天使のバレンタインデー
「今年もバレンタインデーは一人か......」
俺は一人公園のベンチにただずみ、ポツリと呟いた。
俺の名前は宮城勇刀。
神奈川の高校に通う高校二年生である。
自慢じゃないが、俺はモテない。
今まで彼女なんてできたことはない。
今日はバレンタインデー。当然のように、学校の女子生徒からはチョコレートはもらえなかった。
最後にチョコレートをもらったのは、中学三年生の時に同じクラスの女子生徒にもらった。
その女子生徒はいつも笑顔でみんなに優しく俺が見ていないだけで他の人にも平等にチョコレートを配っていたのだろう。
俺はチョコレートをもらった時、非常に舞い上がった。
やべぇ! チョコレートをもらったよ! この人、絶対俺のこと好きだよ!
俺は純粋にもそう思った。我ながらアホである。
俺はホワイトデーの日、お返しのマシュマロを持って一世一代の告白をした。
「好きです! 付き合ってください!」
「すみません。私、彼氏がいるので無理です」
即答だった。
彼女いない歴=年齢の童貞はこういうの勘違いしちゃうんだよ......
その気になっちゃうんだよ。
高校に入学してからも失敗を引きずっており、うまく女子生徒と会話できないでいる。
あーあ、このまま彼女もできないまま恋人もできず、高校生活を終えてしまうのだろうか。
公園では、小学生が無邪気にブランコやジャングルジムで遊んでいる。
子供はいいなぁ......悩みがなさそうで。
まぁ、高校生もまだ大人には慣れきれていないだろうが、俺はそれなりに悩みが多い。
恋人ができないのも、そうだし、進路のこととか、部活のこととか。
俺はバスケ部に入部しているが、一向に試合にでれそうな気配はない。
試合に出ている同じ学年のメンバーは全員彼女がいる。
俺と同じ学年でキャプテンをやってるやつなんて、この間の大会でラブレターを貰っていた。
ちくしょう。
公園を見渡すと、向こう側のベンチにカップルが座っていた。
なんと、公衆の面前でキスをし始めた。
あははは。
私、最後の手段で決めちゃったってか?
バレンタインデーキッスってか?
爆ぜろ、リア充! 弾けろ、カップル! バニッシュメントデスワールドォ!!!
俺は呪文を心の中で唱えた。
「人間、ずいぶん荒ぶってるな」
「うわ!」
空中から黒い翼を生やした金色碧眼の美少女が現れた。
服装はというと、白いワンピースを身にまとっている。
日本人とは思えない。
っていうか、空からやってきたし、なんなんだ。こいつは。
宇宙人か?
「な、なんだ! お前は?」
「私の名前はベルヘルト。天使だ。今はお前の目だけにしか映っていないから静かにしろ」
天使と名乗る美少女は偉そうに自己紹介した。
俺はベルヘルトという天使を注意深く観察した。
肌は透き通るように白く、年は俺と同じか下くらいに感じる。
「天使? 本当か? 黒い翼が生えてるけど悪魔なんじゃないのか?」
黒い翼を生やした天使なんて聞いたことがない。
「羽の色は自由に決めることができる。黒い方がかっこいいと思ってな」
は? 厨二病か? この天使?
「そうか......それで俺のところへ何しにきたんだ?」
「お前を幸せにしに来た。お前心の中でやけに物騒なことを呟いていたからな。お前の願いを私のできる範囲で叶えてやろう!」
自信満々にベルヘルトが答えた。こいつにできる範囲でかぁ。
一体全体、何を頼めばいいのだろう。
「そんじゃ、あそこのカップルみたいにキスするというのは?」
「ふ......全く、童貞丸出しの願い事だな」
「ほ、ほっとけ!」
「その願いを叶える場合は寿命を半分いただくぞ」
随分、代償がでけぇな。
死神の目と同じくらいのリスクじゃねぇか。
「代償、でかすぎない?」
「当然だ。私のような高貴な天使の唇をもらうならそれくらいの代償はいただかないとな。ちなみにチョメチョメを要求する場合は、行為が済んだ後に命をもらうことになる」
おお、たちの悪いいかがわしいお店みたい。
それじゃ、何を願えばいいんだろうか。
「俺にチョコレートをくれるってのはどれくらいの代償がいる?」
「一週間の寿命......と言いたいところだが、私は心が優しいので特別にノーリスクでお前にチョコレートをプレゼントしてやろう!」
「本当か! ありがとう!」
形だけとはいえ、俺は美少女(だが人外)にチョコレートをもらう。
まぁ、それだけでも充実したバレンタインデーだろう。
「ゆくぞ......は!」
ベルヘルトは手に力を込めると手からアポロチョコレートを作り出した。
「ほれ。私からのチョコレートだ! ありがたく受け取れ」
「ありがとう、ベルヘルト」
お礼を言うと、ベルヘルトは翼を広げた。
「礼には及ばぬ。願いを一つ叶えたから私は上界に戻る。一つだけ言っておくぞ。お前は私がどこか普通の人間とは違うようなオーラを感じたから近づいたのだ。もっと自信を持って他者と関われ」
「普通の人間とは違うようなオーラ?」
「ああ、人をいや、生物を魅了できるオーラだ。お前にはそれを隠し持っている。じゃあな。頑張れよ」
ベルヘルトは、空高く飛び、上界へと戻っていった。
人を魅了できるようなオーラか。よし! 天使にそう言われたし、頑張るか! 何を頑張ればいいかまだわからないが!
あれから約十年後、俺は俳優になった。
高校卒業後、俳優を志し、芝居に道へと足を踏み入れた。
たくさん稽古をつみ、今はドラマ、バライティ番組と引っ張りダコである。
今日はとある番組の収録である。
「勇刀さん、今やテレビで見かけない日はないというくらい人気ですけど、俳優に興味を持ったのはいつですか?」
「そうですね......高校二年生の時、俳優を志したいと思うようになりました」
収録を終え、俺はマスクとグラサンで変装した。こうでもしないとファンに囲まれ、オチオチ歩けないのである。
俺はあの時の公園のベンチに座り込んだ。
夕暮れ時、子供は無邪気に滑り台で遊び、ベンチにはカップルがイチャイチャしている。
俺はあの時よりもはるかに穏やかな気持ちである。
今日は二月十四日、バレンタインデーである。
バレンタインデーにこの公園に行けば、ベルヘルトに会えそうな気がしてあれ以来、毎年やってきている。
なんやかんや会えないが。
あの時のことをしみじみと思い出した。
「いやぁ、懐かしいな......」
ポツリとそう呟いた。
「そうだな、私もそう思うよ」
空からベルヘルトがやってきた。俺はあの時よりも髪型も変わったし、雰囲気も変わったと自負している。
しかし、ベルヘルトはあの時のままだった。
「久しぶり」
「ああ」
俺とベルヘルトはしばらくの間、見つめあった。