お守り
鼻高々、高飛車竜との結婚を条件に、解放されて、すでに竜界を出て、天に行っている筈じゃなかったのか!?
なのに、どうして当然って顔して、お気楽そうに竜王の周りを飛んでるんだ!
「これが、世話になったようだな」
茫然と人霊を見上げている俺に、竜王がこう言ってきた。
世話? 世話?
………どっちの意味の”世話”だ?
まぁ、ウチのが世話になりまして、どうもです~~~! か、
おぅおぅ! ウチのがずいぶん世話になったそうじゃないか、あぁ? か、
どっちだ!?
返事に窮している俺をよそに、
「これを、俺の傍に置くことにしてな」
と、続けて言ってきた。
傍に置く?
…………いつまでだ?
神からの命が来れば、人界に戻らなければならない。でなければ消滅だ。
まさか、消滅させようとしているのか?
自分の弱みである者を、完全抹殺する気か?
「勿論、神からの呼び出しには応じさせる」
俺の心の中を見透かしたように、竜王は話し続ける。
一応、完全抹殺ではなさそうだ。
「だが、ここに戻って来させる。そう約させた」
戻って来させるぅぅぅぅ――――――――――――!?
けど、それじゃ、霊格はさっぱり、全然、これっぱかしも上がらない!
天に行き、人界での行いを審議されて、徳を積んだと評価されれば霊格が上がる。しかし、天に行かなければ、ず―――――――っと今のままだ。
「……その者も……それでいいと?」
俺は、この部屋に入って初めて言葉を発した。
「ん? いい……のだろう?」
おい! 今初めて聞くのかよ!
「いいよぉ! だってぇ~~」
だって、なんだ?
綺麗な銀色の、大きくて、強そうで、カッコイイ竜の傍に居られればいいってか!?
「銀色竜さんの所、寝心地いいんだもん!」
寝、寝、寝、寝、寝心地~~~~~~~~~~~!?
おまえの判断基準はそれか!?
霊格向上より、寝心地を取るのか、おまえは!
ああ! それよりなにより!
なんなんだ~~~! その満足そうな顔は! 竜王!
寝心地で選ばれたってのに! この世の至福を満喫! って顔は!
わかんねぇ! さっぱりわかんねぇ!
完全に理解不能だ!
竜王にとって、あの人霊はどんな存在なんだ!
あまりに意外な展開に困惑しまくっていると、
「竜王様。そろそろ会議のお時間にございます」
と、扉の外から声が掛かった。
すると、竜王の雰囲気が一変した。
「ああ、わかった。今少しこの者と話がある故、しばし待て」
面倒! 邪魔臭い! うざったい!
を、身体中で表現して、声にもなみなみと載せて従者に告げる。
「はっ……」
不服そうな声で、従者は引き下がって行った。
「まったく! 会議会議と! あれくらいの事、勝手に適当に決めろって言うんだ」
ヤケクソ気味に、竜王が文句を垂れると、
「ダメだよぉ。お仕事は真面目にしないとぉ~~」
と、恐れ知らずの人霊が言ってのけやがった。
おまえ、殺されたいのか? きれいさっぱり消滅させられたいのか!
と、肝を冷やしまくった俺を尻目に、
「ああ、ああ。わかってる、わかってる。真面目に竜王をやるさ」
竜王は目じりを下げまくって、人霊を自分の方に来るように頷くと、
「おまえを傍に置けるからな」
と、傍に寄ってきた人霊を愛おしそうに見つめて囁いた。
はい~~~~~~~!?
あああ! わかんねぇ――――――――――!
なにがどうなってるのか、誰か俺に説明してくれ―――――――!
「それでな、おまえに来てもらったのはほかでもない」
はいはい、何でしょうか。
とりあえず、あの人霊をあの狸竜から預っていた事に関して、責められることはなさそうだ。
俺はちょっと安心して、次の竜王の言葉を待った。
だが……!
「俺がこの部屋を離れている間、これの相手をしてやって欲しいと思ってな」
と、超ド級の爆弾を落として来てくれた。
「はぁ?」
ついつい俺は、間の抜けた声をあげてしまっていた。
「気にしなくていいと言っているのだが、仕事や他の竜と会っている時は、遠慮して近づいて来ぬのでな。可哀相でな」
て、事は何か? 俺はあの人霊のお守りに呼ばれたってわけか!?
冗談だろう!
「竜王様! 皆集まっておりますゆえ、どうか!」
外から再び、従者のひっ迫した声が掛かる。
「わかった! 今いく!」
仕方なさそうに、竜王は立ち上がった。
でけぇ……!
あの裏通りでも見上げるほどだったが、この広くても限られた空間の部屋の中で見ると、恐ろしく大きく見えた。
これじゃ、親父なんてホント、ひとたまりもないって!
「では、行って来る」
「ん! いってらっしゃ~~~い!」
そのでっかい竜王に、これだ……!
おまえ、何者だよ!
竜王は、小さく縮こまる俺の横を悠々と飛び、扉を開けた。
扉の横には平伏しまくる従者。
竜王が通り過ぎると、不思議そうな顔で従者が俺を見てくる。
え~~~~~~。
俺はどうしたらいいんでしょうねぇ。
「その者は、俺専属の衛士だ。この部屋にも自由に出入りする許しを与えているので、そのつもりで遇するように」
「は?」
え!?
驚く従者より、俺の方が驚いた。
俺が、いつそんな者になったんだ!?
「では、頼みおくぞ」
にんまりこちらに微笑んで、竜王様は会議室へとお姿を消されて行かれました。
後に残ったのは、首を捻りまくりながら、扉を閉める従者と、呆気にとられて茫然と立ち尽くす俺と、気楽そうに部屋の中を飛び回る人霊……。
誰か! 夢だと言ってくれぇ―――――――――――――――――――!!!
