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ブラックビート  作者: 坂戸樹水
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「安定剤なんて、どうして?」

「――」

「大川サン、」

「時々、混乱するのよ」


 そう言われて思い出すのは、坂本が死んだ直後の事。

由月は絶叫し、我をも忘れて暴れ、それは手が付けられない程だった。

凄惨な自殺現場を見たのだから取り乱すのも無理は無いが、普段は冷静沈着な由月からは想像も出来ない様子に、統也達は動揺を隠しきれずにいたのだ。


(大川サンはいつでも落ち着いている。

駐屯地にアイツらが攻めて来た時だって……だから思い込んでしまった。

何が起きても平気な人なんている筈が無いのに……

ヤツらの観察をするにしたって、相当な精神力を使っていたに違いない)


「す、すみません、立ち入った事を、」

「良いのよ。関心を持ってくれて嬉しいわ」

「え!?」


 統也は狼狽え、段ボールを落とす。

由月はドサリ! と落下する段ボールを目で追った後、その視線を統也に戻す。

統也の顔は赤い。


「何か、誤解が生じているようです」

「え!?」

「リーダーの素養が備わっていると評価したのよ。

それは私達にとって喜ばしい事。正しく伝わっていたかしら?」

「ぁ……あぁ! ええ、勿論です! はい! そ、そうですかっ、

ありがとうございます!」


 統也は赤い顔を隠す様に段ボールを拾い上げ、棚に向かい合う。


(俺、からかわれてるのかな!? いや、俺が勘違いしすぎてるんだ!

周りから褒められて調子に乗ってる! 本当、格好悪いぞ!)


 心中 叱責。

然し、由月の様な不思議な色香を持った年上の女を相手にするのは、統也の日常には無かった事。良い事を言われてしまえば、都合の良い誤解をしてしまうのだ。


「作業中、申し訳ないのだけど」

「は、はい!」

「上の棚にある湿布薬を取って頂けるかしら?」

「は、はい! 湿布ですね、えっと……あの、どうしてそんな物を?」


 やはり気になる事は聞いてしまう。

この質問に、猫の様に大きくて力のある由月の目がジッ……と向けられる。

『良いから早く湿布を渡せ』とでも言いたげだ。

統也は見つけた湿布を手渡す傍ら、苦笑する。


「ぁ、あの、リーダーの素養を養う為に聞いただけで……」

「――手首を捻ったようなの」

「え? いつです?」

「――アナタが捻ったようなの」

「えぇ?」


 統也は黒目を上に、そんな覚えは無いのだが……と思量。そして思い出す。



(あの時!!)



 回想されるシーンは、岩屋の車中での出来事。

錯乱して暴れる由月を力任せに押さえつけたのが原因と思い知ると、統也は又も段ボールを落とす。


「ぉ、俺ですか!? 俺ですね!? ぁ、あの、見せて! 見せてください!」


 目を反らす由月の腕を強引に掴み、白衣の袖を捲くる。

そこにはハッキリと統也の指の痕が痣になって残っている。これは痛そうだ。


(ヤバイ! 俺、手加減無用だった!!

こんな細い手首、下手したらヘシ折ってたぞ!

ぃゃ、でも、だって、あの時は、……あぁ、言い訳はよそう、)


「す、すみません……」


 まるで飼い主に叱られた小型犬の様に、統也は項垂れる。

由月の白い肌に真っ赤に浮かぶ指の痕。これが消えるには暫く かかりそうだ。

すると、統也の後頭部にクスクスと笑い声が降って来る。


「フ、フフフっ……」

「!」


 顔を上げると、口を押さえて、それでも堪え切れずに由月が笑っている。



(初めて見た、大川サンの笑顔……)



 統也は耳まで赤く染める。


「フフフ! 面白い人」

「ぉ、面白いって……」

「アナタは何も悪く無いのに、そんなに反省して。フフフ!」

「ど、どう考えても俺が悪いと思いますけどっ?」

「どう思うかはアナタの自由だけど、気にしないで良い事よ。

私は一切気にしませんから」

「そう、ですか……?」


 笑って許してくれるのなら有り難い。

然し、何処か物寂しい。


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