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街灯が灯り出す時分、静かな住宅街の通りは、普段には感じられない薄気味悪さを醸す。
ヘッドライトは血溜まりを照らし続ける。車は徐行運転。
男は注意深く左右を見ながらハンドルをさばく。
(ひと気が無い……ヤツらも昼行性? 夜は眠るのかな?
てっきり延々と活動し続けるもんだと……
いや、獲物を探して移動をしたのかも知れない。
住人は会社員や学生で、朝には家を出るし、家に残るのは主婦くらいで……)
統也は頭を抱えて項垂れる。
(母サン……)
父親は出社した後だろうが、母親は家に籠って惨劇を免れていると信じたい。
「ここで良いのか?」
「!」
ブレーキ音を立てず、車は無音で停車。家の門には【水原】の表札。
(いつもは、この時間には電気くらい点いてるのに……)
何処も同じだ。灯り1つ点かない真っ暗な家が並ぶ。
「トイレ、でしたよね? どうぞ」
「あ。悪いけど、家の中の様子を先に確認して貰えないかな?
そうだな、20分経っても出て来なかったらトイレは諦めて、このまま出発するから」
何処に何が潜んでいるか分からない。
身の安全の為には片っ端から疑ってかかるのが、この男の流儀。
(自分は何があっても逃げられるように準備万端か。……ちょっと引く。
でも、この人もタダで生き延びたわけじゃないだろう。
俺達と同じ、恐ろしい体験をして来たんだろうから、これも当然なのかも知れない)
「分かりました。俺としても、何かあって家の中で漏らされたんじゃ堪らないから」
「……」
1つ嫌味を残し、統也は車を降りる。
足音を殺し、待ちに待った我が家への帰宅。
統也は繰り返し固唾を飲み、ドアノブを握る。
カチャ……
鍵は開いたまま。
(足が、進まない……)
家に帰れば日常が待っている。
現実を見れば、そんな夢物語を願う自体が馬鹿げていると解かっている。
然し、今朝までは当たり前に存在していた日常が消失している事を理解させられるのは恐ろしい。
(大丈夫、大丈夫……母サンは避難した。
ここは住宅街だから、警察や自衛隊が率先して救助に当たってくれて、
今はきっと、安全な場所で俺を待ってる……)
「た、だい、ま……」
(そうじゃなきゃ、この騒ぎに俺が家の鍵を無くしても ちゃんと帰って来れるようにって、
締め出されたりしないようにって、母サン、何だかんだ俺には甘いから……)
ドアを開ける。
「暗い、なぁ……」
靴を脱ぐ。そして いつも通り、リビングへ向かう廊下を歩く。
「……母サン、買い物に出たの? まだ、帰って来てないの? 俺、腹減ったよ……」
リビングのドアは半開き。
「今日はさ、何か、酷い目に遭ったんだ、俺……
友達がいっぱい死んで、それなのに田島なんか寝ちゃって……
さっき何か、車に轢かれそうになって怪我したんだ、膝、痛くて……
もう走れないよ……」
カチッ……と、リビングの電気を点ける。
明るくなった室内には女が1人佇んでいる。
「母サン……」
見慣れた後姿。
身につけているピンクのエプロンは、昨年、統也が母親の誕生日に送った物だ。
とても気に入ったと言って、母親は毎日そのエプロンをつけて家事をこなしていた。
「ねぇ、母サン、」
2度目の呼びかけに、母親は首を捻って振り返る。
(どうして……)
母親の顔の半分は喰い千切られている。
損傷は少ないが、その真っ青な肌の色から見て、既に生きていない事が分かる。
負傷したまま家に逃げ戻り、息子の帰りを待ち侘びながら、ゆっくりと息を引き取ったのだろう。