「おい! 何、いつまで寝てんだ! 仕事だ、仕事! さっさと起きろ!」
と、怒鳴られ、ドカッと腹を蹴られて俺は起こされた。
に、ならないかなぁ……と、暫く待ってみたが、さっぱりならなかった。
諦めようかぁ、俺……。
これは、現実だ。
キンラキンラの部屋も、フワフワ飛んでる人霊も、その人霊のお守りを押し付けられたのも、ぜ~~~~~んぶ、現実だ!
「はぁ……」
自然と俺の口からは、溜め息が出た。
「どうしたのぉ~~~? 疲れちゃった~~~?」
お気楽人霊が、お気楽な声で聞いてくる。
「毎日、大変だもんねぇ、あのお仕事ぉ~~」
たしかに、大変だ。大変だった。
だが!!
俺は、俺が今まで生きてきた中で、今が一番! 疲れてる! ……気がする。
「なぁ……」
俺は諦めの境地に達し、さっきからあちらこちらへと、部屋の中をフワフワ飛びまくっている人霊に声を掛けた。
「なぁにぃ?」
「おまえ、本当にいいのか?」
「何がぁ?」
「何がって……天に行かなくても、いいのか?」
「いいよぉ~~~」
だぁから、そんなにお気楽に決める事か!?
「だってぇ、いっぱい! 居たよ! 天に行かない人」
……それは、居るな。
うん。居る。
死んだと気付かずに、その場に居続ける奴とか。天に行きたくな~~い! と人界をこいつみたいにフワフワ飛んでる奴とか。
悪くすれば、地獄に直行! て奴も居る。
だがなぁ……。
「けど、天に行かなければ、霊格は上がらないだろう」
せっせと霊格を上げる為に、人は生きてるわけで。
それを上げられなくするのは、竜としてどうよ、て思うわけでな。
「霊格? それ、上げたらどうなるの?」
どう……て。
「そりゃ、すんごく頑張って上げれば、人界より上の世界に行けるように……」
で、俺は言い淀んでしまった。
「ふぅ~~~~ん。私、人界のままでも構わないよ~~~。それより、銀色竜さんと居たい!」
「……そうか……」
俺は、適当な返事をして、今考え付いた事を確かめるべく、別の事を聞いた。
「なぁ、神の呼び出しに応じて、人の器に入るだろ?」
「うん!」
「その器が壊れたら……(つまりは、死んだら)竜界に帰ってくる……んだよな」
「うん! そうしてもいいって、銀色竜さんが言ってくれた~~~」
銀色竜さんね……。
「けど、そう簡単に人霊が竜界には入れないぞ」
「ん~~~とね、器が壊れたらね、その辺りに竜さんが居るから、その竜さんがここへ連れて来てくれるって言ってた~~」
はぁ~~~ん。なるほどね。
これで、どうしてあの竜王が、あの狸竜の高飛車娘と結婚したか、理由がわかった。
結婚の交換条件に出したのは、人界に降りたこいつを見張らせて、竜界に連れて来させること、だろう。
でなければ、そう都合よく、器がいつ壊れるかわからないのに、その辺りに竜が居るわけがない。
こいつの霊格が上がれば、人界より上の世界に行ってしまう。他の竜界の管轄に入るわけだ。そうなれば、会える確率は殆どなくなる。
こいつを傍に置くために、そんな事をさせられる立場を保つために、ここの竜界の竜王で居続ける為に、あの高飛車竜と結婚したわけだ。
つまりは何か?
狸竜が竜王を利用して、自分の一族の繁栄を確固たるものにしようと画策したにもかかわらず、竜王にまんまと逆に利用されたってわけか!?
まさか、ここまで竜王が、この人霊に固執するとは狸竜も思わないよなぁ……。
まぁ、そのお陰で、娘は竜王妃になれたわけだけどな。
そうじゃなければ……ぶっ倒されてるな。即!
そんな事を考え込んでいる間も、お気楽人霊は、あちらの花を見ては、こちらの家具へ。そして今度は水辺にと、フワフワ、フワフワ飛びまくる。
「おまえなぁ、少しはじっとしてろよ!」
ついに俺は我慢できなくなって叫んでしまった。
よくそんなので、あの結界珠の中に居られたものだ!
それとも、閉じ込められてた反動か?
「だってぇ~~~! このお部屋、キッラキッラで、落ち着かないんだもん~~」
……それには、賛同しよう。
「このお部屋、きら~~~い! 銀色竜さんのお部屋の方が好き~~~!」
は?
「ここは、竜王の部屋じゃないのか」
「ううん! 竜王のお部屋だよぉ~~~」
なんだ、それ。意味、わかんねぇ。
「銀色竜さんのお部屋はねぇ、あっち~~~~!」
そう言って、お気楽人霊は、部屋の奥を指し示した。
ただの壁にしか見えないが、もしかして、あの奥に部屋があるのか?
「それじゃ、あっちの部屋に行っていたらいいだろう」
「銀色竜さんが居ないと、入れないもん」
ほうぅ……。秘密の部屋って奴か。結界が張られているわけか。で、ただの壁にしか見えない、と。
まぁ、そんなのの一つや二つなかったら、やってられないだろうなぁ。
「私は入れるけどぉ、そおしたら、緑色竜さん、ひとつになっちゃうでしょ~~~? 可哀相だから、ここに居る~~~!」
ああ―――!?
なんだそりゃ!
おまえが俺のお守りをしてるってのか!!!!!!