1-5 死んだ社畜は4歳になりました(改訂版)
※リュコの年齢を主人公の10歳年上にしました。
これについてはいろいろ思うところはあると思いますが、作者としては10歳差は許容範囲内だと思っています。作者自身も年上好きですし……一応、一回り上ぐらいまでなら許容範囲だと思っています。
といっても、本当にギリギリだとも思っていますが……
この異世界に転生して4年の月日が経った。
4歳ともなれば日本で言うならば幼稚園児──まだまだ子供ではあるが、それでも赤子のころに比べれば格段に行動がしやすくなった。
自分の思っていることを伝えるのに必要な言葉も思うように発することができるようになったし、動き回るために必要な体の動きも慣れてきていた。
この異世界のことについていろいろと見聞を広めるために自由に動こうと思っていたのだが、この世界での俺の立場がそれを許さなかった。
いくら男爵家とは言え貴族の端くれであるため、子供の俺が動き回るには常に使用人を伴わないといけなかった。
「グレイン様、本日はどうされますか?」
「それはついてからのお楽しみだよ」
廊下を歩いていると、俺の横にいるメイドが質問してきたので、悪戯めいた風に返事をする。
彼女の名前はリュコス──彼女の周囲にいる人間は愛称でリュコと呼んでいる。
年齢は俺の10歳年上の14歳で、日本で言うならば中学二年生ぐらいなのだが、年齢の割には大人びた印象の少女である。
彼女の髪は美しい亜麻色で大変綺麗なのだが、彼女にはそれ以上に特徴的な部分がある。
それは彼女の耳である。
本来、人間にあるべき耳が顔の横ではなく頭の上──まるで犬や猫のような耳がついているのだ。
別にこれは彼女が遺伝的におかしなことになっているというわけではない。
これは彼女が【獣人】という種族だからこそ、このような耳がついているのだ。
この異世界には人間以外にも様々な種族がおり、獣人・エルフ・ドワーフ・小人族・巨人族・魔族などがいるらしい。
しかし、どこの世界でも馬鹿な考えを持つ人間はいるもので、この異世界ではそれが人間だった。
どの種族も人間の特徴を有していることで自分たち人間が大元のオリジナル、それ以外はパチモン──つまり偽物だと言い始めたのだ。
そして、その思想から自分たちのことを人族と呼び、それ以外を亜人族とひとまとめに呼称する時代もあった──というか、今でもそういう考えを持っている奴が一定数いたりする。
そのせいで2,30年前までは種族間の大戦が行われていたらしい。
人族対その他の種族との戦争が起こったのかというと、実はそうでもないらしい。
確かに他の種族は人族から見下されることに怒りを覚えていたのだろうが、だからといってそれぞれの種族が仲が良いわけではなかった。
例えば、エルフとドワーフは種族的に仲が悪かったので共闘などできるはずもなかった。
魔族は他種族とは違って闇属性の魔法を使うことができるので、それで他の種族から嫌われていたらしい。
獣人は人族よりも数が多いのだが、そのせいで獣人の中でもどの種族の味方になるかでもめていたりしたらしい。
いろんな種族が入り乱れ、あらゆるところで小競り合いから殲滅戦まで行われていた。
数年どころか数十年にわたっての戦争であったため、かなりの死傷者がでてしまったらしい。
当然、そんなことになってしまえばどの種族が勝ったとしてもメリットよりデメリットの方が多くなってしまう。
どの種族が言い始めたのかは知らないが、これ以上自分たちが疲弊しないようにとそれぞれの種族で和平を結ぶことを決めたらしい。
そのおかげでどの国でも他種族に対して敵意を向けるような人間は減ったらしい。
だが、それでも昔ながらの考え方を持った人間も残っている。
とりあえず、国の中枢部の半数──国家運営をする半数が未だにそういう思想を持っているらしい。
まあ、王族は種族融和──種族による差別をするのをやめるべきだという考え方なので、差別派の意見はそこまで大きくなってはいないようだが……
なんで人族の国の南端に位置している男爵家にいる俺がそんなことを知っているのかというと、このカルヴァドス男爵領の領地の特徴にある。
このカルヴァドス男爵領はリクールの南端に位置しているが、決して大陸の南端に位置しているわけではない。
他の国と面しているわけだ。
そのほかの国というのが、獣王リオンが治める獣人の国【ビスト】と魔王ルシフェルが治める魔族の国【アビス】なのだ。
先の大戦の3つの勢力の境目となっている領地──それがこのカルヴァドス男爵領なのだ。
この領地は人族の国の領地ではあるが、ありとあらゆる種族が入り乱れて暮らしている。
正確に言うと、他の場所でも他種族は暮らしていることはあるのだが、この領地ではその数が異常に多いのだ。
