1.Re:biRth
意識を取り戻して、最初に感じたのは気怠さだった。身体を動かそうとしても、筋肉に力が入らないような、そんな感覚。
瞼も持ち上げられず、口も開けない——そもそも、そんな器官があるのかもわからない俺は「ああ、死んだのか」と一人納得する。
しかし、その判断はどうやら早計だったようで、身体は全く動かないながらも、どうやら存在していたらしい俺の鼓膜は、全自動で空気の振動を捉えていた。
「ふんふん、ふふふん、ふんふふーん」
それは、どこか幼さの残る女の子の鼻歌。聞き覚えの無い声に、聞き覚えの無いメロディ。それでいて、どこか懐かしいような、不思議な鼻歌だった。
そんなことを夢見心地で考えていると、段々と身体の感覚がはっきりとしてきた。金縛りが解けたような、意識が身体に馴染むような、そんな不思議な感覚と共に、俺は瞼を持ち上げる。
「知ってる天井だ」
視界に映されたのは、見慣れたアニメキャラのポスター。何かのクジで当たって、壁にスペースが無いからと天井貼ったそれは、俺が自宅のベッドで目を覚ましたことを示していた。
それはつまり、俺の記憶にある空から降ってきた女の子や、生々しい背中への衝撃は——
「全部、夢か……?」
「夢じゃないよ」
独り言のつもりで吐き出した言葉に、否定の言葉が返される。
上体を起こし声の主へと視線を向けると、そこには何故か勉強机用の椅子に座って、くるくると回っている少女がいた。
脱色でもしたのか、色素の抜け切った長い白髪に、白のワンピースを纏った人形のような美少女だ。
俺みたいなヒエラルキー中の下の一般男子高校生とは、根本的に住む世界が異なっていそうなその風貌に、しかし俺は見覚えがあった。
——まあ、言ってしまえば、記憶の中で俺を潰した砲弾少女だった。
「じゃあここは死後の世界? 異世界にでも転生させてくれるのか?」
「それも違うね。ここはあなたのよく知る現実世界で、異世界にも行かないよ」
そんな砲弾少女のことよりも、自分の状況確認を優先した質問に、再度の否定。どうやらここは、俺の部屋で間違いないらしい。
だが、それでもやはり、いまいち状況は呑み込めない。
「そこそこ鍛えていた背筋のお陰で、奇跡的に無事だった、とか?」
「違うね。背骨脊椎内蔵まで綺麗に潰れたよ」
冗談混じりの呟きに、三度の否定。その返答に、無意識に背中に手を回すも、そんなスプラッタの痕は感じ取れなかった。
疑問は増えるばかりである。
「じゃあ、俺はなんで生きてるんだ?」
結局、自分で答えを弾き出すことを諦めた俺は、模範解答を少女に求めた。
しかし返されたのは、またしても否定の言葉。
「生きてないよ?」
「は?」
「あなたはもう、死んでいるの」
「…………は?」
◆◇◆◇◆
おはようございます。目が覚めたらゾンビになっていました。
——ああ、なかなかどうして、惹かれるものがあるキャッチではなかろうか。
これが物語であるならば、の話だが。
「いや、今日日のゾンビものじゃテンプレか?」
「ん? ぞんびもの? てんぷら?」
待て、今はネット小説の批評をする時間じゃない。小さな脳の限られた思考力は現状把握に費やすべきだ。
……といっても、少女の言葉を信じるならば、俺がゾンビになった以外の結論に至れないのも事実。つまり——
「新手の詐欺? というか、現在進行形で不法侵入不法滞在……」
「不穏なセリフが聞こえたね!? 動けないあなたを担ぎ込んだんだから、ここにいるのは仕方ないよね!?」
まあ砲弾少女の否定通り、さすがにそれはないだろう。この子に何かするつもりがあったのなら、俺が死んだように死んでいる間に好きなだけ悪さできたはずだ。
「運んでくれたことには感謝するよ。ありがとう。鞄の中、鍵だけじゃなくて財布も携帯も入ってるから、持ってきてくれて助かった」
「お礼を言われるようなことじゃないよ。そもそも、私が潰したのが原因なんだから……」
ああ、少し脱線していたが、元を辿れば確かにそういう話だった。
潰れて、ゾンビ化した。——というようなことを説明されたのだ。
「やっぱり、考えてもわからないからさ、教えてくれ。俺に何が起こって、俺がどうなったのか」
あまり良くない頭でどれだけ考えようと時間の無駄でしかないため、もう一度少女に模範解答を尋ねる。分からないことは人に聞きましょうってやつだ。
「うん、私もだいぶ話がまとまってきたし、順を追って話そうか。……まずは、自己紹介から」
なんで? とは思ったが、まあ相手の来歴も無関係ではないなと思い直し、黙って話を聞く。
「私は風来。風、来るって書いて、風来。神様やってます」
なんて? とは思ったが、まあ空から落ちて来てるしなと思い直し、普通に自己紹介を返すことにした。
「俺は龍斗。神谷龍斗だ。高校生やってる」
「今さらっと神様発言を流したね? 信じてない? 信じてないね? それなら信じさせてあげようじゃないか!」
ファンタジー小説愛好家としては、割と信じていたはずなのだが、どうやら砲弾少女こと風来には、そんな想いは届いていなかったらしい。
唐突にテンションを上げた風来は、細い右腕を自分の左胸に押し当て、そのまま液体に沈めるように身体へと挿し込んでいった。
……絵面が猟奇的すぎて怖いんだが。俺は何を見せられているんだ?
「んっ、くぅ、んはぁ」
そして、幼い体躯には似合わない、やたらと色っぽい喘ぎ声を出しながら腕を引き抜くと、その手には何かが握られていた。
「じゃじゃーん。これ、神様の証ね。『神格の器』って言って、神格——神様の力が貯まる物なの」
目の前に掲げられたそれは、半分に欠けている錆びた歯車だった。
……どう見てもガラクタにしか見えないそれよりも、胸に腕を突っ込んだ方が神様らしさがあったとは、言わない方が良いのだろうか。
「ちなみに、なんで歯車で、なんで半分なんだ?」
「器の形は神様によってまちまちなんだけど、半分に欠けてるのは、もう半分を別のところにやったからだね」
「……まさか」
「そのまさかだね。私が潰して、一回死んだあなたに、私の器の半分をあげた。私があなたを、神様にしたの」
ああ、どうやら俺は、ゾンビじゃなくて神様になっていたらしい。