ばれた
俺がどんなに落ち込もうと、運の悪さを嘆こうと、時は流れ、日は過ぎて行く。
俺に出来る事は、せっせと真面目に働いて、お袋との生活を支えて行く事だけだ。
昼休みや仕事の行き帰りに、”ねぇ、ねぇ”と言うお気楽な元気な声が聞こえてこない事に慣れて来た頃、俺はお袋に頼まれた買い物をしようと、市場に居た。
どれがいいかと品定めをしていると、
「なぁ、聞いたか。竜王様が……」
と言う言葉が耳に入って来た。
あ? もしかして、来たか。
と、俺はしっかり聞き耳を立てた。
「どうやら、お妃様を娶られるらしいぞ」
はぁ!?
「へぇ~~。今の竜王様は、大御神様に竜王争いをやめさせ、次の竜王を決めるようにとの命を受けて来られた、と言う噂だったが、妃を娶られるのか」
「そろそろ、次の竜王様を決められる頃かと思っていたがなぁ」
俺もそう思っていた。
あの人霊と引き換えに、自分の息子を竜王に……だと。
「だが、妃を娶られるなら、ずっとこの竜界におられる訳か」
「だろう? そうなれば、この竜界も安泰と言うものだ」
「ん。で、どの女竜をお気に召したんだ? 竜王様は」
「聞いた話じゃ、執政官殿の娘御らしいなぁ」
…………なるほど、そう来たわけか……。
強い力を持った竜の子供は、強い力を持って生まれる。
おそらく、今の竜王の子供なら、この竜界の誰よりも強い力を持って生まれて来るだろう。
つまりは、子々孫々まで、一族の力を維持させようと言う腹だ。
よく考えるよ、あの狸竜。
まぁ、あの狸竜の息子じゃ、ごり押しで竜王の座に就いたとしても、またぞろ竜王争いが勃発しそうだからなぁ。
「何にせよ、良かった。これで安心して暮らせるなぁ」
「ああ」
”これはのぉ、この竜界の為に必要な事なのじゃ”
あの時の、狸竜のセリフを思い出す。
何が、この竜界に必要だ。結局は自分のため以外の何物でもなかろう!
俺はそれ以上聞いていたくなくて、さっさと買い物をすませ、早々にその場を飛び立った。
それからしばらくして、竜王と執政官の娘の結婚式が、竜界を挙げて盛大に行われた。
一応、全員出席が義務付けられたので、端の端の端の端の端っこの方――――に、俺とお袋も並んで列席した。
妃となった執政官の娘は、一応綺麗だが(あの狸竜が腹黒作戦で、美竜を嫁にしたってのは有名だ)、鼻持ちならない高飛車竜です! の顔を隠そうともせず、私が竜王妃よ~~~~と、これでもかってくらいに着飾って、しゃなりしゃなりと飛んでいる。
で、竜王はと言うと……。
不 ・ 本 ・ 意 !!!!!!!!!!!
を、醸し出す、じゃなく、滲み出させる、でもなく……。
全身全霊、頭の髪の先から尻尾の毛の先まで、身体中のありとあらゆるところから溢れ返らせ、撒き散らし、妃の方をチラリとも見ようともせず、明後日の方向をず――――――――――っと見ながら、早く終わってくれ! と祈りを捧げつつ飛んでいるのが、丸わかりな顔で飛んでいた。
ここで、疑問が湧いてきた。
どうして、あの竜王はここまで嫌な事を承諾したのか、だ。
あの狸竜が、まだあの人霊を人質に取っているのか?
それも考えられるが、竜王なら、あんな狸竜くらいぶっ倒して、結界珠を奪うくらい造作もない事だろう。
神の命が来て人界に行かなければ、あの人霊は消滅する。その危険性を残しておくとは思われない。
人霊以外の理由で承諾した?
それも有りだが、あの竜王に、他にどんな弱みがある?
いやいや、そもそもあんなちっぽけな人霊が、弱みか?
根本問題だよな、そこが。タイミング的には、その可能性が高くはあるが……。
「やっぱり……ちょっと残念に思っちゃうわね」
あれやこれやと考えていたら、お袋が横でぼそりと言った。
あ!? もしかして、バレタのか!?
俺があの狸竜の陰謀の片棒を担いで、竜王をはめたのが!
「な、な、何が?」
俺は、ついついどもってしまった。
「新しい竜王様になれば、おまえもあんな所じゃなく、もう少しいい仕事に就けたかもしれないでしょう。でも、もう無理ね」
あ……それか。その話か。
「ごめんなさいね。私が、あんな意地を張らなければ……」
「いいさ。食っていけないわけじゃないし」
「そう……?」
「ん!」
そうそう! 竜王がどんな理由で結婚しようが、俺にはもう関係なし!
皆が言うように、これで竜界は安泰! 余計な争いも起こらない!
めでたし、めでたし、で忘れよう!
の筈だったんだが。
次の日、いつもの様にお袋の弁当を食って、昼寝をしようとゴロンと横になっていると、傍にお偉いさん然とした竜が寄ってきた。
あ? なんだ?
俺は一応起き上がって、その竜を迎える事にした。余計な諍いは避けるに越したことはない。
「今から、王宮へ参れ」
「は? 王宮へ?」
意味不明。
「んむ! 竜王様よりの、直々のお呼び出しである! 心して従うように!」
竜王の!? 直々の呼び出し!?
ゲゲゲゲエェェェェェェェェェェェェェェェェ――――――――――!!!!!!
ばれた!? ばれたのか!?
