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不運の始まり

 

 運がいいとか悪いとかよく言われるが、そんな生やさしい言葉では言い尽くせないほどの不運に俺は見舞われていた。


 これ以上の底はないだろうと思われる、どん底のどん底、奈落の底の底に落っこちたきっかけは、子供の出来なかった竜王が跡継ぎを指名せずに、ポックリ逝ってしまった事だ。

 

 それだけならいいんだが、その後の話し合いでは次の竜王が決まらず、お定まりの力による竜王争いをおっぱじめ、その争いにやめればいいものを俺の親父が参戦してくれたのだ。


 ”竜王は、次の竜王はおまえだと、約してくれていたのだ!”

 という、はぁぁ? もいい所の理由で。 


 息子の俺が言うのも何だが、親父は竜王争いに入れるほど、強い竜ではなかった。まぁ、そこそこ? ちょっとした役職に就けるかな? くらいだ。

 そんな親父の息子を次の竜王になんぞと考えるわけがなかろうに。

 俺の事を可愛がってくれてはいたが……。

 少々身体が弱くて、どれほどの妃に妾を娶ろうとも、ついには子供が出来なかったから、その代わりに……くらいだろう。

 ホント、どんなのでもいいから、跡継ぎが居て欲しかったよ。


 その竜王争いに終止符を打ったのは、大御神のご指名とやらでやって来た”はぐれ竜”だった。

 ”はぐれ竜”ってのは、どの竜界にも属さない、いわばはみ出し者だ。

 何だかんだと、竜界を出てきた理由をあげつらう者も居るが、ま、要するに、上に文句を言うしか出来ない、無能者と言うのがお定まりだ。力があれば、出て来ずにとっととその竜界で力を付け、自分の思うように生きられただろうからな。


 だが、大御神のご指名だけあって、やって来た”はぐれ竜”は全然違っていた。


 本当に……あっという間だった。

 竜界にやって来てすぐに、あっという間に竜王争いをしていたアホ竜達をぶっ倒して、悠々と帰ってきた。

 ま、その中に親父も居たわけだが。


 そして、その”はぐれ竜”が当然のごとく、竜王の座に就いた。


 それだけなら、そうどん底に落ち込む事はなかったのだが、親父のおバカが、

”竜王争いに参戦しながら、他の竜王の元で生きて行くなど、竜の誇りに賭けて出来ん!”

と、またもや、はぁぁぁぁぁぁ? の理由であっさり自害してくれた。


 お陰で、そのショックからお袋は体調を崩して寝込んでくれるし、俺は親父の代わりにお袋を守り、支え……世間の風って奴に晒されることになった。

 残された者の身にもなれって! と叫びたいが、叫ぶ相手が居ないので我慢した。


 新しく竜王の座に就いた元”はぐれ竜”は、力も強いが、頭も良く、肝も据わっていて、竜王争いでボロボロになっていた竜界をどんどん立て直していった。

 それは、見事なる手腕、と言わざるを得ないくらいに。


 竜王争いに参戦していた竜も、その能力に合わせた場所に重用し、まさに適材適所であったが為に、誰からの文句も出なかった。

 ま、力を恐れて、裏で悪口陰口をたたきながらも、不承不承従っている者も居たのは事実だが。そんな連中の事など意にも介していない様子で、次々と事を進めて行っていた。

 一応、親父を失った俺にも同情したのか、ある役目を担ってくれないかとの話があったが、親父を死なせた者になど従ってくれるなと、お袋に泣き付かれて断りを入れた。

 いや、勝手に死んだだけだし……とは言えないよな、やっぱ。

 

 で、その力もないのに、竜王争いに参戦した親父の息子が、新竜王の申し出を偉そうに断ったと、周りからの突き上げをくらって、ほぼ、干された状態になり、食っていくのもやっとの経済状態。寝込みがちなお袋に、薬も与えてやれない日々が続いていた。


 そんな時、ある男が俺に声を掛けてきた。

 

 それが、俺の運命の歯車がゆっくりと動き始めた瞬間だった。


 俺に声を掛けて来たのは、竜王の腰巾着。

 言っておくが、今の竜王だけじゃなく、前の竜王の時もそうだった。

 つまりは、寄らば大樹の陰、虎の威を借る狐だ。

 決して一番上には立たず、何かあったら上の奴に責任取らせて安泰を図ると言う、こすっからしい、肝っ玉の小さい、腹黒狸って奴だ。


 だから、俺としては話したくもなかったのだが、竜王様の腰巾着……コホッ、執政官殿を無視する事も出来ずに、頭を垂れて、恭しく拝礼した。


「これはこれは、執政官殿のような方が、私のような若輩者に、何用にございましょうか」

 慇懃無礼っぽい口調で俺は聞いた。


 ちょっとムッとした顔をしたが、そんな事は気にせぬぞ、と見せつけるように鷹揚に頷き、

「父親を亡くし、随分と辛い思いをしていると聞いたが……。母君の具合はどうなのかな?」

と、言ってきた。


 放っとけ! とも言えず、


「もう年でございますので、中々、はかばかしくはございません」

と、丁寧に答えてみせた。


 俺は、年食ってからの一粒種って奴で、お袋は、少々大きな孫が居てもおかしくない年だ。


「そうか、おまえも苦労するのぉ。聞くところによると、薬も買えぬそうではないか」

 だぁから、放っとけっての!

