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明晰夢

作者: 仲川祐介

 僕は中学2年生の二宮勇太。クラスのほとんどの人は僕と口を聞いてくれない。口を聞いてくるのはほぼいじめっ子だけだ。佐藤と井戸田。この2人はしょっちゅう僕をからかってくる。毎回嫌な思いをする。とてもつらい。あいつらは遊んでるつもりなのかもしれないけど、どう見たってこれはいじめだ。殴ってやりたいが、あいつらがケンカが強いのはわかっている。幸い、暴力を振るわれたりお金を取られたりするわけではないけれど。


 両親はいわゆる毒親というやつで、いつからか父さんは大したことのない事で怒鳴るようになったし、母さんは理不尽に怒ってその恨みを僕にぶつけてくる。


 僕の楽しみはゲームだけだ。それも、最新のゲーム機じゃない。そんなの買ってもらえない。

中古で買ってもらった薄汚れたニンセンドーDS Liteで遊んでいる。当然遊んでいるのは中古ソフトだ。

中古だからゲーム機に差しても認識してくれないことばかり。このあたりお店はちゃんとしてほしい。

ネットで調べて、接点復活スプレーというのがいいと聞いて、認識しなくなったらこれをカートリッジの端子に吹きかけている。ニンセンドーSwitchが欲しいなあ。


 ああ、もうたくさんだ。転校したい。可愛い子と付き合いたい。

小学校の時の親友の鈴木君とまた遊びたい。なんで転校しちゃったんだ。もう死んでしまいたい。

 

 ある日、明晰夢めいせきむという物の存在をネットで知った。

 自分が夢の中で夢を見ていると認識でき、しかも夢を好きなようにコントロール出来るんだって。

 それを見るためには、夢の日記をずっとつけているといいらしい。

 もちろん毎日は無理だ。おぼろげに覚えている夢があったら、一行でもいいからメモする。

 夢日記を始めたら、だんだん寝るのが楽しみになってきた。そしてだんだん夢の内容を覚えていられるようになってきた。


ある夜、奇妙な夢をみた。


『鈴木君の家の近くの巨大なシェルターに大勢の人たちが暮らしていた。そこでの母との二人きりの生活にも慣れてきた。ガリガリの美女が気になっていた。向こうもこちらに気があるようだったが、こちらは気のないふりをしていた。彼女はなぜかビキニだった。

 ある日ふと気づいた。我が家が住めなくなったのならこの巨大なシェルターに越してきたところまでの記憶があるはず。だが、ない。母に「これは夢だ。早く醒めなきゃ」と言った。途端に僕に敵意を向けるシェルターの住人たち。

 追われて、最上階の窓から外のプールに飛び込んで目を覚まそうとした。しかしそこは2階だった。高さが足りない。そこでプールでなく硬い床に頭をぶつけるように思いっきり飛び降りたら目が覚めた。するとなぜかうちの風呂桶につかっていた。母さんが「勇太が起きた!」と驚いで喜んでいた。自分がどれくらい寝てしまっていたか聞くと、丸2日だったそうだ。』


またある夜は、ひどい悪夢をみた。


『大好きなアイドルグループのメンバーが、暴漢に焼死させられるというショッキングなニュースを見てショックを受け、とても悲しみ狼狽したけれど、起きてネットをみるとそんなニュースはなく、夢だったとやっと気付いた。』


また変な夢。


『何泊かの旅行の帰り。SNSの友達の女性や某ベテラン人気芸能人らとの旅行。会ってみると、友達の女性はいかにも和美人という感じで長い黒髪だった。惚れてしまった。帰り道、スマホのパスワードを忘れてしまって格闘していた。パスワードリセットをするとSNSで不利になるとの事。説明書と格闘してる間に乗っていた電車がホームに着いた。雨の中乗り換えた。

