閑話3-24 氷の微笑が鬼神に変わったとき 24
「そろそろ落ち着いたか?」
「……はい」
貴族のボンボンの姿が見えなくなった後、マスターがアレンに声を質問する。
マスターに抑え込まれていたアレンは力なく答えた。
【英雄】なんて呼ばれていたはずなのに、こんなあっさりと抑え込まれたことに彼のプライドが傷つけられたのだ。
「あ、アレン……」
「リズ先輩?」
そんなアレンにエリザベスが声をかける。
だが、なぜか目線が合わない。
エリザベスから声をかけているはずなのに、なぜか視線をそらしていたのだ。
どうして、そんなことになっているのかアレンは理解できなかった。
しかし、すぐに思い出す。
そういえば、自分は先ほどエリザベスに逃げられていたのだ、と。
もしかすると、エリザベスはアレンのことが好きではない──そんな考えがアレンの頭をよぎった。
実際はそんなことはなく、ただただエリザベスが恥ずかしがっているだけなのだが……
彼女の顔は耳まで真っ赤になっているのが、その証拠である。
だが、いつまでもこのままではいけないと思ったのか、意を決してエリザベスがアレンに視線を向ける。
「アレン、助けてくれて……」
「わかっていますよ、リズ先輩」
「えっ!?」
エリザベスの言葉をアレンが中断させた。
そんなアレンの言葉にエリザベスが驚きの声を出す。
というか、言葉の意味が分からない。
何を持って、「わかった」と言っているのだろうか?
周囲も首を傾げている状況で、アレンは説明する。
「リズ先輩は俺の好意を受け入れてくれないんでしょう?」
「は?」
今度は呆けた声を出してしまったエリザベス。
それもそうだろう。
先ほど伝えようとしていたのは、助けてくれたことへのお礼だ。
断じて、アレンが言っているようなことを伝えるわけではなかった。
何がわかっているのだろうか?
まったくわかっていないではないか。
先ほどまで助けてもらったことに感謝していたはずなのに、エリザベスの胸の奥に沸々とある感情が沸き上がっていた。
これは【怒り】である。
かつてないほどの【怒り】の感情が彼女の中で湧き上がっていた。
そんなエリザベスの感情に気が付いたのか、周囲の人間がアレンに呆れたような視線を向ける。
しかし、アレンはそれに気づいた様子もなく、そのまま話を続けていた。
「酒場で俺の話を聞いて、逃げてしまったんでしょう? たかが後輩の俺にあんな感情を向けられれば、困ってしまうのは理解できました」
「……アレン」
「ですが、流石にチャンスがないと分かれば、俺も諦められます。今後も冒険者としての先輩後輩として一緒にクエストを受けましょう。といっても、俺は男爵になってしまいましたから、今まで通りとはいきませんが……」
「アレンっ!」
「はいっ!?」
いろいろと言っていたアレンがエリザベスの声で驚いた。
視線を戻すと、目の前にはなぜか怒った表情のエリザベス。
どうして、彼女がそんな表情をしているのか、アレンにはわからなかった。
自分の言っていることが間違っているとは思っていなかった。
だからこそ、自分から伝えたのに……
どうして、そんな目で見つめられているのだろうか?
疑問に思うアレンをよそにエリザベスが口を開いた。
「アレン」
「は、はい……」
「私は常々言っていたわよね? 人の話は最後まで聞くように、って」
「え、えっと……そうです、ね?」
エリザベスの言葉にアレンは若干下がりながら答えた。
彼女からの教えにそのようなことがあったのはもちろん覚えている。
最後まで話を聞かないと、その話のすべてを理解できない。
すべての情報を聞かず、正しく物事を判断できない可能性があるからだ。
かつて、優秀だと言われていた冒険者がクエストを勘違いした末にとんでもないミスをしでかしたことがあったので、それを反面教師として今でもそのような指導が冒険者の間でも伝わっていたりする。
「今のアレンは私の話を最後まで聞いていたかしら?」
「……聞いてなかったです」
エリザベスの指摘にアレンが観念したように告げる。
これは説教コースだ、と諦めていた。
今日は部屋に帰ることができるだろうか、そんな心配をアレンはしていた。
だが、アレンがそんなことを考えていると、エリザベスが宣言した。
「じゃあ、言わせてもらうわね。さっきは私のことをたすけてくれてありがとう、そのことは感謝しているわ」
「あ、どうも」
説教をする前に感謝の言葉を告げてくれた。
もしかすると、エリザベスはそれを言いたかったのかもしれない。
だから、中断されたことを怒り……
「あと、私もアレンのことが好きだわ」
「え?」
「「「「「え?」」」」」
突然のエリザベスの宣言にその場の空気が一瞬で固まった。
それはそうだろう。
いきなりとんでもない爆弾がぶち込まれたからだ。
しかも、アレンからではなく、エリザベスからで……
「「「「「えええええええええええええええええっ!?」」」」」
日も沈みかけた王都の大通りに盛大な悲鳴が響き渡った。
周囲の人々は話を聞いていた人はほほえましそうにしており、状況が理解できていない人はうるさそうにしていた。
だが、アレンはそんなことなど気にならなかった。
気にする余裕がなかったとも言える。
「えっと……本当に?」
「もちろんよ。私が嘘でそんなことを言うと思う?」
アレンの質問にエリザベスは笑顔で答える。
「恋する女性は美しくなる」と聞いたことがあるが、彼女の笑顔は今までで一番美しいとアレンは感じた。
だからこそ、アレンはこの状況でエリザベスに伝えた。
「リズ先輩、好きです。俺と結婚してください」
「はい」
アレンのプロポーズをエリザベスは受け入れた。
エリザベスが伝えた時点で成功は確実だとわかってはいたが、周囲の人たちは盛大に盛り上がった。
ここに一組の夫婦が出来たわけだから、それを盛大に祝うのが王都の住人である。
盛大に騒いでいる周囲の人間たちを見て、アレンはエリザベスの手を取って笑顔を向ける。
「話は酒場でしよう。流石にここは賑やかすぎ……」
「ちょっと待って」
「ん?」
連れて行こうとしたアレンの動きが止められた。
どうしてかわからず、アレンは戸惑う。
そこには笑顔のエリザベスが──先ほどの美しい笑顔とは違う、なぜか目が笑っていない笑顔でこちらを見ていた。
アレンの背筋に冷や汗が流れる。
「じゃあ、説教の続きをするわね。とりあえず、そこに正座」
「……はい」
プロポーズを成功したのに、速攻で説教をされることになったアレン。
幸せなはずだったのに、すぐにこんな状況になってしまったことをアレンは悲しく思ってしまった。
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