閑話3-2 氷の微笑が鬼神に変わったとき 2
「えっと……」
アレンはどう話を始めるかを悩んでいた。
相手は自分より格上の貴族である。
自分は最下位の男爵、向こうは伯爵──しかも、歴史のある名家である。
立場的には完全に向こうの方が上である。
下手なことは言えない。
だが、そんなアレンの様子に気が付いたのか、バランタイン伯爵は口を開いた。
「安心しろ。平民から貴族になったばかりの人間に礼儀などはとやかく言わんよ」
「……そうですか?」
バランタイン伯爵の言葉を信じられないと言った感じでアレンは聞き返す。
果たしてその言葉を信じていいのか、わからないからだ。
そんな様子にバランタイン伯爵はため息をつく。
「私もあまりそういう礼儀云々は得意ではないんだ。むしろ、ざっくばらんに話してくれた方がこちらも楽なんだよ」
「……わかりました。こちらも普段通りで話します」
「ならよし」
バランタイン伯爵の言葉が真実であると確信したのか、アレンも少し言葉を崩す。
元々、平民のわりにアレンは比較的言葉遣いは綺麗な方だった。
といっても、貴族としてはお粗末ではあるが……
なので、言葉を崩す許可を得ることができたのはかなりありがたかった。
とりあえず、普段の言葉づかいでアレンは質問をする。
「今までの話を総合すると、貴方のご息女であるクリシア様と俺の縁談ということですか?」
「ああ、そういうことだ」
「どうしてですか? バランタイン伯爵家といえば、平民でも知っているほどの英雄の家でしょう? 俺の名声を得なくとも、大丈夫だと思いますが……」
そこがアレンにとって一番気になったところだ。
アレンはたしかに平民から貴族になるほどの功績を上げた英雄である。
平民からは英雄的な扱いを受け、貴族にとっては身内にすることでその家の格を上げるための道具になり得る。
それはアレン自身も認めていた。
しかし、バランタイン伯爵家の場合はそこまでそのメリットがあるとは思えないのだ。
歴史のある家であり、王家からの覚えもよい。
現当主が先の戦争で英雄として名を馳せているので、今さらアレンの名声が増えたとしてもそこまでメリットがあるとは思えない。
むしろ、アレンまで取り入れたことにより、周囲から反感を買う可能性があると思うのだが……
「お前さんの疑問も理解できる。たしかに、バランタイン伯爵家としてはそこまでお前さんを身内に取り込むことにメリットはない」
「だったら、なんで……」
バランタイン伯爵の言葉にアレンは聞き返そうとする。
だが、その前にバランタイン伯爵は前のめりになって頭を抱えた。
そして、叫んだ。
「クリスがお前さんを気に入っちまったんだよ!」
「へ?」
突然の叫びに呆然とするアレン。
いきなりとんでもない情報が入ってきたのだから、それも仕方のない事だろう。
十秒ほど固まった後、アレンは再び話し始める。
「えっと……どういうことですか?」
「言葉通りの意味だ。ここにいるクリスがお前さんのことを気に入っちまった。だから、縁談の話を持ってきたわけだ」
「そういうことです」
バランタイン伯爵の言葉に頷くクリシア。
その彼女の様子から、父親から命令されているようには見えなかった。
というか、命令しているのであれば、どうしてその本人が悔しそうに叫んでいるのだろうか?
