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建物付近まで近づけば、その先は金網によって遮られている。
どうやら手作り菜園の様だ。2人は車の窓から顔を出し、3階部を見上げる。
やはり、風に棚引くカーテンでは無い。
旗を振っていたのは、白衣を着た髪の長い若い女。紛う事無き生存者だ。
女はキョロキョロと左右を見やった後、開閉式の避難梯子を展開させる。
そして、死者に気づかれないよう声は出さず、ジェスチャーで合図。
「な、何だ?」
「金網の中に入って梯子を上れ、って言ってるみたいですけど……」
金網の中に死者の姿は無いが、あの女が人間の化け物で無いとは言い切れない。
疑いを捨てずにどう決断すべきか、岩屋は日夏を睨みつけ、『金網を開けろ』と顎で指示。
「ぼ、僕がっ?」
「閉まってちゃ中に入れないだろッ、少しは働けよ!」
相手は見通しの良い金網だ。中に死者の姿が無い以上、危険は無い。
何かあれば車に逃げ戻れば良い。自分にそう言い聞かせ、日夏は恐る恐る下車。
ネズミの様に身を丸めて小走り。金網のドアを開けて中に飛び込む。
菜園が荒らされた様子は無い。
異変が起きて以来、ここへは誰も立ち入ってない様だ。
岩屋に合図し、車がスッポリと入った所で素早く金網を施錠。
こうしてしまえば、誰であっても簡単には入り込めないだろう。岩屋は漸く車を降りる。
「ここまでは大丈夫そうだな」
「梯子、登りますか……?」
「うーん……まぁ、相手は女だし、大丈夫だろう。靖田君、先に上ってくれるよな?」
「……は、はい、」
紘也がいない以上、切り込み隊長は日夏の務め。
壁伝いの避難梯子に手をかけ、日夏は車を振り返る。
「ぁ、あの、でも、田島サンは……」
「うぁ、アイツがいたか、」
「車に残しておくのは、その……怖いかなって……まだ気温も高いですし……」
時刻は15時。
早め早めに動く岩屋としては、揃々 仮の宿の目星くらいはつけておきたい。
それがここだとすれば、ガソリンを無駄にしない為にも車のエンジンは切っておくべきだろう。
そうなると、まだ気温も高い今の時季に田島を車中に放置できない。
干からびて死んでしまう。
「ハァ……ったく、アレの搬入は水原君の役目だってのに、」
流石に、矮小の日夏に田島を担がせるには無理がある。
万一を考え、口枷も忘れずに、岩屋は田島を背負うと日夏に続いて避難梯子を上る。
「お疲れ様です。気をつけてどうぞ」
2人が上り詰めると、女は堅苦しい口調で以って室内に招く。
窓枠に手をかけ、漸く安全な床に足を下ろせば、岩屋は真っ先に田島を背から外す。
「ぉ、重かった、怖かった、」
背負っている間にガブリ! と後ろから齧りつかれる想像と戦い続けていた様だ。
女が避難梯子を収納する間、日夏は興味深げに室内を見回す。
ここは大学の研究室の様だ。幾つかの机が並べられ、棚には多くの資料が収められている。
水道から電気コンロと、大凡の設備が整っているのが有り難い。
「ぁ、あの、……初め、まして……」
日夏はチラチラと女を見やって挨拶。
女は雰囲気こそ落ち着いた佳人だが、表情は薄く、何処か人形の様な印象だ。
「初めまして。こんな所に生存者の方がいらっしゃるとは思いませんでした。
C市からとは、また随分な遠路で」
「え? 何で知ってるんですかっ?」
「車のナンバープレートを見ましたから。そちらの方は眠っているのかしら?」
「は、はぃ……」
「では、コチラのベッドをご利用ください」
「ぁ、ありがとうございます……
じゃぁ、岩屋サン、お願いします。僕、頭を持ちますから」
「ハイハイ、」
ベッドは仮眠用の物が2台。
簡素だが、草臥れたソファーに転がすよりは寝心地も良いだろう。
女は田島の顔を覗き込み、口枷を解く。すると、岩屋は空かさず注意を促す。
「ロープは! ……外さないでくれよ?
そいつ、眠ってから3日も経つんだ。いつ死んでもおかしくない」
「そうですか。だから拘束を……正しい判断ですね」
統也の様に非難されると思いきや、女の反応は淡白であるから岩屋も拍子抜け。
女は多くを問うでも無く足を運ばせ、水道の蛇口を捻り、脱脂綿を濡らす。
そして、濡れた脱脂綿で田島の唇を潤す。




