閑話3-26 氷の微笑が鬼神に変わったとき 26
あの騒動の後、アレンたちはエリザベスとともに酒場へと戻った。
暴漢たちはクリシアが話をつけたので、その場で解散することになった。
クリシア曰く、新しい就職先を与えたので、そうそう裏切ることはないとのことだ。
「……つまり、私と結婚するために、そこのお嬢様と結婚するということね?」
ジョッキを片手にエリザベスがアレンに問いかける。
先ほど、アレンの置かれている状況をすべて説明した。
話に割り込むことなく、ただただ聞いてくれていたので、すべてを話すのにそこまで長くかからなかった。
そして、すべてを聞いたうえで、彼女はそう問いかけてきたのだ。
「ああ、そういうことだ。俺は貴族になってしまったせいで、貴族の権力闘争に巻き込まれることになってしまう。それをできる限り避けるために、クリシア様との結婚を了承したわけだ」
「ふぅん、なるほど……」
アレンの言葉にエリザベスは納得したような反応を示す。
先ほど告白されたはずなのに、他の女と結婚すると告げられて何も思わないのだろうか?
エリザベスはクリシアに声をかける。
「それで、貴女はいいのかしら?」
「何がでしょうか?」
「この男、貴女と結婚するとか言っているけど、私のことが好きみたいよ?」
「ああ、そのことですか。それについてはもう話は済んでいますよ?」
「そうなの? いつの間に?」
「エリザベス様が逃げ出す前ですね」
「……ああ、あの時」
クリシアの言葉にエリザベスが納得する。
エリザベスが聞いたのは、アレンがエリザベスに告白する宣言したところだけだった。
それ以前の会話は全く聞いていなかった。
だからこそ、アレンがクリシアと結婚することは先ほど初めて知ったのだ。
「アレン様は約束をしてくれましたから」
「約束?」
「はい。結婚するのであれば、エリザベス様と同じぐらい私を愛そうとしてくれる、と。政略結婚だとしても、不幸にはさせない、と」
「……なるほどね。アレンがそこまで言うなら、そうなのかもしれないわね」
「そういうことです。それに、私としては一目惚れした相手のそばに居れるので、それで十分嬉しいですけど……」
「惚れた弱み、というやつね」
照れた顔のクリシアを見て、エリザベスの表情も柔らかくなる。
同じ男に惚れたもの同士、仲間意識が芽生えたのかもしれない。
貴族と平民、大人しい系と強気系──二人はいろんな点で真逆かもしれないが、それでも同じ部分があれば、共感することができるわけだ。
「あ、それと私のことは「クリス」と呼んでください。一緒の場所に嫁ぐのですから、愛称で呼んでもらいたいです」
「わかったわ、クリス。私のことも「リズ」でいいわ。本名だと少し長いしね」
「はい、リズ」
二人はお互いを愛称で呼びだした。
どうやら、かなり仲良くなったことだ。
一夫多妻をするうえでの問題の一つとして、妻同士のいがみ合いがあったりするらしい。
だが、これほど仲が良ければ、そういう問題はないのかもしれない。
まあ、実際に生活を送ってみなければ、わからない部分もあるかもしれないが……
「とりあえず、一番の問題は片付いた、ってことでいいか?」
「一番の問題?」
アレンが肩の力を抜き、呟いた。
それにエリザベスが反応する。
アレンは説明をした。
「俺がリズ先輩に告白するなんて、無理だって言われていたんだよ。失礼な話だよな?」
「……どういうこと?」
「今まで俺がリズ先輩に好意を伝えられていなかったから、告白することなんてできるはずがない、って。でも、こうやって告白を成功させたわけだから、そいつらの見立てが間違っていたってことだよな?」
告白を成功させたことで気が大きくなっていたのか、アレンは自信たっぷりに告げる。
彼自身、馬鹿にされていたことを気にしていたのかもしれない。
まあ、男として好きな女に好意の一つも伝えられない、と情けない判断をされれば、気にもするだろう。
だが、アレンはあることに気が付いていない。
「その見立ては間違っていないんじゃない?」
「え?」
自信たっぷりのアレンにエリザベスは告げる。
いきなりの言葉にアレンは少し驚く。
「今回、私が偶然聞いてしまったことで、アレンは慌ててしまった。だから、普段通りの状態じゃなかったわけよ。普段だったら、絶対に告白はできていないでしょ?」
「……そんなことは」
「私、今までアレンから男としての好意を伝えられた記憶はないけど? 先輩後輩以上の関係だと感じたことがないんだけど?」
「うぐっ!?」
エリザベスの言葉にアレンは項垂れる。
他人から言われるのは、まだ耐えられる。
本人ではないのだから、二人の間にある信頼関係が理解できないのだと反論ができるから。
しかし、本人から言われれば、それは事実となる。
つまり、エリザベスはアレンからの好意を全く気づいていなかったわけだ。
「はははっ、言われたな、アレン」
「まさか、本当に好意を感じてなかったとは……」
エリザベスに打ちのめされたアレンをマスターが慰める。
いや、慰めるというよりは笑い飛ばしているのか?
下手に深刻になるより、こういう方が気が楽になると思っているのかもしれない。
豪快なマスターらしい考え方である。
「今後は夫婦として生活するんだから、しっかりと伝えるようにするんだな。じゃないと、また大喧嘩をすることになるぞ?」
「……はい、善処します」
マスターのありがたい言葉に不貞腐れながらも受け入れるアレン。
今回の件で、自分の気持ちをしっかりと伝えないと大変なことになることは身にしみてわかった。
エリザベスと喧嘩をしたことが予想外に響いていたので、この経験を活かそうとアレンは決意したのだ。
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