閑話3-14 氷の微笑が鬼神に変わったとき 14
「いや、なんで俺は叩かれたんだ?」
テーブルに叩きつけられたアレンはすぐさま起き上がって文句を言った。
殴られた部分よりぶつかった部分の方がいたかったのか、額を押さえていた。
そんなアレンに冷たい視線を向けながら、ローゼスは吐き捨てた。
「私はあんたのことを見損なったよ。そんな屑みたいな人間だったとは……」
「は? 屑?」
ローゼスの言葉に思わず聞き返すアレン。
そんなことを言われる意味が全く分からない。
というか、周囲から向けられる視線も痛い。
どうして自分がこんな目で見られているのか、アレンは全くわからなかった。
「あんた、エリザベスのことが好きな癖に、クリスと結婚するつもりなんだね?」
「ああ、そうだが? それの何が問題なんだよ」
「何が問題? 問題だらけじゃないかっ!」
「いや、何がだよっ!」
ローゼスが怒りながら叫び、それに呼応してアレンの声も大きくなる。
どんどんヒートアップしていき、酒場の離れた席にいた状況を理解していない客もこちらの様子に気が付いた。
言い争いがひどくなるにつれ、周囲の客のボルテージも上がっていく。
酒場にいるのは、基本的に荒事が専門の冒険者たちだ。
喧嘩を観戦できるとあれば、喜ぶ人種たちなのだ。
といっても、それはどうして二人が言い争いをしているかを理解していない者たちである。
最初からずっと会話を聞いていた客たちは落ち着いていた。
アレンに向かって冷たい視線を向け続けていた。
「お前の言っていることが全く理解できない。何が問題なんだよっ!」
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、あんたがこんなこともわからないなんて……リズもあんたからの好意に気づかなくてよかったわよ」
「そこまで言うかっ! というか、人にそこまで言っている癖に、お前にも男の影もねえじゃねえかっ!」
「はぁ? 今、それは関係ないでしょっ!」
言い争いが激しくなっていくにつれ、話がどんどん逸れていく。
最初はアレンが何か問題行動をしたことだったのに、今では二人の欠点をそれぞれ罵っていく。
喧嘩において、これはあまりよくない。
問題について議論をするのであれば良いのだが、相手の人格を批判するようなことを言えば、それはもはや議論ではなくなる。
ただの悪口だ。
それに気が付いたクリスは止めようとする。
だが、片や【英雄】と呼ばれるような冒険者、もう片方が冒険者に普段から応対している酒場の店員。
多少の戦闘の心得のある貴族令嬢では、到底割り込むことができなかった。
「ひっ!」
二人がバンバンとテーブルを叩き、クリスは小さな悲鳴を上げる。
器用にも衝撃でテーブルから料理が落ちることはなかったが、テーブルの脚からはミシミシと音が聞こえてきた。
どんどん寿命が削れて言っているのだろう。
このままでは壊れてしまう。
だが、クリスに二人を止めることはできない。
どうするべきか……そう悩んでいると、救いの主が現れた。
「てめえら、うるせえぞっ!」
(ドオオオオオオオオオオオンッ)
「「「「「っ!?」」」」」
一人の巨漢が現れ、怒鳴りながらテーブルを叩き壊した。
救いの主といっても、それはあくまでクリスにとってだった。
テーブルにとっては、寿命を一気に奪う悪魔のような存在だったようだ。
クリスはその巨漢を観察する。
身長はアレンよりも頭一つ分高く、肩幅も二倍ぐらいあるのではないだろうか?
下手すれば、大柄な人間よりも二回りぐらい大きいと言われているオークと同じぐらいの体格ではないかと思ってしまう。
頭に髪の毛はなく、顎には髭を蓄えていた。
左目には大きな傷があり、そこには光がなかった。
失明しているのかもしれない。
だが、一番気になる部分はそこではなかった。
彼はきちんと服を着ているのだが、その服のサイズが明らかに合っていない。
彼の膨れ上がった筋肉が服を盛り上げ、服が悲鳴を上げていた。
それが服だけならまだわかる。
彼のつけているエプロンまでもが悲鳴を上げているのだ。
普通、エプロンはこんなパツパツのサイズのものは選ばないだろう。
もしかして、彼用のサイズが売っていなかったのか?
それならば、こんな異質な状態にも説明がつく。
「てめぇら、俺の店で喧嘩沙汰は御法度だって知っているよな?」
「「「「「は、はいっ!」」」」」
巨漢の言葉に客たちは一斉に返事をする。
その威圧的な雰囲気のせいか、冒険者たちは誰も逆らおうとしていなかった。
まあ、クリスも近くにいるだけで動けなくなるほどだから、それも仕方のない事かもしれない。
助けてもらったのはありがたいが……
クリスがそんなことを考えていると、巨漢の視線がローゼスに向く。
「ローゼス」
「……はい」
「お前はなんで客と喧嘩をしているんだ? お前は店員なんだから、客のけんかを止める側だろう」
「……はい」
「それがどうして、客と喧嘩をすることになるんだ? お前が喧嘩っ早い事は知っているが、少しは抑える努力をしろ」
「……わかりました」
先ほどまでアレンとあれほどまで言い争いをしていたのに、まるで怒られた子供のようにおとなしい。
そのギャップにクリスは驚いてしまう。
ローゼスをこんな風にするなんて、この男性はどれほどすごい人なのだろうか?
先ほどまでの会話から、この酒場のマスターの様だが……
そして、巨漢の視線がアレンに向く。
「アレン」
「……はい」
「お前は女を相手に言い争いをするほど、見下げ果てた奴になったのか」
「そ、それは……」
「俺は常々言っていたよな? 男ってのは、女を守る役目を持っているんだ。女を傷つけるような奴は男じゃねえ、ってな」
「……ですが」
「言い訳は聞きたくねえな。お前がローゼスに色々言っていたのは事実なんだから……
「……」
アレンが言いくるめられ、黙ってしまった。
あまりの正論に反論することができなかったのだろう。
どうやら、この巨漢は冒険者たちを威圧だけで制圧できるだけでなく、言葉で相手を抑えることができるようだ。
クリスの中で、彼の評価が高い位置につけられた。
そんな巨漢が今度はクリスに視線を向けた。
「お嬢ちゃん、済まなかったな。馬鹿とうちの店員が迷惑をかけちまって」
「い、いえ……大丈夫です」
どうやら気遣いもできるようだ。
そんなことを思っていたからだろうか、その馬鹿にこの酒場に連れてきてもらったということを伝え損ねた。
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