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こうも騒がれては研究どころでは無い由月は立ち上がる。
「そうね。黙りなさい、2人とも」
「「!!」」
物静かな由月の口調には冷酷さしか感じられない。
岩屋は眉を吊り上げ、足音を立てて由月に詰め寄ると、襟元を捻り上げる。
「何も知らねぇクセに、テメぇッ、このクソアマ!!」
「黙りなさいよ。そんなに騒いだら外にいるアレに気づかれてしまう」
一般教室よりは頑丈な作りになっているとは言え、この研究室は完全防音では無い。
そう指摘し、一層に睥睨を強める。
「この手を放しなさい。殺すわよ?」
大きな眼が容赦なく向けられる。そこに見えるのは殺意だ。
岩屋は狼狽え、由月の襟元を解放すると後ずさる。
「な、何なんだ、お前は……」
「私はアナタ方の気持ちを整理させたいだけ。
事実を捻じ曲げず、自分の本当の姿を受け入れる事。
そうでもしなくては、この先 生き残る事は出来ない」
由月は縮こまる日夏に歩み寄り、見下す。
「顔を上げなさい。
泣いて逃れられる現実で無い事くらい、もう解かっているでしょう?」
「うぅうぅ、由月サン……」
「アナタは仲間を見殺しにしたのね?」
「よせよッ、何様のつもりだ、お前!」
「本当は一緒に行きたかった。
でもアナタは怖くて堪らず、それが出来なかった。そうでしょ? 弱虫」
「うぅうぅ!! ッッ……」
「もうやめろって!!」
由月は岩屋の制止を聞かず、日夏の両肩を掴み、強引に顔を上げさせる。
「目を開けろ。目を背けるな。私を見ろ。
仲間の力を利用し、無くしてしまえばこうして嘆く。お前は弱虫で狡猾だ」
「あ、うぅ、……ご、ごめんなさいっ、許して、うぅぅッ、」
「誰もお前を責めはしない。罰する事も無い。ただ、許さないのは お前。お前自身」
「ぼ、僕、が……?」
日夏は日夏を許さない。
それは、統也を追えなかったあの瞬間の感情の全てを知っているからだ。
勇気さえあったなら、統也の手助けが出来た。
それが生き残る可能性に繋がったか知れない。
だからこそ強く後悔し、嘆くのだ。
「そう。アナタは覚えている。全部覚えている。
自分の感情も、1人で行ったその人が、一体どんな人だったのかも」
「と、統也サンは……」
『色々やっておかないと、俺、後悔しそうな気がするんですよ』
統也は勇敢な男だ。危険を承知で人を助けようとする正義感の持ち主だ。
そんな男が、危険だと分かり切ったあの場所に日夏を連れて行こうと思う筈が無い。
それ所か、生き延びる事を祈って先に行かせたのだ。
その選択は、間違いなく命をかけた真実の声。
「思い出せた?」
何処で命が尽きようと、統也は最後まで2人の無事を祈っただろう。
ならば、今ある命でそれに応える事が恩に報いる事になる。
日夏は立ち上がる。
「……岩屋サン、自衛隊へ行きましょう」
「え!?」
「まだ生存者はいる筈だから……
その人達の為にも、僕達が安全な場所を見つけてあげないと……」
日夏の体は震えている。
自分の発言の重さを理解しているからこそ、その恐怖に震えているのだ。
それでも、あの瞬間を生き延びた責任を全うしたい気持ちが勝る。
「靖田君、キミ、いきなりエンジンがかかるな。情緒ヤバイぞ。絶対に、」
岩屋は脱力に背を丸める。
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