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4.理想的な自滅ムーブ

 千里眼で見たのは、墓地で幼馴染の瑠璃がゾンビから逃げている場面。ゾンビの足は遅く、少なくとも体力的にはまだ余裕があるように見えていた。

 そこで俺は、進路の先に瞬間移動してゾンビを迎え撃つことを考えたのだったが——



「なっ、これ……」



 周囲の景色が自室から墓地のそれへと変わった瞬間、俺の足は自重に耐えかねて膝をついていた。

 同時に、手を繋いでいた風来もまた、膝から崩れ落ちている。

 まるで、身体の力が丸々抜き取られたかのように。



「一キロオーバーは、想定外……」


「距離、話して、なかったなぁ……」



 俺の家から氷上原霊園までは、直線距離でも一キロメートル以上はある。そして、消費するエネルギーは確か『距離の二乗』に比例するという話だった。

 天界の距離の単位もメートル法なら、一メートル移動するときのざっと百万倍の消費ということになる。改めて考えると、死ななかったのが奇跡なのではないだろうか。

 だが、その程度の奇跡が起きたからと言って、状況は俺達を笑って逃してはくれない。



「り、龍斗くん!? どうして!?」


「あー、助けに来たつもりだったんだが……悪い、動けねぇ」



 逃げてきた瑠璃が、地面と熱い抱擁を交わしている俺の元へと辿り着く。当然、その背後からはゾンビが迫っているのだろう。

 救援に駆けつけた俺と風来が倒れた今、ゾンビに対抗する手段は無い。状況は、万事休すかと思われた。



「その仲良く手を繋いでいる女の子は気になりますが……とりあえず、そのナイフお借りしますね」



 しかし何もできない俺と違い、すぐさまゾンビに対抗しようと果物ナイフを取る瑠璃。そのまま俺達を守るように、ゾンビが来るのであろう方角へと構えた。



「本当は長物を持って来て欲しかったところですが、無い物ねだりはできませんね」

「お、俺の幼馴染がイケメンすぎる……」



 果敢にゾンビを待ち受ける瑠璃を見ると、俺TUEEEを夢想していたのが申し訳なく感じる。無双する前に自滅しているのだから世話が無いだろう。


 だが瑠璃は、演劇部所属のただの女子高生だ。殺陣の心得が多少あったところで、果物ナイフでゾンビと戦うことができるとは思えない。

 事実、冷静を装ってはいるものの、その手足は震えていた。パニックになっていないだけでも十分素晴らしいとは思うが、役者の力不足感は否めない。


 故に俺は、隣に横たわる風来に、小声で一つの提案をする。



「……風来、俺に渡したエネルギー——神格か。それを全部回収したら、動けるか?」


「そりゃあ、身体を保つのに必要な神格が多いから……龍斗くん!? まさか——」


「この状況は俺の責任だ。俺の神格全部回収して、瑠璃を連れて逃げてくれ」



 それが動けない俺にできる、精一杯の援護射撃だった。

 しかし勿論、自己犠牲の精神だけでした提案ではない。俺だって、死にたいわけじゃあないのだ。



「これは、一種の賭けだ。ゾンビに死体が食われなかったら、ほとぼりが冷めた頃にまた助けてほしい」



 これは勝手な偏見に過ぎないが、ゾンビとは『生者に群がる死体』だ。死体を食うゾンビも存在するのかもしれないが、俺は俺の身体が無事である可能性に賭けたかった。



「……わかった。それじゃ、あ——」



 しかし、風来がそれを実行する前に、ソレは現れた。

 泥状に溶けた肉体を地面に垂れ流しながら、引きずるような二足歩行で迫るソレは、千里眼で見たものと寸分違わぬ化け物の姿をしていた。



「あれが、ゾンビ……」


「心当たりの通りだったか?」


「ううん、むしろ逆。あんなもの知らないし、創れそうな神も……いや、まさか、そんなこと——」



 話している途中で何かに思い至り、ありえないと首を振る風来。

 風来には表情筋通訳能力が無いため、どんな思考からそんな反応をしているのかはわからないが、どうやら風来にとってもゾンビの存在は想定外のものだったらしい。


 だが、今はそのゾンビそのものの対処の方が先決だろうと、俺は再度声をかける。



「風来さんや、考え事してるとこすまないんだが、そろそろやっちゃってくれないとゾンビ来ちゃう」


「必要無いな」



 しかし、返って来たのは風来ではない『誰か』の声と——



——パンッ!



