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窓に打ち付ける大粒の雨。ワイパーを使っても用を成さない雨量だ。
由月は天候が崩れる事を予感し、だからこそ、わざわざ旗なぞ振って2人を研究室まで招いたのだ。
岩屋は呆気に取られ、日夏はゴクリと喉を鳴らす。
「すごい……」
「この辺りの天気は崩れやすいんです。特に、異常気象となってからは。
どうぞ、砂糖湯ですが お飲みになってください」
気の利いたティーカップなぞ無い。
研究用のステンビーカーをコップ代わりに、2人は持て成しのドリンクを受け取る。
「コーヒーは無いのかよ?」
「ありますが、遠路でお疲れのお二人には、これが1番かと。
糖分は疲労回復にも、脳を活性化する事にも役立ちます」
印象よりも内容。
由月の薀蓄に、岩屋と日夏はソロソロと砂糖湯を飲む。
決して美味いとは言えないが、単純な甘さに気持ちが落ち着く。
「まぁ、結果的には助かったか……
こうゆう状況だし、今日はここに泊まらせて貰っても良いかな?」
「どうぞ。何のお構いも出来ませんが」
今後の事も考えなければならない2人には、死者の侵入が無く、眠るスペースがあれば充分。
然し、この天候には不安を掻き立てられる。日夏は窓辺に佇み、雨雲を見上げる。
「大丈夫かな……」
日夏の頭に浮かぶのは、C市の中心部で別れた統也の後姿。
雷を含んだ雨雲が何処まで広がっているのか分からないが、この天候では流石の統也でも先に進む事は出来ないだろう。最も、今 生きているのかも分からない。
どちらかと言えば絶望的生存率であるから、携帯電話の番号を知っていてもかけられずにいる。
「何か心配事が?」
問われれば、日夏は由月を振り返り、救いを求める様に苦衷を語る。
「ここに来る途中で……友達と、別行動を取る事になって……」
「やめろよ、靖田君。今更そんな懺悔みたいな事言ったって始まらないだろうがッ」
「別行動ですか。それは非合理的ですね」
「先へ行けって言ったのは水原君だって、それは靖田君も聞いただろ!
大川サン、念の為に言っとくが、俺達はそいつを散々 止めたんだ!」
「それで お二人はその通りになさって、その方を置いて来たんですね?」
「嫌な言い方をするなぁ、キミはぁ……しょうがなかったんだよ!
あんな危険なトコに長居は出来なかったんだ!」
「そうですか」
会話は終了。
ただ事の成り行きを聞くばかりで、由月は何を言及するでも無い。
興味が無いと言うよりは、この会話だけで納得している様子。
気まずい話題に敢えて口を割ってやったと言うのに、白けた由月の態度が岩屋の感に障る。
これ迄の経緯を知るでも無い由月に、解かった様な顔をされたく無い。
「そうですかって、何? どうゆう意味?」
「岩屋サン、」
「靖田君は黙ってろよ。何があったのかを聞いたのはこ の女だろぉが!」
「ええ。聞いたわ。私はその事実に納得したのですが、他に何か必要なのかしら?」
「ハァ?」
良くあるパターンであれば、同情するなり叱責するなり諸々の反応があるだろうに、
由月はただ是と聞くに留まると言うのか、研究なんてものに没頭する手合いは人間らしい感情が欠落してしまうのか、そんな疑いすら抱かされる。
室内は薄暗いだけで無く、重い空気。
責任を感じる日夏は、今に泣き出しそうに俯く。
「ご、ごめんなさい、僕が余計な事を言ったから、」
「アナタは私の質問に答えてくれただけです。何も悪くは無い」
「あぁもぉ……ホント、ロクなヤツに会えないな、ったく!」
岩屋の捨て台詞に、由月は一瞥を向けるも直ぐ、落ち込んだ日夏に肩を並べる。
「お友達と離れた事を悔いているのね?」
「はぃ、あの人はとても優しくて……」
「そう。そんな人を置いて来たとなれば、心苦しくもなるわね。
でもアナタは、この天気にご友人の安否を気遣った。無事を願うからこそ心配した」
「はい、」
「その人、勇敢なのね。今も生きていると信じて貰える何て」
「はい! 勿論です! だって、僕を助けてくれました!
化け物が沢山いるのに、たった1人で! まだ出会っても無かったのに!
僕がどんな人間かも分からなかったのに、それなのに!
それなのに僕は、うぅぅ……、」
日夏は遂に泣き出す。
世話になったと言うのに、恩を仇で返したのだ。
日夏はその事に胸を痛め、今に集中する事が出来ずにいる。
由月は日夏頭を優しく撫でる。
「ならば祈りましょう。その人ともう1度 出会えるように。
それなら、何も知らない私にも出来る」
「由月サン……」
「私も、その人に会ってみたいわ」
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