1-6 死んだ社畜は本を読む (改訂版)
本日、2話目更新です。
「すごいですね」
「ああ、そうだね」
書庫に入った瞬間、リュコと俺は似たような反応をしてしまった。
まあ、目の前にズラッと並んだ本棚を見れば、そのような反応になってもおかしくはないだろうが……
縦に6段、横に2メートルぐらいの本棚が向かい合って4つずつ、それが10列ほど並んでいた。
1冊を大体5センチと換算すると、一段で40冊、向かい合った本棚で大体1000冊ぐらいだろうか?
つまり、単純計算するとこの部屋全体で大体10000冊ぐらいあるということである。一家庭にある本の量としてはかなり多いはずだ。
読む人もいないのに、なんでこんなに本が置いてあるんだろうか、思わず疑問に思ってしまう。
まあ、細かい事は置いておこう。
「まずは読めそうな本を探そうか」
「はい。といっても、私は本当に日常生活で最低限必要になってくる簡単な文字しか読めませんけど……」
「僕も大してかわらないよ。これから勉強していくんだしね」
「まあ、そうですよね」
「とりあえず、リュコは上の方を探してくれない。僕じゃ危ないだろうし」
「ええ、そうですね。上の方は私が探しますね」
そういって、僕たちは二手に分かれて読めそうな本を探していく。
といっても、10000冊もある書庫の中にある本を確認していくのに、二手に分かれたとしても時間はかなりかかる。
俺は3段目から下の本棚を探しているのだが、一列を確認するのに大体1,2分かかるのだ。
この部屋中の本を確認するのに単純計算で200分──3時間以上かかってしまうわけだ。
ちょっと面倒だなと思ってしまうが、それでもこの世界の知識を得るためには必要な労働なのだ。
アレンやリズ、クリスなど大人から話を聞くのも悪くはないのかもしれないが、人づてに聞くのはあまりいい手段とは言えない。
何かやるためのコツなどは聞いた方が良いのかもしれないが、知識などについては個人の主観が入っていることが多いので、本などから得た方が正確であることが多い。
まあ、本にも主観が入っているものもあるので一概にこちらの方が良いというわけでもないが……
しかし、ここにある本は小さな子供が読むことを考えた本がほとんど置いていない。
まあ、そもそも4歳でここまで積極的に本を読もうと考える方がおかしいのだが、それにしても題名すら読めないものが多いのだ。
簡単な文字ぐらいなら4年もこの異世界で過ごしていると読めるようになっているのだが、ここにある本は日常生活レベルでは読むことができないものばかりということだ。
これはリュコも探すのは苦労しているのではないのだろうか?
いずれはこういうのを読めるようになりたいが……
「グレイン様」
「ん? どうした……って、多っ!」
俺が黙々と読めそうな本を探していると、リュコがいきなり声をかけてきた。
振り向くとそこには10冊ほどの本を抱えたリュコの姿があった。
驚いて、思わずそんな反応になってしまったのだ。
「読めそうな本がこれだけありましたよ」
「そんなにあったの? こっちは1冊も見つけられなかったのに……というかまだこの部屋の1,2割ぐらいしか本棚を見れてないんだけど……」
「私はこの列以外全部確認しましたよ?」
「早くないっ!?」
あまりの早さに驚いてしまう。
この部屋に入って20分ぐらいだろうか、たったそれだけの時間で10000冊ぐらいある本をすべて確認したということだ。
なんでそんなに早いのだろうか?
「別に読める題名の本を探しただけですよ? それだけならパッと見るだけでわかりますし……」
「それでも早すぎると思うけど……」
「そうですか?」
「……」
特に大したことをやっていないとばかりの彼女の反応に俺は何とも言えない気持ちになってしまう。
まあ、本人が大したことないと思っているのだったら、こちらも気にしなくてもいいだろう。
とりあえず、今後は探し物をする際には彼女に頼むことにするが……そっちの方が効率がよさそうだし……
「で、どんな本があったんだ?」
「そうですね……絵本がほとんどです」
「ああ、そうだな」
机の上にリュコが持ってきた本を広げる。
そこにあったのは……
【世界がどうやってできたのか】
【リクール王国の成り立ち】
【龍に滅ぼされたアスラ王国】
【騎士王の物語】
【暗殺術・初級】
【キッド船長の大航海】
【図解・魔物の生態】
【女神エリスの素晴らしさ】
【サルでもわかる料理の作り方・初級編】
【サルでもわかる魔法の使い方・初級編】
「……なんだろう、このラインナップ」
目の前にある本の表紙を見て、思わずそんな言葉を漏らしてしまう。
たしかにどれも俺の知識で題名が読めたのだが、その内容に疑問を覚えてしまったのだ。
世界や国の成り立ちについてはわかる。
騎士王や航海なども物語としてはよくある話だろう。
だが、子供が読める本として国が滅ぼされる話や暗殺術の教本というのは果たして存在してよいのだろうか?
