7-162 死んだ社畜は父娘関係を羨む
「はぁ……どうやら本当だったようだな。そのことについては謝罪しよう」
意識を取り戻したアストラ子爵は少し気持ちを落ち着けた後、俺に向かってそう告げてきた。
流石に今までの対応が悪かったことは自覚していたのだろう。
まあ、俺も怒ってはいないので、謝罪を受け入れるつもりだ。
「別に構いませんよ。子爵の立場では仕方がないでしょうし……」
「そう言ってもらえるとありがたい。しかし、カルヴァドス男爵は羨ましいな」
「羨ましい、ですか?」
アストラ子爵の言葉に俺は首を傾げる。
一体、何を言っているのだろうか?
今までの会話のどこにアレンのことを羨ましがる部分があったのだろうか?
そんなことを考えていると、アストラ子爵が話を進める。
「こんな優秀な跡取りがいることだよ。君みたいな子がいれば、将来も安心だろうさ」
「ああ、そういうことですか」
アストラ子爵の言葉に俺は納得できた。
たしかに、貴族の当主としては、跡継ぎ問題は避けては通れない道だ。
俺が優秀(異常?)であることは周知の事実であり、俺が継ぐことができればカルヴァドス男爵家は安泰と言えるだろう。
だが、アストラ子爵は勘違いしている。
「俺は次男ですよ?」
「む? そうなのか? それでは、跡目争いが起きそうだな」
「ちなみに、あそこにいるのが、長男です」
俺はシリウスの方を指さす。
アストラ子爵もそちらの方を向く。
そして、アストラ子爵は再びこちらの方を向く。
真顔だった。
「あの髪の毛を後ろにくくっている娘さんかな?」
「いえ、その隣です」
アストラ子爵の言葉を俺は否定する。
どうやら、アリスの方を長男だと思っていたのだろう。
というか、娘だと思っている時点で間違いであることに気が付こうよ。
まあ、おそらくアリスよりシリウスの方が女の子っぽいから仕方がないのだろうけど……
「嘘をつかないでくれ。どう見たって、見目麗しい女性ではないかっ! 私は今まであんな美しい女性を見たことがないぞ?」
「残念ながら、兄──シリウス兄さんは男ですね。まあ、女性だと思う気持ちもわかりますが……」
「だろう? この場にいる女性たちも全員が美人・美少女ではあるが、君のお兄さんほどではないな。……やっぱり、女性だろう?」
「気持ちはわかりますが、いくら聞いても答えは変わりませんよ。ちなみに、シリウス兄さんは王立学院でもっとも人気があります」
「だろうな」
俺の説明にアストラ子爵は頷く。
彼はこういう話が好きなのだろうか?
男としては親近感がわくな。
俺の周りには基本的に女性陣──しかも、婚約者がほとんどなので、そういう話ができない。
この状況に不満を言うのは批判されるかもしれないが、俺だって男同士の日常会話ぐらいしたいさ。
「ですが、少し驚きましたね」
「何がだ?」
「アストラ子爵であれば、夫人や娘のエクレールさんが一番美人だとおっしゃると思いましたが……」
俺は純粋な疑問をぶつけてみる。
エクレール先輩は美人である。
シリウス兄さんほどではないかもしれないが、彼女のことを美人と評さない人はいないだろう。
そして、そんな彼女の母親ならば、当然美しいだろう。
そこに身内の贔屓目をいれれば、確実にシリウス兄さんより評価は高くなると思うが……
「たしかに私もそう言いたい気持ちがある」
「そうなんですね。じゃあ、どうして?」
「近頃、エクレールが私に対して冷たいんだっ! なぜか私に対して文句ばっかり言ってくるのだ」
「え、えっと……」
アストラ子爵の嘆きに俺はどう反応すればいいのかわからなかった。
もしかして、娘が冷たくなったせいで評価を下げたのか?
「お父さん、大好き」というような娘だったら、もっと評価が高かったのだろうか?
クールなエクレール先輩がそんなことを言う姿は想像できない。
俺たちがそんな会話をしていると、顔を真っ赤にしたエクレール先輩が割り込んできた。
「お父様っ! 何を言っているんですかっ!」
「その【お父様】という呼び方も気に入らん。昔のように【パパ】と呼んでくれ」
「私はもう17歳の淑女ですよ。いつまでもそんな子供っぽい呼び方など……」
「話し方も硬い。もう少し可愛らしく話してくれ」
「嫌ですっ!」
なぜか父娘喧嘩が始まってしまった。
正直、外から見ていると面白い。
これが本気でお互いを憎悪しているのであれば見るのも憚られるが、この二人はそんなことはない。
喧嘩の理由も他人から見ればしょうもない事なので、安心してみることができるのだ。
しかし、エクレール先輩にこんな面があるとは……
「ほっほっほっ、いつの時代も人間とは面白いのう」
二人の会話を聞いていると、いつの間に近づいたのか──オロス老に話しかけられた。
とりあえず、否定をしておこう。
「あれは別に人間にとっての普通ではないですよ?」
「それぐらいわかっておるわ。だが、少数なわけではないじゃろう?」
「そうですね。一定数はいるでしょう」
オロス老の言葉に俺は頷く。
メジャーではないかもしれないが、こういう父娘の関係はないわけではないだろう。
前世でもそういう話を時折耳にするぐらいだし……
「しかし、あの嬢ちゃんを見ていると、昔のシルトを思い出すのう」
「シルトさんですか?」
オロス老がエクレール先輩を見ながら、しみじみとそんなことを言ってきた。
ちょっと気になってしまう。
そんな俺の様子に気が付いたのか、オロス老が笑みを浮かべながら話し始める。
「幼体のころは儂にべったりじゃったのに、成体になった途端に一気に距離をとるようになってのう」
「それは……」
「儂が甘やかそうとすると、「もう大人ですので」と断るようになったのじゃ……あれは寂しかったのう」
「それは寂しいですね」
オロス老の言葉に俺は賛同する。
娘のように可愛がっていたのに、突然突き放される。
父親側からすれば、寂しいことこの上ないだろう。
「まあ、今はそのころに比べれば、幾分優しくなってくれたようじゃがな」
「それはよかったですね」
「じゃが、儂としては昔のように【オロスお爺ちゃん】と呼ばれたいもんじゃ」
昔を懐かしむように、しみじみとオロス老が呟く。
楽しかった思い出なのだろう。
少し羨ましく思ってしまう。
俺にはそういう子供や孫ができる前に前世では命を落としてしまったからな。
「オロス老っ!」
顔を真っ赤にしたシルトさんが怒鳴ってきた。
どうやら話を聞いていたようだ。
自分の昔のことを話され、恥ずかしかったのかもしれない。
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父娘関係については、あくまで作者の個人的な考えなので、実際とは異なります。
作者の知り合いの話と「こうだったらいいな」という思いから、こう書きました。