「はぁ……」

 俺はすんなり肯定する気になれず、曖昧な返事を返した。

「そうかそうか、若いのに、大変じゃのぉ」

 で?  だから、何だよ。さっさと、用件言えよ! と心の中で毒づきつつ、

「いえ……」

と、小さく首を振った。

「竜の誇りに命を賭けたおまえの父は、竜の誉れじゃ。その息子のおまえが苦労しているのを見るのが不憫でな」

 あんたに同情されたくないっての。

「それでの……」

 やっと、本題に入るか。

「新たなる竜王様に盾突いた者に、大っぴらに何かをしてやれぬが……一つ頼まれごとを引き受けてくれたら、母親の薬代くらいは出してやっても、と思うておってな」


 あ? つまり、人に言えない仕事をやれってか?


「おお! 危険な仕事ではないし、難しい事でもない」

 腹黒狸執政官は、大仰に手を振ってみせた。

 ぷっくぷくの丸まるとした手を。どうやったらあんな手になれるのか聞いてみたい。どーんと前に突き出た腹も凄まじい。


 本来なら、そんな怪しそうな仕事は、即、蹴り倒したいところだが、お袋に薬は飲ませてやりたい。それで俺は仕方なく、

「どのような……?」

と、聞いた。

「何、簡単な仕事だ。あるものの見張りをしていてくれれば良い。逃げぬようにな」


 逃げぬように……?

 なんだ? 一体……。俺に何を見張らせる気だ?

 いくらお袋の薬のためとは言え、犯罪に手を染める気はこれっぱかしもない!

 それが顔に出たのだろう、また腹黒狸はぷっくぷくの手を振った。


「やばい仕事ではない! これはのぉ、この竜界の為に必要な事なのじゃ」

 竜界の? おまえのため以外に、おまえが何かするとは思えないんだがなぁ。

 そう思っていると、腹黒狸は、ずいっと俺に身を寄せてきた。

 暑っ苦しいって! 息臭いし!


「いつまでも母君を床に伏せさせておくのは、気の毒であろう?」

「!」

 くそったれ! 痛い所を突いてきやがる。こうして這い上がって来たわけかよ、おっさん!

「……何を……見張れと……?」

 どうしようもなくて、俺はこう聞いていた。

「おお、おお! そうか! 引き受けてくれるか。感謝するぞ」

 感謝なんていらねぇっての。お袋の為! それ以外は何もない! 



 それから、腹黒狸に連れられて……竜なんだけどな、あの腹は狸にしか見えないよな。竜狸(?)の屋敷の外れにある小さな小屋に入って行った。

 ご丁寧にも小屋の外には結界が張られていた。そんなに大事な何かを、俺なんかに見張らせて大丈夫なのか?

 どうせ、ばれたらやばいものだろう。もし、何かあったら……責任は全部俺ね。

 新竜王様に逆らった者に、どんな濡れ衣着せても、痛くも痒くもないってわけだ。

 マジ、俺ってば、運悪いのなぁ。


 小屋の中には、小さな竜玉が浮かんでいた。

 竜狸の結界珠だ。

 結界の上に結界珠……ねぇ。何なんだよ、あの中に入っているのは。

 おそらくは、新竜王を思いのままに操れそうな代物だと思うんだが……。

 今の竜界の現状を見れば、あの狸が欲するのはそれだろう。

 すべて、新竜王を中心に回り出している。辣腕ぶりに、求心力も増している。その竜王の弱みを掴んだら、恐いものなしだろう、この竜界の中では。

 それが、あの結界珠の中にある。のだろう。


 竜狸は、結界珠に歩み寄り、それを手に取ると、俺の方に持ってきた。

「これをな、お前に見張っていてほしいのだよ。肌身離さず、一日中な」

「……一日中……ですか?」

 ゲ! ずっとここで寝泊まりしろってか? 冗談! お袋一人に出来ねぇっつうの!

