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死者と対峙したい者なぞいない。
考えれば考える程、居てもたってもいられない。
そんな一同の動揺を、ただ傍観する岩屋は小声で統也に問う。
「なぁ水原君、どう思うよ? 全員でN県に行くってのは?」
「車両は足りているんですか?」
「俺のワンボックスだろ? それから、キミのバイク。あとぉ、
自衛隊の持ち物が、3人乗りのセミトラ1台、セダンが1台、ジープが2台、戦車が1台。
他はスクラップで乗れたもんじゃねぇ。
荷台に積まれても良いってなら話は別だが、田島君や松尾将補を運ぶ事を考えるとなぁ、」
押し込んで詰め込んで。それでも座席が足りない。
この炎天下では、セミトラックの荷台に乗ってもいられない。戦車に限っては論外だ。
「車の数も向こうの設備も、人数分が間に合ったとして、N県までは車で……」
「あ~~こっからだと普通に行けて、6時間はかかるなぁ」
「6時間……途中に何が起こるかも分からない、
補給も併せて、今日中に行って帰って来るのは難しいですね……
そうなると、全員で押しかけるのは危険だと俺は思い――」
2人で話し合っている所、いつの間にやら一同が耳を欹てて聞いている。
統也は自分の口を押え、ブンブンと頭を振る。
「!! ……あ、ぃ、いやっ、素人の考えですからっ、」
専門家でもあるまいし、解かった様な口をきいてしまった様で憚れる。
とは言え、昨晩の英雄が苦言を呈しているのだ。
皆も冷静さを取り戻し、神妙に考え込む。
「そうだよなぁ……統也の言い分は最もだ。うん」
「村の診療所なんて言ったら、大きくも無いだろうしねぇ」
「掘っ立て小屋だったらどうする?」
「中には病人もいるんじゃないですかね? 病気をうつされても困りますよ?」
「行っても、あぶれたらここに戻って来なきゃいけないのよね?」
「知らない土地でゾンビに襲われたら、逃げ場も無いか知れんよ……」
「だったら、ここにいる方がマシかも知れないわ、」
今は自己の安全が最優先。
少なくとも、昨晩は食堂に籠もる事で難を逃れている。
ここでの避難の術は身に付けたのだから、移動する危険に比べれば安全だ。
考えを改めると、緒方は提案する。
「んじゃぁ、こぉゆぅのはどーだい?
どっち道あっちに行く用事があんだから、ついでに何人くらい入れるもんか、どんな環境か、
丸っと見て来て貰おうじゃねぇか。それからまた考えるってのがイイんじゃねぇか?」
これに一同は力強く頷く。
緒方は満場一致に満足すると、村岡に向き直る。
「村岡サンよ、俺らシロートの考え何だけど、やって貰えるかい?」
「それで良ければ、」
「でもよぉ、兵隊サン全員で行かれちゃぁ困る。
最低でも半分はなぁ、残しておいて貰わなきゃよぉ、
ここも使う事を思やぁ片付けねぇでおくわけにゃいかねぇし、どーだい?」
「そ、そうですね、」
皆が落ち着いている今の内に話を纏めてしまおう。村岡は隊員等を見やる。
「こうゆう状況だ、自主性を尊重したい。N県へ向かってくれる者は挙手を」
危険を伴い出発するか、ここに留まり特殊清掃をするかの二者択一。
隊員等は夫々顔を見合わせる。そこに見えるのは、迷いの表情。
自衛隊員と言う職務に就いた以上、危険は覚悟の上とは言え、死者と対峙する事は常識の外にある。それは、ただ只管の恐怖だ。
死んだ者が蘇えり、生者を喰らうと言う行為に悚然を隠せない。
そんな隊員等の様子に、避難者達の額には俄かに怒張が浮かぶ。
頼みの綱が このザマでは先が思いやられる。
争いに発展しかねない空気に、統也は勢いに任せて挙手する。
「ぉ、俺、行きます!!」
ギュッと目を瞑り、片手は固く拳を握る。




