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日夏と仁美を残し、統也は階段を駆け上がる。
由月がいるだろう2階部を窺えば、無用心にもドアが開け放たれた儘の部屋がある。
覗き込み、薄暗い室内に由月の姿が見つけると統也は怪顛顔で口調を強める。
「ぉ、大川サン!! 何をしているんですか!?
今、どうゆう状況か分かってやってるんですか!?」
電気を点けるもそっち退け。由月は双眼鏡で外の様子を眺めている。
詰め寄る統也が双眼鏡を取り上げると、由月は僅かに眉を顰める。
「解かっているわ。解かっているからこうしているのよ。それ、返してちょうだい」
「研究熱心なのは有り難いんですけど、今は1階の食堂へ移動してください!
あそこなら食料もあるし、バリケードも完成しています! 万一にも備えられますから!」
「お断りするわ。私はここで記録を取りたい」
「は、ぁ!?」
死者の生態系について詳細なデータが得られるのは生き延びる上で喜ばしい事だが、こんな事では由月の命が危ぶまれる。
研究が中断されれば結果に響く事は理解できるも、統也が是と頷く事は出来ない。
由月の腕を取り、力任せに引っ張る。
「お願いします! 避難してください!」
「離しなさいっ、私は1人でいたいの!」
「駄目だ!!」
「!」
向き直る統也は口調を荒げ、由月を一喝する。
普段は穏やかな口調で礼儀正しい統也には見られない一面に、由月は言葉を失う。
「す、すみません……でも本当にお願いします、
大川サン、俺に言ってくれましたよね? そのままそっくり返しますよ。
アナタが守りたいと思っている人達は、アナタを必要としている。
それだけで、アナタは死んではならないんです。解かってくれますよね?」
こうも上手く言い纏められては、折れる他ないだろう。
由月は苦笑を見せる。
「……解かったわ、」
「良かった。それじゃ、食堂へ。日夏達が待ってます」
「アナタは?」
「俺は屋上のライトを消してから向かいます」
「そう。それなら私が行きます」
「心配してくれてるなら大丈夫ですから、明かりを消すだけなので」
「消すだけなのでしょ? それなら私にも出来ます。アナタは田島君の所へ」
「でも、」
「気になる事があるのよ。外を見ていても、松尾将補の姿が無い」
「あ……」
「木下サンが自殺したと言うけど、様子からして複雑な死に方だったのでは?」
「はい。投光機のコードで首を……」
「自殺者が、そんな凝った手を使うとは思えない」
自殺者の手口は至ってシンプルだ。
木下が屋上にいたならば、飛び降りれば済む事。見せびらかす様な派手な演出はしない。
「じゃ、殺、され……」
「合理的に動きましょう。良いわね?」
「それなら犯人は屋上にいる可能性がっ、」
「時間が経っているのよ? 何処にいるかは分からない。急ぎましょう」
由月は白衣を翻し、颯爽と屋上へ向かう。
(田島……)
『彼を死なせてはならない』
「ッッ……待ってろ!」
由月を1人で屋上へ向かわせるのは不本意だが、眠る田島を放って置く事も出来ない。
統也の足は1階の医務室へ。
医務室前にいる筈の警備も、この騒動に銃を取って隊舎の外へ出てしまった様だ。
統也は焦燥の儘に飛び込む。
「田島!! ――!?」
そこで目にするのは、田島の肩を力任せに揺する松尾の背。
「何やってるんだ、アンタ!!」
突き飛ばせば意外にも弱々しく倒れる松尾は、虚ろな目で以って宙を見やる。
「ね、眠い……」
「!?」
松尾の瞼は強い眠気に上下している。
意識が朦朧とする中、松尾は両足を踏んばって立ち上がり、もう1度、田島に掴みかかろうとする。