 乾いた破裂音だった。

 そして同時に、吹き飛ぶゾンビの頭部。

 一瞬何が起きたのか分からなかったが、頭を失って地面に崩れ落ちたゾンビの身体が崩れ落ちて動かなくなっているのを見るに、どうやら俺達は何者かに助けられたらしい。


 そこで慌てて声の主へと目を向けると、そこには墓石に腰掛けた金髪の少女がいた。その左手には銃のようなものが握られている。



「と、(トキ)っ!?」


「どうした風来。ここはベッドじゃねえぞ」



 顔立ちの良さからそんな気はしていたが、どうやら金髪少女もトキという名の神様らしい。気持ちよくするツボとか押せそうだな。——誰にも見られてないからセーフだ。今のは無かったことにしよう。



「あの、助けてもらった——ということでよろしいのでしょうか?」


「ん、ああ。まあ偶然だけどな」


「それで……どちら様でしょう? そちらの方も、初めましてですよね。龍斗くんとはどのようなご関係で?」



 神様二人——二柱か?——に訊ねる瑠璃。

 目先の脅威が唐突に失われたため、後回しになっていた状況確認タイムが始まるらしい。

 頭の弱い子にならずに経緯を説明する上手い方法が思い浮かばないため、説明は風来達に丸投げする傍観の構えで行こう。



「龍斗くんも、関係あるんでしょう? ちゃんと話してくださいね?」


「今の俺はモブAだから何も分からないぞ」


「そういうのはいいですから。正味な話、私は今パニック状態なので、早く説明してくれないと奇声を上げながら転げ回りますよ?」


「ちょっと見てみたいんだが……いやまあ、あのゾンビに関しては俺も本当に何も知らないから、こちらのお二方に聞こうな?」



 瑠璃に当事者扱いされかけたが、偶然にも説明丸投げルートへと導線を張ることができたので傍観者ムーブは継続だ。——いや、そんな呆れたような目で見られましても、知らないものは知らないので……



「瑠璃さん、だっけ? ちょっと私にもわからないことがあるから、先にその辺の確認してからでもいいかな? まとまったらちゃんと話すから」


「……わかりました。その辺で転がってきます」


「転がらないで?」



 瑠璃は穏やかな表情で変なことを言うタイプの、真面目に見えてかなり適当な性格をしている人間だ。

 ただし、表現が特殊なだけで基本的に嘘は吐かないため、パニック寸前なのは事実なのだろう。少し申し訳なく思う。——まあ自分から説明役を買って出ようとは全く思わないが。

 ちなみに転がらないでと言った側の風来が、未だに神格が足りずに転がったままなのは、恐らく冗句の一種なのだろう。



「……さて、じゃあ、確認させてもらおうかな、刻」


「まあ、なんとなく聞きたいことはわかるけど、オレじゃねえぞ」


「アレ創ったの、刻なの?」



 瑠璃にはその質問の意味がわからず、トキがオレっ娘であることにだけ驚いたようだが、少しは神様というものを知っている俺は違った。

 おそらく、風来の瞬間移動と同様、このトキという神にもなんらかの能力がある。それも、何かを創り出すような。

 先程風来が思い至った心当たりというのが、トキのことだったのだろう。



「先に否定したんだから聞くなよ。もう一度言うが、俺じゃねえ。……ていうか、むしろ逆だ。アレは俺にも創れない」



 しかしトキは否定した。否定していた。訊かれるのが分かっていて、先に回答を置いていた。そしてその上で、新たな情報を追加している。

 俺にはその言葉の意味するところは理解できなかったが、風来は違う。すぐに何かを理解したかのように——理解してしまったかのように、顔を青くした。



「刻が創れないってことは、神格そのもの……? じゃあ、アレは——」


「俺達同胞の、成れの果て。死に損ないの神様連中なんじゃねえか?」



 そうして明かされた推論(アブダクション)は、俺にも理解できる程に単純な、複雑すぎる現実への投石であった。

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