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「残るなら、俺一人で残ります……アナタを死なせたくない、」
「私はアナタに生き延びて欲しいわ」
「俺は……そんな事言って貰える人間じゃ無いんだ……」
「私の気持ちは私が決める事よ」
「違う……大川サンは俺を知らない。俺は……」
母親の最後の狂気が視界に蘇える。
そして、力任せに殴りつけた手の感触も同様に。
(吐き出してしまいたい……全部、全部!)
「殺して、置き去りにしたんだ……母サンを……」
(怖かった、死にたくなかった……)
「そうして俺は、父サンすら裏切った……」
(言えなかった、傷つきたくなかった……)
「生きていたのに……」
由月は思い出す。
『厳密に言えば』と説明をした時、統也が激しい動揺を見せていた事を。
それは、この心の傷が原因であったと初めて知る。
「私がアナタを追い詰めていたのね」
「違う、そうじゃ無いっ、」
「ごめんなさい」
「違うんだっ、」
「謝るついでに、お願いがあるのよ。聞いて貰えるかしら?」
「……?」
「もし私が何かに変化したら、その時はアナタに救って貰いたいの」
「救う……?」
「ええ。何の罪悪も持たず、殺して欲しい」
「殺、す……」
「信じるに値するアナタにだから、頼める事」
「……」
(救って欲しいと言いながら、俺に殺せと言う……
こんな矛盾、どうやったら俺に解けるって言うんだ……)
統也が考えあぐねていると、由月は小さく笑う。
「このままこうして眠る?」
「!?」
我に返れば、由月を押し倒した格好だから、統也は狼狽える。
然し、この温もりを手放すのが惜しい。
統也は体を退けるよりも前に項垂れてしまう。
「こうしてたいけど、日夏に見つかったら悲惨だ、」
ショックの余り、泣きながら銃を乱射する日夏の画が目に浮かぶ。
統也は渋々と体を起こし、由月に手を差し出す。
「すみません。俺、無理な事を……」
「良いのよ。
科学と言うのは、不可能を可能にしたい人の心が生んだ魔法なのだから。
田島君の状態がどうであるのか、もう少し診させて貰うわ」
「ぁ、ありがとうございますっ、宜しくお願いします!」
「でも、納得するだけの結論が出るとは思わないで。
どうするかは、考えておいてちょうだい」
由月がどれだけ優れていようと、もともとが無理難題。
決断の覚悟を胸に、統也は頷く。
(これ以上、皆を危険な目に遭わせる事は出来ない。田島をどうするのか……
状態がハッキリ分からないまま田島を連れて行く事は出来ないんだ。
人に期待を押しつけるんじゃ無く、明日の朝、ここを出る前に決める)
田島と残り終局を見届けるか、田島を殺すか、選択肢は明確だ。
重い決断になるが、1つだけ胸の痞えが取れた事は事実。
統也の足は岩屋のワンボックスカーに向かう。
(大川サンに父サンと母サンの事を打ち明けてしまった……どうしてそんな事が出来たのか、)
『俺の所為で、俺と死ぬって事ですよ、それ……』
『別に良いじゃないの』
(誤解をしたとか、思い上がったとか、そんなんじゃ無く、拍子抜けしてしまったんだ)
『私はアナタに生き延びて欲しいわ』
(死ぬ時は1人だと思ってた……
けど、俺と一緒に死ぬ事を考えてくれて、俺が生きる事を望んでくれて、
この人になら……この人にこそ、聞いて貰いたいと思ったんだ)
由月が父親と母親の あれこれ聞くでも無かったのは、その必要が無かったからだ。
統也が下した決断に間違いは無く、否めなかった事と、由月が信じて疑う事は無い。