あれでは、まるで娘を取られた父親のようではないか。
まあ、このままでは娘を奪われることになりかねないが……
「えっと、クリシア様?」
「私のことはクリスとお呼びください、アレン様」
「では、クリス様。貴女はどうして私をお選びになったのですか? 失礼ながら面識はないと思いますが……」
相手の要求を飲みつつ、アレンは気になったことを質問する。
少なくとも、アレンの記憶の中に彼女に関してのものはない。
アレンはかかわった相手の顔は比較的忘れない方だ。
彼が出会ったことがないと言うのなら、出会ったことはないはずだ。
彼女のような美しい女性と出会えば、忘れることなどないと思うのだが……
「たしかに直接会って話したわけではないです。これは一方的に私がお見かけしただけです」
「なるほど……では、どこで?」
クリシアの言葉に納得するアレン。
それなら、アレンの記憶にクリスの姿がないのも納得できる。
出会ってないのだから……
そうとわかれば、どうして彼女が自分のことを知っているのかを聞くことにした。
「アレン様がギガンテスを倒された場所の近くの街です」
「……たしかにそれなら見かけているかもしれませんね」
彼女の言う通りであれば、彼女がアレンを見かけていてもおかしくはない。
彼女がそこにいることの証明はできないが、そこにいたのであればアレンを見ることはできていたであろうから……
しかし、見かけただけでこんなことをしてくるだろうか?
もし一目惚れであれば、他の貴族令嬢と同じようなものだと思うのだが……
「私はアレン様に救われたのです」
「私が救った?」
だが、どうやらただの一目惚れではなかったようだ。
クリスの言葉に思わずアレンは聞き返してしまった。
まったく記憶にないからだ。
首を傾げるアレンにクリシアはうっとりと話し始める。
「あれはギガンテスが街の近くで暴れまわっていた時でした。私はちょうどその街に行こうとしていた時で、その暴れまわっている現場に鉢合わせしてしまいました。すぐに逃げ出せばよかったのでしょうが、街の入り口には他の馬車も多くいたため動くことができませんでした。そこにギガンテスは目をつけました」
「ああ、そういえば……馬車がたくさんあるところに襲い掛かろうとしていましたね」
クリシアの説明にギガンテスの行動を思い出す。
たしか、アレンがギガンテスを討伐しようとしたとき、奴は多くの馬車の周りを暴れまわっていた。
彼女の言う通りであれば、状況は一致する。
「ギガンテスが持っている武器を振り回すと、馬車が破壊され、人々がまるで紙切れのように宙に吹き飛ばされました。その光景を見て、人々は恐慌状態に陥り、逃げ惑う者と動けない者が入り乱れる状況になりました。私は後者でした」
「まあ、それは仕方がないでしょうね」
クリシアの言葉にアレンは納得する。
素人が魔物に出会えば、その二つの反応に分けられる。
別に彼女を批判することはない。
しかし、彼女は首を振った。
「これでも私はバランタイン伯爵家の人間として、魔法の訓練はしてきました。冒険者としてもやっていけるほどの魔法技術を身に付けていたと自負していました」
「……そうなんですか?」
彼女の言葉に思わずアレンは聞き返す。
彼女がそこまで言うのであれば、それも事実なのだろう。
バランタイン伯爵の娘ならば、そういう教育を受けていてもおかしくはないし……
「ですが、私は動けませんでした。初めて出会う魔物に恐怖し、ただただ震えることしかできませんでした。上の身分の者として、民を守らないといけないのに……」
「初めてなら仕方がないでしょう? 俺だって、初めて戦うときは怖かったですし……」
クリシアの言葉にアレンは慰めるように告げる。
といっても、本当の事ではない。
アレンは幼いころから武器を扱い、冒険者になることを夢見ていた少年だった。
才能があったおかげで冒険者になる前から頭角を現し、魔物に対する恐怖心はなかった。
だが、他の人がそういう気持ちになったと聞いたことがあるので、その知識で慰めただけである。
そのおかげか、クリスは少し元気を取り戻したようだ。
「ギガンテスの武器が私に向かって振り下ろされた──その時、アレン様が現れました。ギガンテスの巨大な武器を真っ向から受け止め、私を助けてくださいました」
「ああ……あのときか……」
クリシアの言葉にアレンはどこで見かけたのか理解できた。
たしかに彼女の言うような行動をしていた気がする。
ギガンテスが武器を振り下ろそうとした瞬間、思わず駆け出してしまったのだ。
これ以上被害を出さないためにも……
そのことについて、仲間たちに後で怒られたことも……
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第一夫人の名前はクリシアでした。(最初の人物紹介で…)
直します。
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