほどの迷惑を掛けるかわからぬのか」
この者……は俺ですよね。他に居ませんからね。
驚き! 俺にこんな配慮をされるとは!
「いずれ、竜王になるつもりでいるなら、下の者を困らせる事はするな」
なるつもりでいるなら……て。なってくれないと困るのはこっちなんですけどぉ。
「言っておくが、我の息子だからと、竜王にならねばならぬ事はない」
ええええええ―――――――!?
「僕は……竜王に相応しくない……と……?」
「いいや、誰もそんな事は言っておらぬ。竜王になるならぬは、おまえが決める事だと言っている。竜王の子に生まれたからと言うだけで、竜王になられても困るのでな。竜王になる事を望むなら、なればよい。子に生まれたから仕方なく竜王に、と言うのだけはしてくれるな、だな」
「……望みは……己の手で掴み取れ……ですか……」
「んむ。竜王になる望みでも。竜王の子に生まれたが、竜王にならぬ望みでもな」
きっつぅぅぅぅぅぅ!
両方とも、いばらの道ですよぉ! 竜王様!
竜王様の後ってだけで、超プレッシャーなのに、それで竜王になりませぇんと言い出した日には、絶対に逃げた! て思われるでしょうに!
ん~~~~~。どっちもそれなりの覚悟でやれって事かぁ。
ああ、俺、普通の竜の息子で良かった。
「すまなかったな。息子が無理を言った」
へ?
「あ……いえ……」
「ここはもういい故、部屋に戻ってくれ。あれが心配しておろう」
だろうなぁ。きっと扉の近くをフワフワ、あっち行ったりこっち行ったりしてそうだ。
「では、失礼いたします」
竜王と王子に深々と頭を下げ、俺は部屋の扉を開けかけたのだが、
「どうして! その者はいいのですか!?」
と、王子様が叫んでくれた。
はい?
「どうして……その者にだけは、人霊にお会わせになられるのですか」
あ~~~、それはですねぇ。
あなたの御祖父様が、お母様を竜王の妃にしようと企んだ時にですね、あの人霊を利用したわけです。
その時に、人霊を一時預かりしたのが俺でして。
で、人霊も気心が知れてるってわけで、俺に白羽の矢が立ったわけです。
て、言えるわけねぇって!
「その者は、この竜界の中で最も……」
竜王様の次に力が強いって、言われないで下さいよ!
これ以上ややこしい事にはなりたくないんです! 俺は!
「信の置ける者だからだな」
え? え? えええええ――――――――!?
「最も……。僕……よりも……ですか……」
うわぁぁぁ――――――――――!!!
力が強いよりも、マズイ―――――!!!
「我の信を得たいと望むなら」
「己の手で……掴み取れ……?」
「望むならばな」
俺! 望んでないんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ―――――――――!!!!