それは俺の父親──アレン=カルヴァドスが「他種族だろうと男爵領に住む者はすべて領民だ」と宣言し、他種族にとっても住みやすい領地にしたのだ。
そして、他種族が仕事に困らないようにいろいろと斡旋したらしく、リュコスはその一人としてこの男爵家でメイドとして働くようになったのだ。
まだ幼い彼女を屋敷にいる使用人たちは可愛がり、自分たちの持つ様々な技術を叩きここんだ。
この屋敷の使用人になってから数年経つころには彼女はあらゆる場所で働くことができるほどオールマイティーな存在になっていた。
そして、俺が産まれると彼女は俺の専属メイドになったというわけだ。
あらゆる技能を持つ彼女が傍にいることで俺は大変過ごしやすい幼児期を過ごしていた。
彼女は言葉があまり使いこなせていない時期の俺の声を聞き、的確に俺の求めることをしてくれたほどだ。
正直、俺にはもったいないと思うほど優れたメイドだった。
唯一、彼女に足りないものは……俺は横目で彼女のとある一部分を一瞥する。
「……グレイン様、何を考えていらっしゃるんですか?」
「……ナニモナイデスヨ」
俺が何を考えているのか察したのか、ものすごい目つきで睨み付けてきた。
クールビューティーな年上の美女に睨みつけられるのはかなり怖い。
というか、俺は何も口に出していないのにどうして俺の考えていることを彼女は察することができたのだろうか?
獣人としての勘なのか、はたまた女の勘なのか……
「よし、着いたな」
「ここは……」
そんな会話をしている間に大きな扉の前に着いた。
ここが今日の目的地である。
「書庫だよ。ちょっと本を読みたい気分なんだ」
「えっ!?」
俺の言葉に彼女は驚いたような反応を示す。
その表情は普段の彼女からは想像できない焦りのようなものを感じた。
普段のクールな雰囲気からは考えられないが、これはこれでギャップとして彼女の魅力のようにも感じるので今後もこういう表情を見たいと思ってしまった。
だが、とりあえず今は彼女がどうしてこんな反応をしたのかを聞かないと……
「どうしたの?」
「えっと……なんでも、ありませんよ?」
俺の質問に彼女はしどろもどろになりながら答える。
それでは何かあると言っているようなものだろう。
そんなことも判断できないほど、彼女は焦っているのだろう。
しかし、どうして彼女はそんなに焦っているのだろうか……
もしかして……
「文字が読めない、とか?」
「っ!?」
俺の言葉に彼女は全身を大きく振るわせる。
俺から視線を逸らし、困ったような表情になってしまっていた。
顔には大きな汗の粒が浮かんでいるほどだった。
なるほど……図星のようだ。
しかし、これは意外である。
「優秀なリュコのことだから、文字ぐらい読めると思っていたけど……」
「か、簡単な文字は、よ、読めますよ? ただ学校に入ることができるほどの読み書きができないだけで……」
「まあ、簡単な読み書きができないと日常生活を送ることすら難しいからね? というか、他の使用人たちからは教わらなかったの?」
「……先輩方からは基本的な仕事の技能しか教わりませんでした。なんでも学は捨てて、その道を究めるために修行をしてきたので教えられないということで……」
「なるほど」
どうやらうちの使用人たちは読み書きができない人間が意外と多いらしい。
これはそのうちどうにかしないといけない問題かもしれない。
ただただ使用人として働く分には問題はないのかもしれないが、もし彼らが屋敷から出て行ったりするときに生活をするうえで不便になってしまうだろう。
そうならないためにも、最低限生活に必要な読み書きぐらいはできるようにしないと……
まあ、それは後でもいいか。
とりあえず、今はリュコのことである。
「私も別に屋敷で仕事をする分には問題ないと思い、読み書きの勉強は後にしてきました。特にそれで仕事に支障はありませんでしたし……」
「まあ、屋敷で仕事をする分には困らないかもしれないけど、屋敷の外に出るときに困るよ?」
「どういうことですか?」
俺の言葉に彼女は首を傾げる。
クールな雰囲気の彼女が首を傾げ、疑問に思っている表情がギャップで可愛らしく思ってしまったが、今は関係ない。
彼女に読み書きができないことに関するデメリットを伝えなければ……
「世の中ってのは意外と文字や計算が多いんだ。いや、むしろそれらで形成されると言っても過言じゃないかもしれないね」
「……そうなんですか?」
「もちろん。例えば、リュコが買い物に行ったとするよね?」
「はい」
「例えば、野菜を売っている店に買い物に行ったときに、目的の野菜が銅貨10枚で売られていたとしよう。野菜の前には銅貨10枚と書かれた値札が置かれています」
