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ブラックビート  作者: 坂戸樹水
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「何やってるんだ?」

「眠っていても、こうして口に含ませれば水分は喉を通ります。

脱水症状くらいは防いであげないと」

「へぇ。それは気づかなかった」


 女は田島の額に手を置き、体温確認。次には脈拍を計る。

白目の濁り具合から爪の色、細かなチェックもスムーズ。


「予断は許せませんね」

「キミは女医サン?」

「いいえ。ここの研究生です」

「学生って事?」

「はい」

「キミのその診断は当てにして良いのかな?」

「専門ではありませんので、参考程度に」

「所でキミ、名前は?」


大川おおかわ由月ゆづきと申します」


「「え!?」」


 岩屋と日夏は2人揃って声を上げる。

大川由月と言えば、探していた人物で、生きて会えれば願っても無いと思っていた所。

日夏は目を潤ませる。



「ァ、アナタが大川由月サン!?

僕達はアナタに会いにここまでやって来たんです!」



 あんな小難しい薀蓄を書くからには、頑固なシワがくっきりついた年配女性と思いきや。

驚きを隠せない2人の様子に目を細め、由月は微笑を見せる。


「私に会いに? それはそれは、こんな時に風変わりなお客様で」

「こんな時だからこそ会いに来たんです! 僕達、由月サンのホームページを見ました!

とても詳細で、でも、僕らには難しくて……

今、何が起こっているのか、僕達はどうしたら良いのか、

由月サンなら、何かヒントをくれるんじゃないかって!」

「そうでしたか。ご期待に沿えず、申し訳ありません」

「……ぇ?」


 危険を冒してまで会いに来た、その熱意を伝えた所で、由月は意とも簡単に肩賺す。

2人は行き場の無い思いに言葉を失うが、ここで黙っていては、これ迄の努力は水の泡。

岩屋は日夏を押し退け、苛立った口吻を聞かせる。


「随分 落ち着いてるけど、キミ。ここはそんなに安全なのか?

とても避難所に指定されてるようには見えないけど?」

「ええ。ここは特別 安全ではありませんし、避難所としても成立しておりません。

ここでの生存者は私だけですから」

「キミだけ?」

「研究施設なので 通常の教室よりは強固に作られていますが、

環境は見ての通り差し障り無いと言う程度で、食料にも限りがあります」


 『そんなこったろう』と言いたげに、岩屋は咨嘆を吐く。


「キミはぁ……こんな所に立て篭もって、1人でどうするつもりだったんだ?」

「外に出るより、ここに留まる方が安全だと判断しました。

この研究室のある研究棟は独立型になっていて、ご覧の通りフェンスで囲まれています。

お二人が入って来られたのは裏門で利用者は少ないですが、山道ですし、

本校舎や正門へ向かうには死者も多く、とても切り抜けられたものではありません」


 由月が立て篭もるこの研究室は、大学の中でも外れに位置し、実験的な試験環境を作る為の金網フェンスに囲われているお陰で、死者の侵入が僅かにも食い止められている。

然し、正面を臨む窓からの景色には沢山の死者が徘徊、突破するのは難しい。

脱出に裏門を使おうにも、車でも無ければ下りきれない山道だから、由月はここに留まる他なかったと言う事だ。


「幸い、備蓄ながらも食料はストックされておりましたし、研究を続けたかったので」


 避難よりも研究。これには共感できない岩屋は声を尖らせる。


「この状況を解決する方法も成果も出せてないクセに、何が研究だ!

大体、何で俺達を呼んだんだ! とんだ無駄足じゃねぇか!」


 元を正せば、訪ねて来たのは岩屋と日夏だろうに、無駄な研究と言い纏めて八つ当たりするのはお門違いだ。

然し、頭には自分の都合しかない岩屋の言い草にも動じる事無く、由月は三角フラスコに水を入れ、ガスバーナーの火にかける。湯が沸騰し始めれば、そこに砂糖を一匙。


「研究の目的は継続のみで、着地点はありません。

それに、私にはアナタ方を放っておく理由が見つかりませんでしたので」


 言下、室内が翳る。



「ぇ……?」



 日夏は慌てて窓の外を見る。

いつの間にやら、空は分厚い雨雲に覆われ、間も無くして豪雨。稲光が起こる。



「山道を下りきる前に雨が降る。私なら、見通しの悪い道を走りたいとは思わない」




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