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統也は死者達を前にライフルを下ろし、後ずさる。
「水原君、何をしているんだ!? 坂本、早く援護しろ!!」
反対側の通路から浜崎の叱責が飛ぶも、統也にその声は届かない。
『彼等はまだ死んでいないわ』
由月の言葉が、何度と無く統也の脳内でリピート。
(厳密に言えば死んでいて……厳密に言えば生きている……)
状況にもよるが、人の脳の一部は肉体の死後一定時間、活動すると由月は言う。
肉体と脳の死にタイムラグが発生すると言う事だ。
脳波が完全停止する前に地球の心音が死者に与える影響として、蘇えりが発生すると言う仮説。
この説明は確りと頭に入っている統也だが、『厳密な死を』理解するには至っていない。
(母サンは、生きていた……)
『統也、母サンを頼んだぞ』
(ほんの僅かでも、生きていた……)
目の前にいる死者達も、ほんの僅かに残った脳波で生き続けている。
どんな姿になろうと、動く死体に生を感じたなら、銃を向ける事は出来ない。
「う、……わぁあぁあぁあぁ!!」
遂に統也は床に腰を打つ。
戦う術が失われたなら、ただ恐怖し、逃げるしか無い。
然し、それでも死者は迫るのだ。
意志だけで無く、生前の記憶も情も持たずに、ただ貪る行為を繰り替えす存在として。
この儘では、統也が餌食になってしまう。
坂本は落としたライフルに飛びつくと、統也を押し退けて死者達の頭を撃ち貫く。
こうして、暫く後に、全ての銃声が収まる。
*
「終わったみたいね」
由月の言葉に、日夏はホッと肩を撫で下ろす。
然し、戻る統也が坂本の肩に凭れている事に顔色を変え、血相を変えてに駆け寄る。
岩屋と仁美は車窓を開け、頭を出す。
「と、統也サン、どうしたんですか!? 怪我したんですか!? 大丈夫ですか!?」
坂本は日夏に統也を預ける。
「大丈夫だ、怪我は無い。ただ奴らの数が多かった。それに驚いたんだろう」
「え? 統也サンが?」
「中は制圧したとは言え……入るのは止めた方が良い。
食料は我々が入り口まで運んで来るから、キミ等がトラックの荷台に積み込んでくれ」
「は、はい、」
統也が大量の死者に恐れをなしたと坂本は言うが、そんな条件はこれ迄に幾らであった事だ。
今更、統也が恟々するとは思えない。訝しむ日夏に由月は言う。
「車で休ませてあげたら?」
「は、はい、」
統也を抱える日夏がワンボックスカーに戻れば、岩屋は素早くロックを解除。
仁美が統也を迎え入れる。
「統也クン!」
グッタリと項垂れる統也は、死にたての死体と変わり無い程に顔面蒼白。
「すいません、統也サンをお願いします……」
「任せて!」
日夏の手を離れると、統也は崩れる様に後部座席に腰を下ろし、背を預け、首を寝かして車の天井を仰ぎ見る。手にライフルを握っているが、完全に戦意喪失の放心状態だ。
食料をトラックに運ぶのは日夏と由月に任せるとして、岩屋は統也を振り返る。
「統也……お前、どうしたんだ……?」
これまで統也のヒーローぶりは完璧なものだったからこそ、この頽れた姿が嘘の様だ。
返事をする事も出来ない統也が目を閉じれば、仁美は眉を吊り上げ、岩屋を睨みつける。
「しょうがないくないッ?
あんな銃撃戦させられて、平気で帰って来れる方がどうかしてんでしょ!」
「あぁ? 何だよその言い方はッ、こっちは心配して言ってんだよ!」
「もぉイイ! だったら静かにしてくれる!? 休ませてあげたいんだけど!?」
「ッ、」
2人の囂々も、今の統也の耳には届かない。ただ眠りたい。
*




