閑話3-1 氷の微笑が鬼神に変わったとき 1
アレンの過去です。
遡ること二十数年──
とある屋敷に一人の青年が呼び出されていた。
青年の名はアレン=カルヴァドス。
先日、現れた巨大な魔物──ギガンテスを倒し、【巨人殺し】と呼ばれるに至った冒険者だ。
もちろん、彼一人でやったわけではない。
彼の仲間たちと一緒に戦ったのだが、一番活躍したのは彼だった。
そのおかげで彼は国王から男爵に任ぜられ、国の端に小さな領地をいただいた
ちなみに、彼のいる場所はバランタイン伯爵の屋敷。
かつての戦争の英雄──【氷の微笑】と呼ばれるバランタイン伯爵の屋敷に呼ばれていたのだ。
もちろん、呼ばれる理由はわからない。
十中八九、男爵になった件だろうが、それでも呼ばれる理由はわからない。
「……リズ先輩も連れてくれば良かったかな?」
アレンはそんなことを呟く。
彼の頭には一緒に戦ってくれた姉のような先輩冒険者が浮かんでいた。
戦闘能力ではすでにアレンの方が上ではあるが、新人の頃からお世話になっていた先輩だ。
戦闘面以外ではまだまだお世話になることが多い。
今回の件も任せたかったのだが……
『私、貴族の屋敷とか無理だから……』
と言って、断られてしまった。
一体どうしたのだろうか、と思ってしまったが、無理強いするのもよくない。
だから、アレンは一人で来たわけだ。
(コツ、コツ、コツ)
「ん?」
いろんなことを考えていると、不意に部屋の外から足音が聞こえてきた。
足音の数は三つ。
おそらく、一人がアレンをここに呼び寄せた張本人だろう。
もう一人は執事だろうか?
だが、最後の一人が分からない?
奥方だろうか?
しかし、呼ぶ理由がわからない。
まあ、実際に会ってみれば、誰だか分るだろう。
そんなことを考えていると、扉が開いた。
「待たせたか?」
「い、いえ……大丈夫です」
部屋に入ってきた瞬間、声をかけられたのでアレンは驚きながらも返事をした。
身分はこちらの方が下なので、流石に座ったまま対応するわけにもいかなかったので立ち上がった。
そして、視線を向けると驚いた。
扉の前にいる男はおそらくバレンタイン伯爵だろう。
身長はアレンよりも20センチぐらい低いだろうか、とても戦争で英雄と称えられたとは思えない風貌だった。
別に身長で英雄を決めるわけでははないが、冒険者において意外と身長の大きさは馬鹿にならない。
身長が高いほどつけることのできる筋肉が相対的に増えていく。
つまり、身長が低ければ、つけられる筋肉量が減っているのだ。
そういう点から、バランタイン伯爵がアレンより見劣りがするはずなのだ。
そのはずなのに、アレンはバランタイン伯爵に気圧された。
「(強いな)」
見た瞬間、それが理解できた。
纏っている雰囲気が今まで見てきた人とは違う。
これが【氷の微笑】と呼ばれた男の雰囲気か、と。
「ああ、座ってくれ」
「はい」
バランタイン伯爵に促され、アレンはソファに座った。
バランタイン伯爵も同じように座り、その隣に一人の女性が座った。
年齢はアレンと同じか少し上ぐらいだろうか、バランタイン伯爵と並べば父娘のように見えるが……
「今回の件で男爵になったそうだな」
「は、はい」
バランタイン伯爵がいきなり話し始めた。
そのせいで彼女について質問する機会が失われてしまった。
まあ、流石にこの場にいるということはいずれ紹介されるだろう。
アレンはそれまで待つことにした。
「まあ、あれだけの功績を上げたのだ。当然のことだろう」
「そうなんですか?」
「ああ、過去にも同じように魔物を討伐して、国王に男爵の位を授けてもらった者もいる。もっとも数十年も前の話みたいだがな」
「そんなに昔の話ですか……」
バランタイン伯爵の言葉にアレンは驚いたような反応を見せる。
彼は平民出身なので、あまり学はない。
いや、平民であることを理由にしてはいけないのかもしれないが、平民が貴族に比べて勉強の機会が少ないのは当たり前のことだ。
そして、勉強がそこまで好きではないアレンは必然的に勉強をしなくなった。
とりあえず、最低限の読み書きと計算程度はできるようにしていた。
これも貴族になった時点でどうにかしなければいけないことだが……
「とりあえず、そんな英雄に会っておこうと思ってな」
「……そうですか」
「英雄であり、これほどのルックスだ。パーティーでも引く手あまただったろう?」
「それは令嬢からですか? それともダンディなおじさまから?」
「はははっ、両方さ」
アレンの言葉にバランタイン伯爵が笑う。
別に冗談で言ったわけではない。
実際にアレンが国王主催のパーティーに呼ばれたとき、そんなことになったわけだ。
もちろん、理由はアレンにもわかっていた。
「いろんな令嬢とおじさまから話を聞かれましたよ。全員が俺の戦いのことを聞きたがっていたみたいでしたが、どこか別のことを考えているような目でしたね」
「それはそうだろう。あ奴らはお前さんが欲しいだけなんだから」
「えっ!?」
バランタイン伯爵の言葉にアレンは体を隠すような仕草をする。
ここでしても意味はないのだが、なんとなくしてしまった。
それを見たバランタイン伯爵が馬鹿にしたように告げる。
「ここでしても意味がないだろう」
「……ええ、そうですね。それで、バランタイン伯爵はなぜ俺を呼んだのですか?」
ボケが不発だったので、恥ずかしさを紛らわせるために質問をした。
そろそろ聞いておこうと思ったのだ。
そんな俺の質問になぜかバランタイン伯爵は苦虫を潰したような顔をしながら答えた。
「……お前さんに縁談を持ってきた」
「え?」
「先ほどの話から、お前さんを取り込もうと思っているかもしれないが、今回の件についてはその心配はない」
「はい?」
バランタイン伯爵の言葉にアレンは首を傾げる。
それはどういうことだろうか?
たしかにパーティーでアレンに話しかけてきたのは、アレンのことを取り込もうとしている輩ばかりだ。
英雄と呼ばれる存在が自分の派閥にいれば、他家への牽制にもなるからだ。
こちらに手を出せば、わかっているよな──といったニュアンスの……
しかし、バランタイン伯爵はそれがないと言った。
一体、どういう意味か……
「私の娘だ」
「クリシア=バランタインです。アレン様、よろしくお願いします」
バランタイン伯爵が隣に座った女性を紹介した。
どうやら娘だったようだ。
紹介された彼女は礼儀正しく立ち上がって頭を下げた。
アレンは驚いて、少し動くことができなくなった。
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