 気が付くとそこは秋葉原で朝だった。何かおいしい物を食べたいな、遊びたいなとウキウキした。まだスマホと格闘していると、可愛い若い女の子たちに囲まれた。彼女らは僕に興味があるらしい。気になって仕方ないが体裁を繕って無視した。「携帯のIDは海外有名人の名前をもじったものでしょ」と、SNSの女友達が教えてくれた。また某芸能人が、「フェイスアンロックが使えるよ」と教えてくれた。』

そこで目が覚めた。


ある夜、ついに夢を一部操れるようになってきた。


『朝起きるのが早すぎて、二度寝しようとするがなかなか眠れなかった。「お、眠れた」「ああ、また起きちゃった」と思っていたが、その時点で既に眠りについていた。起きたくなくてずっと目を閉じていた。

 夢が始まった気がしたので、本当に夢なのか試してみた。目を開けないで立ち上がってみた。するとすっ転んでしまい、体全体に、感じた事のないようなしびれのようなものがきて心地よかった。

 「こりゃあ間違いなく夢の中だな」と思い、色々試そうと思った。

 目を開けてみると自分の部屋だった。今度は立ち上がれた。でもたまに目が半開きになってしまう。自分の部屋から1階へ降りていくと家族はいなかった。家の外に出たが、若干変だがほぼ正常な家の外だった。

 夢が醒めないうちに色々遊んでみようと思い、通っていた小学校へ歩いて行ってみた。しかしそこまで行けず、どこかの駅にワープしてしまった。以前母さんに連れて行って貰った都内の美味しい九州豚骨ラーメンの店に行ってみたくなった。何年も行っていなくて、何とかしてそこでラーメンを食べられないかと思った。

 最寄り駅までワープ出来るかと試したら、駅でなく店内にワープした。ともあれ、チャーシューニンニクラーメンのバリカタを注文して楽しみにしていたが、注文した直後にどこかへワープしてしまった。

 がっかりし、目を両手で最大限開けて夢から醒めようとしたが、起きられなかった。怖くなって歩き回った。夢が全くコントロール出来なくなっていた。非常階段のような所で階段を登ったり下りたりして、金属製の扉を開けたりもした。

 外に出たいと思っていたら、出口のような所にセキュリティのゲートがあったが、カードキーがない。でもそこへ歩いて行った。すると受付の人が僕の片方の手に無色透明なでっかい四角いセロファンをつけて、ゲートを通れた。外に出る寸前に夢から醒めた。』


うーん、明晰夢が近づいてきた。


 その後何日かして、今度は学校に行く夢を見た。これはチャンス、学校の授業が終わったらいじめっ子たちを呼び出して、ボコボコにしてやろうと思った。明晰夢だから僕が勝てるに決まっている。

 退屈な授業が終わり、佐藤と井戸田を校舎裏に呼び出した。僕は言った。「今日こそお前たちをボコボコにしてやる。」と。2人はきょとんとして顔を見合わせたが、ゲラゲラ笑いだした。

 「そんなひょろっとしたお前が、俺らに勝てると思ってるのかよ。ひーっ笑いが止まらない!」と笑い転げている佐藤。今だ!と思って佐藤の鼻に思いっきり右ストレートをぶち込んでやった。佐藤は鼻血を出して「いてえ!」とうずくまった。佐藤は僕を信じられないという目で見ていた。

 井戸田はそんな佐藤を見て狼狽していた。今がチャンス!井戸田のボディに全力でパンチを食らわせた。苦しそうにうずくまった井戸田の顔をつかみ、連続で膝蹴りを当ててやった。井戸田も鼻血を出して、顔が血だらけになった。


 「信じられない、お前なんかに負けるなんて……」そう佐藤はつぶやいた。2人はそのまま去っていった。今まで人生で見た夢で一番素晴らしい夢だった!なんて気分が良いんだ。歌いだしたいくらいだった。夢が終わってほしくなかった。

