閑話9-8 助けられた少女は高校生になった
あれから須藤さんと仁川さんと別れ、私と吉田さんは教室に戻った。
鞄を取りに行くためだったからだ。
まさかあんなことになると思っておらず、私は鞄を持ってこなかった。
といっても、吉田さんは鞄を持ってきていたが、私についてきてくれていた。
もちろん、本当の理由は別にあるのだろうが……
「ねえ」
私が自分の席に辿り着いた瞬間、吉田さんが話しかけてきた。
その声は今までにないぐらい真剣な声だった。
それも仕方がない。
私はそんな彼女に合わせ、真剣な表情で振り向いた。
「何かしら?」
「一つ聞きたいことがあるわ」
「一つだけでいいの?」
彼女の言葉に私は思わずそう返してしまった。
茶化すように聞こえてきたかもしれない。
だが、聞きたいことが一つだけは少ないのではないか、と思ってしまったからだ。
もちろん、その一つの質問の内容は理解できる。
だからこそ、それ以外のことも聞いてくると思っていたのだけど……
「ええ、一つだけで十分よ」
「そう、ならいいわ」
私の言葉に怒った様子もなく、吉田さんは答えた。
どうやら無駄話をするつもりはないようだ。
早速、彼女は私に問いかけてくる。
「さっきの話に出てきた宮本さんを助けてくれた人って……」
「ええ、吉田さんの思っている通りよ。吉田 歩さん──あなたのお兄さんね」
「っ!?」
私がはっきり告げると、吉田さんは驚きの表情を浮かべる。
彼女から聞いてきたはずなのに、おかしな話である。
しかし、半信半疑だったのかもしれない。
まさか、こんなところで数年前に亡くなったはずの自分の兄の話を、出会ったばかりの私から聞くとは思わなかったのだろう。
「実は、私は吉田さんと入学前に一度、会っているのよ?」
「えっ!?」
「その様子だと覚えていないみたいね……まあ、兄を亡くしたばかりの吉田さんには酷な話かもしれないけど……」
「あっ!?」
私の言葉に吉田さんは何かに気が付いたようだ。
おそらく、彼女の想像していることが答えだろう。
「もしかして、お葬式の時に来ていた……雰囲気の暗そうな……」
「ええ、そうよ。まあ、あの時と姿がこんなに変わっているのだから、わからなくても仕方がないわね」
「……ごめん」
「謝らなくていいわよ。別にそんなことで怒るつもりもないし……」
申し訳なさそうにする彼女に私は告げる。
変わる前と今の私の姿を結びつけることができる者はほとんどいないと思っているからだ。
一番身近にいた家族も驚くほどだったし、私自身も自分の変わりように驚いてしまったぐらいだ。
過去に一度出会い、その数年後に全く違う姿で再会──結び付けることの方が難しいはずだ。
といっても、私の変化はどうでもいいだろう。
今は彼女のお兄さんの話だ。
「さて、お兄さんの話を聞いて、どうするつもりかしら?」
「え?」
「え?」
私の質問に吉田さんは呆けた声を出す。
それにつられ、私も呆けた声を出してしまった。
いや、なんで?
「他に聞きたいことがないの? もしかして、本当に聞きたいことは一つだけなの?」
「そう言ったじゃない」
「たしかにそうだけど……普通、新しく聞きたいことぐらい思いつくでしょ? 知り合ったばかりのクラスメートが死んだはずのお兄さんのことを知っているのよ? 気になって仕方がないでしょ?」
「知っていると言っても、交通事故から助けてもらったぐらいでしょ? そんな人がお兄ちゃんのことを答えられるほど知っているとは思えないけど?」
「うぐっ!?」
吉田さんの指摘に私は言葉を詰まらせる。
たしかにその通りかもしれない。
私が知っている吉田歩さんは見知らぬ少女を交通事故から助けようとするほどのお人よしだということだ。
あと、生前はブラック企業に勤めていた、ということぐらいか?
その程度の情報、実の妹なら聞く必要はないだろう。
なんか、真剣な雰囲気になっていたのが恥ずかしくなってきた。
「でも、なんで真剣な表情で聞いてきたの? てっきり、罵声を浴びせられると思っていたんだけど……」
「罵声? なんで?」
「え? いや……私のせいで吉田さんのお兄さんは亡くなったわけだから、私はお兄さんの仇というか……」
よくわかっていないように小首をかしげる彼女に私はそう告げた。
もちろん、私はお兄さんの仇ではないだろう。
しかし、私が原因でお兄さんが死んだのも事実である。
だからこそ、彼女から恨まれても仕方がないと思っていたが……
「見くびらないでもらえるかしら?」
「えっ!?」
彼女から帰ってきた言葉に私は呆けた声を出してしまった。
目の前にはこちらを真剣に見てくる吉田さんの姿があった。
「お兄ちゃんはお兄ちゃんの思った通りに動いたの。困っている人を見つけたら助けずにはいられない、そんなお兄ちゃんの行動の結果があの交通事故よ」
「え、ええ……そうね」
「結果としてお兄ちゃんは命を落としてしまったわ。でも、それで宮本さんを恨むなんてことを私がするわけないじゃない。お兄ちゃんだって、そんなことは望んではいないわ」
「そ、そう」
吉田さんの口調がヒートアップしていく。
普段の落ち着いた雰囲気とは違い、どんどん口から言葉が紡がれていく。
もしかすると、彼女は……
「宮本さんを助けたお兄ちゃんを下げるようなこと、言わないで」
「わ、わかりました」
吉田さんの言葉に私は頷くしかできなかった。
だが、これで理解できた。
どうやら、彼女はブラコンである、と。
ブックマーク・評価・レビュー等は作者のやる気につながるので、是非お願いします。
勝手にランキングの方もよろしくお願いします。
 