絵本というのは本来子供の情操教育のために使われるのだから、教訓や勧善懲悪、国や世界の成り立ちの物語が多いはずだ。
まあ、国が滅んだ話については教訓とかがあるかもしれないのでまだわからないでもない。
しかし、暗殺術の方に至っては完全に子供に読ませるような本ではないと思ってしまう。
いや、この世界では暗殺術は子供のころから訓練するようなものなのだろうか?
そうだとすると、俺はこの世界の価値観に深い闇を感じてしまう。
あと、【サルでもわかる~】シリーズは一体何なのだろうか?
世界を渡ったとしても、猿という生き物はそういう扱いをされているのだろうか?
極めつけは【女神エリスの素晴らしさ】という本である。
俺でも読める題名であるということは子供に女神の素晴らしさを伝えるための本であることは理解できる。
しかし、俺はこの本を読む気持ちが全く起こらない。
なぜなら、4年前に本物の女神さまと出会っているからだ。
まあ、この本に書かれてある女神さまがあの女神さまと同一人物かどうかはわからないが、それでも同一人物だった場合は非常に困る。
おそらくこの作者さんは女神がいかに素晴らしい存在であるかを想像してこの本を書いた可能性が高く、その女神さまに対する賛辞の言葉が書き連ねられているのだろう。
しかし、実物に会った俺からすれば、女神さまの美点などを書くのにこの本の厚さもいらないと思ってしまうのだ。
確かに美人であることは認めるが、それ以外に褒めるところが見つからない──かなり残念な印象しかないのだ。
この本に書かれてある内容と現実のギャップに耐えられそうにないので、読もうとすら思えないのだ。
「どうしましたか?」
「いや、なんでもない……とりあえず、これを読もう」
じっとしていた俺にリュコが声をかけてきたが、僕は先ほどまでの考えを彼女に悟らせないために別の本を手に取った。
俺にとって女神さまは残念な存在であるのだが、この異世界の人にとって女神さまというのは憧れる存在かもしれないので現実を突きつけるわけにはいかないのだ。
というわけで、僕は一番読みたいと思った【サルでもわかる魔法の使い方・初級編】を手に取ったのだ。
「え? その本ですか……」
「どうした?」
俺が獲った本を見て、リュコの表情が陰る。
一体、どうしたのだろうか?
「えっと、私は【獣人】なんですけど……」
「知ってるけど?」
「……【獣人】は魔法が使えないんです。使うことができても体内魔力量はそこまでないので、大した魔法が使えないんです」
「それは普通の【獣人】だろう? たぶんだけど、リュコは魔法を使うことができると思うよ?」
「えっ!? どういうことですかっ!?」
俺の言葉にリュコが詰め寄ってくる。
彼女にとって魔法を使えるというのは、それほど魅力的な事なのかもしれない。
まあ、種族的に使えないと言われているのだから、使えるとわかったら期待しても仕方がないだろう。
そんな彼女に俺は説明する。
「父上や母上たちが魔法を使うときに何か体内を流れるのが見えたんだ。それがリュコの中にもあるように感じるから、たぶんだけど魔法を使えると思ったんだ」
「……それはつまり私の中に魔力がある、ということですか?」
「うん、そういうことだね。しかも、母上に匹敵するぐらい大きい塊が、ね」
「エリザベス様にですかっ!?」
俺の言葉にリュコが驚愕の表情を浮かべる。
ちなみに俺が言っていることは嘘ではない。
この4年間、赤ん坊としてあまり動けなかった俺は家族の日常生活をじっと見ていた。
そして、両親が日常生活で魔法を使っている時に何かが体内を巡っていることに気が付いたのだ。
全魔法適性のおかげなのかはわからないが、他人の魔力を把握することができるわけだ。
それでリュコの中に母上並みの魔力の塊があるのが確認できたわけだ。
「どんな魔法が得意かはわからないけど、少なくともその魔力で魔法が使えないはずがないよ」
「でも……どうして?」
「う~ん、それはわからないな。でも、魔法が使えるんならいいんじゃない」
「……そうですね。魔法が使えるのなら、その本を読むのも怖くないです」
「ははっ、その意気だよ」
リュコが元気になったので、二人で【サルでもわかる魔法の使い方・初級編】をめくっていった。