 でも夢から醒めなきゃ。でもなんだかおかしい。夢から醒められない。担任の先生が駆け寄ってきた。職員室で散々お説教を食らった。どうして先生に叱られているんだろう。明晰夢だからこんな嫌な思いをするはずがないのに。先生に、「うるさいな!これは夢なんだから、消えろ!」と言った。すると先生はびっくりした顔をしていた。「夢?二宮、お前何言ってるんだ?」先生は驚いて怒りがおさまったかのように見えたが、またガミガミと叱り始めた。

 30分くらい叱られたかな。それでやっと、これは夢じゃなかったんだって気付いた。「僕はいじめっ子をやっつけたんだ!なんて最高の日なんだ!」歓喜とはこのことだった。


 その翌日から、全てが変わった。佐藤と井戸田は僕だけでなくクラスの他の人にも嫌がらせをしていた。そんな佐藤と井戸田が大人しくなった。僕に頭が上がらなくなった。「二宮、お前佐藤と井戸田をボコボコにしたんだって?すげえな!」「二宮さんありがとう!」と、今まで寡黙ないじめられっ子だった僕が、すっかりクラスの人気者になってしまった。これも夢日記をつけ始めたおかげかもしれない。僕は、幸せだった。



『「あれ?僕は寝てるのかな。」目を閉じていたのだが、ゆっくりと目を開けてみた。すると川があって、そのずっと向こうに、小さい頃から可愛がっていた犬のコロがいた。涙が出そうだった。「コロ!今から行くよ!」と言ってふと思った。「あ、これは明晰夢だな。コロと久しぶりに遊びたいな。」でも見える範囲には橋がないようだ。

 よし、橋を作ってしまおう。念じてみると、七色の綺麗な橋が出来た。「コロ、今からそっちへ行くからね!」と言って走り始めた。

 しかし誰かが僕の手を掴んだ。小学校時代の親友の鈴木君だった。「二宮君駄目だ!そっちへ行ってはいけない!」僕は鈴木君に言い返した。「コロは僕が散歩させているとき、突っ込んできたトラックにはねられて死んでしまったんだ。夢の中だけでも、コロと遊びたいんだ。撫でてやりたいんだ!」鈴木君の力は強かった。振りほどこうとした。でもどうしても振りほどけない。「離してくれ!」僕は叫んだ。だがどうしても力で勝てない。そのうち、コロは悲しそうな顔をして向こうへ言ってしまった。「コロ!コロ!待ってよ!」』


 「コロ!」僕はそう叫んで目を覚ました。すると母さんがいて、「勇太!」と叫んだ。「看護士さん!勇太が目を覚ましました!」母さんは涙ぐんで看護士さんを呼んだ。父さんも喜んでいた。どうやら、僕はいじめっ子をやっつけた数か月後に乗用車にはねられて、ずっと意識が回復していなかったらしい。おぼろげに事故の事を思い出した。左腕を骨折していた。


 父さんが神妙に語りかけてきた。「勇太、母さん、今まで本当に済まなかった。仕事のストレスをお前たちにぶつけてしまっていた。もうあんな会社辞めてしまおうと思う。どうかな。」すると母さんはこう言った。「今の会社に入ってからのあなたは本当につらそうだった。あんなひどい会社辞めちゃいましょうよ。あんな過酷な職場で10年以上やっていけたんですもの。どこに行ったってやっていけるわ。」と。 それを聞いて父さんは肩の荷が下りたようだ。今まで何かと戦い続けていた事から解放されたような穏やかな顔をした。父さんは「明日、会社に退職届けを提出するよ」と言った。僕は嬉しかった。これできっと何もかも良くなる。


 多分、夢の中での川の向こう岸はあの世だったのだろう。鈴木君が止めてくれなければ、僕は死んでいたのかもしれない。鈴木君には感謝してもしきれない。


 やっぱり親友というものはいいものだ。これから何人親友を作れるかな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 夢だけあってなかなか奇妙な話だと思いました。いい意味で。きちんとストーリーになっていたし、夢を物語にするのは興味ぶかいです。いじめっ子を倒せてしまうのはこっちとしても気分がいいです。夢だと…
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