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寸での所で、統也は松尾の顔を両手で受け止める。
間近で口を開ける松尾から黒目ばかりを上に向ければ、車から飛び出した日夏がライフル構えているのが見える。
何としても統也を守ろうとする日夏の果敢さは嬉しくも思うが、トリガーを引かせる訳にはいかない。
「ッッ、……お前じゃ、何処に弾が飛んでくか、分からないよっ、」
「うぅぅッ、だ、だって、統也サン……統也サンっ、」
「今の内に、逃げてくれるのが、1番 有り難いんだけどな、俺は!」
死者の矛先が分散されている今が脱出の時。
然し、統也を置いて出発する選択肢を持つ者はいない。
もう2度と仲間を置いて行く真似はしないと、臆病者の日夏にも誓いはあるのだ。
雖も、涙で前が見えなくなっている日夏になら、余計に銃は使わせたくないのが統也だ。
こうなったら松尾と力勝負。
だが、松尾の顔を引き離そうと両手で押すも、あえなく押し戻されてしまう。
何れは根負け。統也の首が噛み千切られるだろう。
否、嗚咽を漏らす日夏が、いつトリガーを引くかの瀬戸際だ。
そこに、立ち上がった由月が駆け込み、松尾の腹を激しく蹴り上げる。
ドス!!
「この死に損ないが!! よくもやってくれたな!!」
ライフルで何度 殴打され、蹴られようと、痛覚が無い死者の松尾に避ける判断力は無い。
ただボキボキと骨が折れ、グジュグジュと内臓が破裂する音が体外にまで漏れる。
(こ、ここまでされてもビクともしないのかよ、コイツはぁ!!)
遂に、統也の首に松尾の歯が当たる。
「うぁッ、ッッ、」
統也が声を引き攣らせると、由月は松尾の背後に回り込み、両目をブラインドする様に頭部を押さえ込む。そして、ニヤリと笑うのだ。
「大丈夫よ。もう、アナタに殺させたりしない」
「!」
――ゴキ!!
真後ろに90度、松尾の首がヘシ曲がる。
(首が、折れた……)
奇妙な絵面だ。
それでも松尾の口から僅かな唸り声が聞こえる。
「――ガ、――ガ、ガ、ァァ……」
まだ動いている。
松尾の喉から絞り出される唸りに、由月は目を細め、回し蹴りをくらわせる。
頭部にクリーンヒット。遂に松尾が倒れる。
(し、仕留めた!!)
否、松尾は肉体損傷によってバランスを崩しただけだ。
頭部を破壊しない迄は、仕留めた事にはならない。
「また、遠吠えでもされたら面倒だから……」
由月はライフルを振り上げると、スイカ割りでもする様に、松尾の頭部を殴りつける。何度も何度も。
ガツ!! ガツ!! ガツ!!
――ガツッ!!
直ぐに頭蓋骨は砕かれ、脳が露出すると、ライフルの先端で中身を弄る。
統也の全身は鳥肌。由月を見る目は疑っている。
(何でそんなに、楽しそうなんだよ……?)
「大川サン、もう良い……やめろ……」
脳を破壊された松尾は完全に停止している。これ以上の行為は無用の筈だ。
然し、由月は声を躍らせる。
「ねぇ、見てちょうだい。ココが彼等の存在を決定づける大脳辺縁系の旧皮質。
アーモンド形のコレが扁桃体……そうなのよぉ、ココ。コレだったのよぉ。
私とした事がぁ、すっかり忘れていたのだけど、あぁやっぱり、穴が開いてるわぁ。こうなるとねぇ、統合性を失うのよぉ」
――グチュ……グチュ!!
ベチャッ、ベチャッ、
ライフルの長い銃口でスクランブルエッグを作るように原型を破壊する。
「やめるんだ!!」
「フフフフフ、ギャハハハハ!! 結果的にこうなった!!
だから言ったでしょう!? 共感よ! 共感!! 彼等は互いの声に反応する、反射する! 無意識に根拠なく、引き合ってしまう!!
本能の情動!! より起源に近づいた【例外】の力!!」
「そんな残酷な事しちゃ駄目だ!!」
「……」
声を荒げる統也に、由月の斜視が向けられる。
(ああ、発狂者の目……)
父親と雅之と同じ、常軌を逸した由月の眼光。