「まあ、そうでしょうね」
俺の言っている状況を想像できたのか、彼女は頷く。
状況を理解できているようなので、続きを説明する。
「店主の全員がそんなことを考えるとは思わないし。むしろちゃんとした店主さんの方が多いのはわかっているけど──もし、リュコが読み書きできないことを知っていて、騙そうとする店主だったらどうなると思う?」
「そ、それは……ですが、流石に私は数ぐらいは読めますよ?」
「うん、そういうことじゃないよ。とりあえず、読み書きができないという前提で話しているだけだから」
「……はい」
反論しようとしたが、俺の言葉にそれ以上の言葉を収めるリュコ。
まあ、馬鹿にされていると思ったのだろうから、反論したい気持ちはわからないでもない。
でも、今は俺の説明の方が大事だ。
「例えば、店主が銀貨1枚といったとしても、リュコはそれが嘘であることが見抜けないわけだ。つまり、銅貨10枚のために銀貨1枚を使うなんてぼったくりに遭ってしまうわけだね」
「な、なるほど」
俺の説明にリュコは驚いたような表情を浮かべていたが、どうやら納得することができたようだ。
この異世界には貨幣が4種類──下から銅貨、銀貨、金貨、白金貨がある。
それぞれ100枚ごとに上位の貨幣の1枚と互換される。
銅貨10枚が日常生活でよく使われている野菜一つ分ぐらいだと言われ、大体日本で言うならば100円程度だろうか?
つまり、銀貨1枚で1000円、金貨ならば10万円、白金貨ともなれば1枚で1000万円となるわけだ。
先ほどの例でいうならば、彼女は野菜を一つ買うのに100円で済むところを1000円も支払ってしまうことになるわけだ。
本当にぼったくりだ。
これがもし貴重なものであったり、異常に供給量が少ないのであればその値段でもおかしくはないのかもしれないが、今回はあくまで日常での話であり、普通に考えれば完全なぼったくりであるわけだ。
とりあえず、そんなぼったくりに遭わないためにも彼女には読み書き計算など、地球で言うところの小学生程度で出来ることは最低限覚えてもらった方が良いと思ったわけである。
「まあ、僕も文字を覚えるのも目的の一つとして本を読みに来ているから、一緒に勉強しよう」
「えっ!? よろしいのですか?」
俺の言葉にリュコが驚きの表情を浮かべる。
一体、彼女は何を驚いているのだろうか?
「ん? 何を驚いているの?」
「いえ……私のような一介の使用人が主人と同じことをするというのは恐れ多いというか……」
「ああ、なるほど……そういうことか」
何を彼女が気兼ねしているのかを察することができた。
まあ、彼女がそういう気持ちになるのはわからないではない。
だが、これは彼女のために必要な事だと思っているので、俺は何の気なしに伝える。
「別に気にしなくていいよ。一緒に勉強した方が効率もいいしね」
「……本当ですか?」
「うん、もちろんさ」
心配そうなリュコに俺は笑顔で答える。
彼女は使用人ではあるが、俺からすれば身内だと思っている。
というか、うちの家族は基本的に使用人のことを身内だと考えている節がある。
主従関係云々を考える上ではあまりよろしくない考え方かもしれないが、カルヴァドス家自体がそういうものを気にしない──というか、そういうのがあまり好きではない家風なのだ。
「では、お言葉に甘えさせていただいて、一緒に勉強させていただきます」
「うん、それがいいよ」
「まあ、そちらの方が監視する手間も省けますし……」
「えっ!? 監視っ!?」
突然の彼女の言葉に今度は俺が驚いてしまった。
なぜ彼女は俺のことを監視しているのだろうか?
「グレイン様は普段からいろいろと周囲を不安にさせるような行動をされているので、きっちりと監視するようにとエリザベス様からのお達しです」
「……そんな行動はしていないつもりだけど」
どうやらエリザベスからの指示のようだ。
だが、俺は別にそんな危ない行動などしていないはずだが……
「子供には似つかわしくない考え方をしているため、大人と同じような行動をとろうとするのが見受けられます。流石に子供の体で大人の様に行動するのは無理がありますよ」
「ああ……なるほど」
「あと、私のとある一部分に対して憐憫の視線を向けていますよね?」
「……ソンナコトナイデスヨ」
彼女の言葉に俺は片言になりながら、視線を逸らす。
どうやら俺の考えていることは彼女にバレてしまっているようだった。
これは気を付けておいた方がいいな。
リュコに冷たい視線を向けられながら、俺はそんなことを考えていた。
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