ばれちゃったのかよぉぉぉぉ―――――――――――――――!!!!!!
俺は、死刑宣告をされる囚人の様な面持ちで、迎えに来た竜の後について、王宮に向かった。
これが俺の運命か!?
ここまで運が悪く生まれついてたのか!?
俺が何をした!
そうだ! 俺が何をしたって言うんだ!
あの人霊を取っ捕まえて、結界に閉じ込め、この竜界に連れて来たのはあの狸竜じゃないか!
その張本人……張本竜が、竜王妃の父親面して、執政官としてふんぞり返ってるってのに! 何故、俺が責められなきゃならないんだ!
俺は! ほんのちょっとの間、あいつを預かっていただけだ。
それが罪だと言われれば、何も言えねぇけど……。
それとも、あれか? あの狸竜の奴、全部俺がやった事にしたのか?
ありうる。あの狸竜なら……!
うわぁぁぁ! そうだとしたら、もうどうにもできねぇ!
せめて! せめて、お袋だけには何もしないでくれと言わないと!
お袋は、本当に何も知らなかったんだから!
お袋の為に薬を持って来てくれたくらいだから、それくらいは聞いてくれるかもしれない。
俺は……良くて、この竜界追放か。
他の竜界に行けなければ、はぐれ竜決定……?
俺はいいけど、お袋……俺まで居なくなっちまったら……。
一緒にはぐれ竜をさせるのも……。
ああ! マジ! どうしてこうなっちまうんだ! 俺は!
ぐるぐる、ぐるぐると、どうにもならない事を考えている間にも、迎えに来た竜は、王宮の奥へ奥へと、どんどん進んで行く。
随分と奥へ行くなぁ。
こんな所まで連れて来させて、どうするんだ?
まさか、秘密裏に処刑! なんて事ないだろうなぁ。
表向きは、作業中の不慮の事故! とか……。
最悪の事態が頭の中を駆け巡った時、迎えの竜がある扉の前で止まった。
すっごく派手派手なでっかい扉の前で、厳かに頭を下げ、
「竜王様、連れてまいりました」
と、扉に向かって言った。
中に誰も居なけりゃ、馬鹿みたいだよな。
なんてお気楽な事を考えている場合じゃない!
「んむ。中へ入れるといい」
扉の向こうから、低く威厳のある声が返ってきた。
迎えの竜は、失礼な事はするなよ! 的な目で俺を睨みつけてから、扉を開け放った。
扉の向こうは、扉以上に超ド派手な部屋だった。
キンラ、キンラの家具調度が所狭しと並べられ、あらゆる花が咲き乱れ、ついでに水まで流れている。
何だ、この部屋は!
死刑宣告する部屋には見えないぞ!
そのキンラキンラの真ん中に、どど――――ん! と、竜王が鎮座ましましていた。
茫然と部屋を見つめたまま、動こうとしない俺に痺れを切らしたのか、迎えの竜が、
「何をしている! 早く入れ!」
と、小声で言ってきた。
大声で言わないのは、竜王様の前だからだろう。
て、そんな事より、俺だけ? 俺だけで入るのか?
「早く!」
もう一度小声で怒鳴られ、俺はゴックンと唾を一つ飲み込んでから、部屋の中に足を踏み入れた。
その俺の後ろで、扉が閉まる音がする。
本当に、俺だけなのかよぉ―――――――!
「こちらへ」
竜王が、目だけで自分の前を指し示す。
行くしかないよなぁ……。
お袋だけは、何とか、何とか……と心の中で繰り返し、俺はゆっくりと竜王の前へと近づいて行った。
近付くにつれ、どうも、なんか、妙な感覚を覚えた。
竜王の雰囲気が……変わった……?
近くで見たのは、あの裏通りでばったり出会った時くらいだが、竜界を飛んでいる姿は何度か見ていた。
竜界に来た当初は、実に精力的に竜界の中を飛び回っていたからな。
この頃では、殆ど王宮に居るので、姿を見掛ける事はなくなったが。
その頃のイメージと、どこか違う。
大御神の命だから、仕方なく竜王の座に就き、仕方なく竜界を立て直し、仕方なく政務を執っている。て、感じで、どこか投げやりで、捨て鉢で、ヤケ気味な感じがしたんだが……。
今は……随分、温和と言うか、柔和と言うか、安っぽい表現をするなら、幸せそうに見える。
そりゃ、昨日結婚したばかりの新婚さん! だからな。
なんて顔じゃなかったよな、昨日の結婚式。
竜王に何があったんだ?
ここまで雰囲気を変えさせる何が……。
訝しく思いながらも、俺は竜王が示した場所まで進み、恭しく頭を垂れ、何とか儀礼的な文句を絞り出そうとした時、
「あ――――――! ひとつの竜さんだ―――――――!」
と言う、お気楽元気な声が、ド派手なキンラキンラの部屋に響き渡った。
だから! ひとつじゃねぇって!
と、俺は怒鳴り掛け、寸での所で止めた。
なんで! どうしてあいつの声がここでするんだ!?
俺の空耳か!?
緊張しすぎて、頭のどっかがいかれたか!?
「ほほぅ。やはりおまえであったか。建設現場で働く、いつもひとつの緑色の竜と言っていたから、おまえかと思ってな」
言っていた?
誰が、誰が言っていたんだ?
俺は意味が分からず、思わず顔をあげた。
その俺の目に飛び込んできたのは、竜王の頭の上をフワフワと飛んでいる、あの人霊の光りだった。
どうして、おまえがまだこんな所に居るんだよ!