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21時になる頃、皆が寝静まる。
窓の外には強い風が吹き、閉めた雨戸をがガタガタと揺らす。
明日にもこの強風が残れば厄介だと、度々起きては周囲の状況を確認しなくては落ち着かない。
地上が変化して以来、そんな習性を身に付けてしまった統也だ。
(24時……)
統也は一同を起こさないよう、静かに部屋を出る。
廊下の右端を見やれば裏口に向かうドア。
あの先には行けないよう、昼間の内に浜崎が固く施錠していたのを思い出す。
間違っても物置から脱出した死者が診療所内に立ち入る事が無い様にと言う警戒心。
物置と言う窮屈な柩に閉じ込められた死者達を気の毒に思いはしても、存在を受け入れる事は出来ないのだ。
左を見やれば待合室。
ベンチに腰かけ、ノートパソコンを弄る由月の姿を見つける。
「大川サン?」
「あら、起きるには早すぎるようだけど、どうかしたの?」
「大川サンこそ、まだ寝ないんですか?」
「ええ。見張りを兼ねて集積したデータを纏めておきたくて。
ここの人達に話を聞けなくて残念だわ」
死者の生態系を明確にするには、多くの情報が必要だ。
それが知りたくて同行した様なものだから、話し1つ聞けないだけでも由月には重大な損失になる。
統也は由月の隣に腰を下ろし、パソコンの画面を覗き込む。
「グラフ化してるんですね?」
「ええ。気象条件と影響の発生について、もう少し詳細にしたいのよ」
「昼間、言っていた事ですか?」
「ええ。Y市が影響を受け易い土地だとしたら、避難所を変えなくてはならない。
けれど、推論だけでは、あの人達を納得させられないでしょ?」
「そうですね。候補地の目処も立てておかないと怒られそうです」
「怒られる? フフフ、やっぱりアナタ、面白いわ」
「ぁ、はぁ……、」
由月には『理解』と『無理解』があるだけだ。
統也は『怒られる』と言う概念を持って立ち回って来たのだろう、
だとしたら、それが素直さにも感じられるから、由月には新鮮な感覚。気持ちが和むと、口調を和らげて続ける。
「何故、アナタ達は影響の外にいられるのかしらね?」
「それも今の所ってだけなのかも知れませんけど。
坂本サンのように、突然 何かが変わる事もあるでしょうから……」
「坂本サン、言っていたわね? 聴こえる、と」
坂本は『聴こえる……嫌な音だぁ……』と呟いていた。
あの場で聞こえていた音があるとすれば、車のエンジン音に、木々が揺れる音・虫の羽音。
その程度だった様に思う。然し、統也は確信を持って言及する。
「――心音」
地球の心音。統也の答えに由月は頷く。
「通常、音として聴こえる筈のない地球の心音……
発せられる不協和音を感じ取る事で、坂本サンは死を連想させられた」
そうして死に迫られるのだろう。
欲求にも近い感覚で、速やかな死亡を望む。それが自殺者だ。
「そんな……坂本サンだって、聴きたくて聴いたわけじゃないのにっ、」
「多くの生存者に会いたいわ。
影響の現われ方やタイムラグに共通点があのかどうか、
特徴を見つける事が出来れば、止められるかも知れない」
駐屯地には40名余りの正常な生存者がいたが、これと言った特徴は見られない。
もっと多くの被験者とのコンタクトが必要だが、それが困難を極めている。




