1-8 死んだ社畜はからかわれる (改訂版)
「……はい、その状態に保ちなさい。魔力を一定にする技術を高められるわ」
「は、はい……わかりました」
数日後、リュコはクリスの下で魔法の指導──正確に言うならば、魔力操作の訓練を受けていた。
この屋敷で人に教えるのがうまいということで、彼女が選ばれたのだ。
アレンは脳筋で魔法など身体強化にしか使わない。しかも、魔力を惜しげもなく使うことで爆発的な身体能力になるが、そのぶん負担が大きくなってしまっている。おそらく普通の人が彼と同じ戦い方をすれば、一発で再起不能になってしまうほどらしい。
魔法というならば、俺の母親であるエリザベスが一番うまく使えるらしいが、彼女はいわゆる天才型──感覚で魔法を使っているところがあるので、人に説明することができないという欠点があった。流石に擬音だけで説明されてしまうとリュコどころか他の誰にも分らない可能性が高い。
というわけで、消去法で選ばれたのがクリスだった。
彼女は氷属性の魔法で様々な造形物を造ることができるほど魔力操作に長けており、リュコに教えるには適任であるのもまた事実だ。
ちなみにシリウスとアリスはまだ子供であり、どちらも魔力操作を人に教えるようなレベルではないということで最初から選択肢にはなかった。
「ほら、手が止まっているわよ」
「うぅ……わかってるよ」
そして、俺の方はというとエリザベスの監視下で読み書きの練習をさせられていた。
本来であるならば4歳児にやらせるような内容ではないのだが、先日の一件で俺が簡単な文字を読めることがバレてしまい、それならばいろいろと教えようということで罰がてら教えられているわけだ。
俺にとっていろんな文字を覚えられる機会だから利点しかないと思うかもしれないが、前世でブラック企業で働いたせいで死んだ俺にとっては人から強制される勉強などトラウマを呼び起こすスイッチでしかなかった。
彼女は俺に勉強をさせることで罰とするつもりだったのだろうが、違う意味で俺にとっての罰になったというわけだ。
なぜこんなことになっていると、それはリュコの魔法が爆発をした件のせいだった。
あの日、彼女の魔法が爆発をした瞬間、何事かと屋敷中の人間が書庫に集まってきた。
そこで視界に入ってきたのは散乱した書物と床で気絶している俺──そして、右手に酷い火傷を負ったリュコの姿だった。
その光景に全員が息を呑んだが、すぐに立ち直った大人たちはリュコの治療にとりかかった。
アレンがリュコを運び、リュコの火傷した手をクリスの魔法で冷やした。
そして、回復魔法を使える使用人が一晩かけて必死に魔法をかけ続けることによって、リュコの腕は最悪の事態を回避した。
下手をすれば壊死した腕を斬り落とすことになっていたのかもしれないが、対処が速かったおかげでそれはなくなった。
【獣人】の頑丈さも理由の一端なのかもしれない。
【獣人】は魔法を使えない代わりに、身体能力に特化した種族である。
つまり、人族に比べて頑丈であるということだ。
数時間後、ようやく意識を取り戻した俺に待っていたのはエリザベスからの尋問だった。
何が起きたのか、どうしてそんなことが起きたのか──そんなことをきつい口調で問い詰められ、俺はありのまま起こったことを話してしまったわけだ。
当然、説教を受けた。
なんせまだ4歳の子供と魔法が使えないはずの【獣人】がたった二人で魔法の訓練を行っていたのだ。
事故は起こるべくして起こったと言っても過言ではないだろう。
いや、本来であるならば事故など起こるはずはなかった。
この組み合わせでは魔法が発動する可能性はなかっただろうし、発動したとしても大した威力にならないからだ。
しかし、今回は組み合わせが悪かった。
4歳児ではあるが前世の知識と女神さまから与えられた力のおかげで天才の俺と獣人なのに異常なほど魔力を保有しているリュコの二人だ──俺たち二人が組み合わせることによってあの爆発が起こってしまったということだ。
説教をされたことで──いや、あんなことになってしまったことで当然俺は反省した。
別に俺自身が自分のミスで怪我をする分にはここまで反省することはなかっただろう。
しかし、今回は俺のミスでリュコに大怪我を負わせてしまったのだ。
俺自身が魔法の初心者であったため、あのような事態になるということすら頭になかったことも原因の一つではあるが、それもよく考えれば想定できることだった。
なまじ俺が一発で出来てしまったために他の人も簡単にできると軽く考えてしまっていたのかもしれない。
説教後、俺はリュコが意識を取り戻したという話を聞き、すぐに彼女のもとに走っていった。
ベッドで横になる彼女の横で俺は涙を流しながら謝った。
前世ではどんなにブラック企業で働き詰めにされても泣き言一つ言わなかった俺が身近な人が自分のせいで傷ついただけでそこまでショックを受けたのだ。