「ああ。何もここで見張っていろとは言わぬ。母君も心配であろうしな」

「……持ち帰っても良いと?」

「勿論じゃとも。私が必要になる時まで傍で見張り、その時が来れば、持って来てくれればそれでよい」


 にんまりと笑い、如何にも俺の事を思って言ってやってる感を出しまくってくれているが、結局は、新竜王の弱みを自分の近くに置いておいて、もし、ばれたらマズイってだけだよな。

 素晴らしき策略家さんですよ、ホント。その才能、他に使ったらどうですか、と言いたくなるね。

 もうどうにでもなれ! の境地で、俺は結界珠を受け取った。


「では、頼みおくぞ」

 満足気に笑って、竜狸は小屋を出て行った。


 たく! なんでこんな事になったんだ!


 俺は嘆きつつも、新竜王の弱みってのは、どんな物なのかと興味を押さえきれず、結界珠の中を覗き見た。


 は…? …………………………マジ?


 俺は見間違いかと、もう一度よくよくよくよくよぉ―――――――く、覗きこんで見た!


 冗談だよな、これ!


 と言いたくなるのも無理はない。

 結界珠の中に居たのは、小さな小さな人霊であった。

 それも、思いっきり気持ち良さそうな寝息を立てて、寝てくれていたのだから。


 人霊とは、人の器に入れる魂の事だ。

 生まれたての魂は、自然の物から入れるようになる。草や木、石、その他もろもろ。

 それから、動物に入れるようになる。最初は小さな動物から。

 そして、人へと入れる魂に成長していくわけだ。

 ちなみに、俺が居る竜界では(人が地球だの、この世だのと呼んでる所な)、”人”が一番上の器だが、他の竜界ではもっと上の器がある。


 幾度か人として転生を繰り返し、その中で”徳”てのを積むと、ここよりもっと上にある所へと行けるようになるわけだ。


 人の器に入れる人霊にも、色々とある。

 まぁ、なんだ。頑張って何度も転生して、その人生の中で”徳”を積んだ奴の魂は大きく、光も強くなって、色も変化していくんだが……。


 結界珠の中の人霊は、光りはきれいなんだが、どう見ても、何処から見ても、どう贔屓目に見ても、人になりたての小ささだった。


 これが、竜王の弱みかぁ!? 

 冗談もいいところだぞ!


 ん? いや、ちょっと待て。

 この結界珠の中身が、竜王の弱みだと誰も言ってない。俺が勝手にそう思っただけだ。

 だよなぁ、こんなのがあの竜王の弱みなわけがない。

 じゃ、何で、あの狸竜……竜狸だったかな。どっちでもいいか。

 あいつは、これを大事そうに結界の中に閉じ込めているんだ?

 それも、逃げぬように見張らせようとしているし……。


 なんて事をあれこれ考えていると、結界珠の中でスヤスヤと寝ていた人霊がもぞもぞと動き、こっちを見上げて来た。


 やばいか?

 驚いて、暴れ出すか?

 何せ、起きたら竜が覗き込んでいるんだ。

 絶対に、飛び上がって、悲鳴くらいは上げるぞ。

 と、俺は思ったんだが……。


「なぁ~~んだぁ! ちが~~~う!」


 は? は? 何だはこちらのセリフだ!

 何なんだ! その、はずれクジを引いて、残念~~~~! て顔と声は!


「あの竜さんじゃな~~~い!」


 あの竜さん?


「おまえ、竜を見た事があるのか」

「あるよぉ。その竜さんに会わせてくれるって言うから、ここに来たのぉ!」


 随分とお気楽な奴だな。これは、中々上へは上がれそうになさそうだ。

 だが……竜に会った事があり、その竜に会わせてやる、でここへね……。

 その会った竜ってのが、竜王の事なら……。

 しかし、だ。


「違う竜って。おまえ、竜の違いがわかるのか」

「わかるよぉ――! あの竜さんはねぇ、すごぉく綺麗な銀色の鱗でね、大きくて、強そうで、カッコ良かったの!」


 ………………………………。

 て事は何か?

 俺は汚い色で、小さくて、弱っちくて、カッコ悪いってか!

 今すぐ、竜界の外に放り出してやろうか!

 

 あ、お袋の薬、お袋の薬、お袋の薬……。

 俺は呪文のように、心の中で唱えてから、

「そのカッコイイ竜に会いたかったら、その中で大人しくしてるんだな」

と、悪者風に言ってやった。のに!


「うん!」

 まぁ~~、素直すぎる返事と共に、またもやネンネの体勢に入り始めた。

「おい! また寝るのか!?」

「え~~~? だって、他にする事ないし~~~」

 いや、まぁそうだが……。

「こういう時は、寝るに限る、よぉ~~~~」 

 そう言って、目を瞑ってすぐに寝息を立て始めた。


 寝つきのいい事で……。


 完璧、出鼻をくじかれた思いで、俺は竜狸……狸竜? の小屋を出た。

 結局、こいつは竜王の弱みなのか、そうじゃないのか。

 さっぱり、わからなくなったまま。


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