そんな俺にリュコは弱々しくも笑顔を向けてきた。
『グレイン様が謝ることではないですよ。むしろ、私のような使用人がグレイン様を傷つけてしまったのですから、謝るのは私の方ですよ』
自分の方が酷い怪我を負っているのに、仕えている俺の方を心配する言葉だった。
異世界の貴族社会であるならば当然のことなのかもしれないが、元々日本で生活してきた俺にとっては逆に自分が非難されているように感じる言葉だった。
もちろん彼女にそんな意図はない。
本心から俺のことを心配したからこその言葉だったのだろう。
だからこそ俺は余計に罪悪感を感じてしまうわけだが……
「リュコ、すごいわね。私なんて魔力を一定にするなんてできないわ」
「そんなことはないはずですよ。アリス様なら絶対にこれぐらい簡単にできるようになるはずです」
「……もうかれこれ1年以上訓練してるのにできないわよ?」
「そ、それはまだコツを掴めていないからでは……」
「グレインは数分で出来たんでしょ? まだ4歳なのに……」
「それはグレイン様がおかしいだけですよ。6歳のアリス様ができなくてもおかしくはないと……」
リュコはアリスが楽し気に会話している姿を横目に見る。
アリスは魔力を扱って魔法を使うことはできるのだが、細かい調節をすることはできない。
なので、リュコと同じ訓練を受けているわけだ。
といっても、すでにリュコの方が上達してしまっているわけだが……
「こら」
(バシッ)
「ひゃうっ」
そんな会話をしていると、リュコの手元をクリスが棒で叩いた。
といっても、痛みを与えるように強く叩いているわけではなく、注意を促すためにギリギリ痛くないレベルで叩いているだけだ。
「……魔法を扱うのはとても危険。だから、集中しなさい」
「はい……わかりました」
「……アリスも自分のやることに集中しなさい。お転婆に育つのもいいけど、魔法の扱いまでお転婆はダメ」
「う~」
二人ともクリスに怒られ、シュンとしている。
やはりクリスは魔法を指導するのに最適の選択肢だったのだろう。
あまり口数は多くないのだが、きちんと的確に必要な情報を出している。
危ない場合には注意を促し、正しい方へと修正している。
教えることになれているのかもしれない。
「グレインもこちらに集中しなさい。これは自分で望んだことでしょう?」
「わかってるよ。ただ、気になって……」
余所見をする俺にエリザベスが文句を言ってくるが、俺としてはやはりリュコのことが気になってしまう。
別に恋愛感情とかではない、ただただ自分のせいで傷ついてしまった彼女を見守らないといけない気持ちがあるだけだ。
しかし、そんな俺にエリザベスは呆れたようにため息をつく。
「はぁ……そんなに気にしなくていいんじゃないかしら? 確かに私も怒ったけど、それは魔法の訓練を勝手にしたことに怒っているだけよ」
「でも、僕のせいでリュコを傷つけちゃったんだよ?」
「別に後遺症は残っていないし、あれから数日しか経っていないのにすでに日常生活に戻れるほど回復してるわよ」
「……それでも傷つけたのは事実だよ」
僕はリュコの右腕に視線を向ける。
彼女の右腕は日常生活が送れるほど回復しているのは事実ではあるが、だからといって以前と同じわけではない。
たしかに以前と同じように動かすことはできるかもしれないが、彼女の腕には酷い火傷の跡が残っているのだ。
それを見るたび俺はこの先ずっと後悔してしまうだろう。
そんな俺にエリザベスは妙なことを言ってくる。
「そんなに申し訳ないならリュコちゃんをお嫁さんにもらっちゃえば? 傷つけたことを申し訳なく思ってるんでしょ?」
「へっ、そういうわけじゃ……」
「あらあら、照れちゃって可愛いわね。4歳なのに、もうこんなことを考えているなんて……」
「ちょっ、なにを……」
「別にいいんじゃないかしら? 私としてはあんなかわいい子が娘になるなんて嬉しいし、グレインにお嫁さんができたら母親として安心だわね」
「いや、流石に早すぎるでしょ?」
「ふふっ、早いに越したことはないわよ?」
「はぁ……」
母親の言葉になぜか僕は焦ってしまっていた。
俺としては全くそんなことは考えていなかったのだが、その言葉のせいで変に意識してしまう。
自身の言葉を思い返すとたしかにそう取られてもおかしくないことに気付き、さらに顔が赤くなる。
俺は思わずリュコの方に視線を向ける
「?」
(バッ)
いきなり視線を向けられたリュコはよくわからなかったのか首を傾げたのだが、その姿がかわいく見えてしまったので即座に顔を逸らしてしまう。
今まで近くにいてそんなことを考えたことなかったのに……
まさか……本当に……
まさかのヒロインに……
本来予定していなかったのですが、せっかくなのでヒロインにしてみました。