2-14 死んだ社畜は姉と言い争う (追加)
「はぁ……疲れたぁ……」
「そうね……まさか魔獣に襲われるとは思わなかったわ」
俺たちは木にもたれかかって力なく座り込んでいた。
先ほどまで荒れ狂うグレートヒポポタマスに追いかけられており、数十分の追いかけっこの末どうにか撒くことに成功したのだ。
だが、俺たちの消耗は激しい。
なんせ、いくら魔法で身体能力を強化できるとはいえ、元々は子供の体。
巨大な魔獣に追われるという非日常的な出来事ということも相まって、想像以上に負担がかかっていたのだ。
これは当分動けないのではないだろうか?
だが、そう長くも休んではいられない。
いつ、あのグレートヒポポタマスが俺たちを見つけるかはわからない。
今はうまく隠れることはできているが、この森は相手側のテリトリー。
地の利としては向こうにあるわけだ。
「……お父さん、大丈夫かしら?」
アリスが心配そうにそんなことを言う。
おそらくグレートヒポポタマスにぶっ飛ばされたアレンのことが心配だったのだろう。
俺だって、それが普通の人の場合なら心配はしていた筈だ。
まあ、普通の人の場合はグレートヒポポタマスの攻撃を受けた時点で致命的だろうから、逆に心配する必要はないかもしれないが……
「それは大丈夫だと思うよ。しょっちゅう仕事をサボって訓練ばかりしているんだから、ちょっとやそっとじゃ死にはしないと思うよ?」
「でも、あれだけ弾き飛ばされたんだよ? かなり不味いと思うんだけど……」
「じゃあ、姉さんは父さんが大変な姿を想像できる?」
「う~ん……、……、……大丈夫かしら?」
「でしょ?」
俺の質問にアリスは長く考え込んでいたが、すぐに心配はいらないと思い至ったようだ。
アレンがしぶとそうだということはもはや家族の中では共通認識のようである。
まあ、日ごろからあれだけ訓練していれば、そうそうまずい事にはならないはずだ。
目の前で心臓でも貫かれたりしていれば心配の一つもするだろうが、ただただぶっ飛ばされたぐらいじゃ心配するだけ無駄だろう。
むしろ、まずいのは俺たちの方なのだ。
現状、俺たちは二人いるとはいえ、4歳と6歳という二人の子供。
そんな二人が最低でも中級、大概が上級で、もしかすると特級の魔物がいる可能性のある森の中にいるのだ。
確実に俺たちの方がピンチなのだ。
さて、本当にどうするべきか……
「ねぇ、今すぐ森から出るべきじゃない? そうしたら、安全だと思うんだけど……」
「たしかにそうかもしれないね」
「でしょ? じゃあ、さっそく……」
「でも、姉さんは森の出口の方角はわかるの?」
「え?」
俺の言葉にアリスは驚いた表情を浮かべる。
どうやら彼女は出口の場所を理解していないようだ。
まあ、それも仕方がない。
俺たちは先ほどまでグレートヒポポタマスから逃げるために縦横無尽に走り回っていたのだ。
追いかけられていたので、当然自分たちがどこを走っているのかすらわからない状況だった。
それなのにどうして森から脱出することができようか、いやできまい。
「出口が分からないのに、下手に歩き回らない方が良いよ。体力が消耗するだけだから……」
「じゃあ、どうするのよ?」
「それを今考えている所だよ。流石に僕だって初めての状況なんだから……」
「なによ、役立たずね。すごいと思っていたけど、正直がっかりよ」
「(カチン)姉さんこそこの状況をどうにかすることなんかできないじゃないか。何もできないくせに文句だけ言わないでよ」
アリスの言葉に俺は思わず文句を言ってしまう。
彼女は別に本心からそう言っていないことは理解していた。
だが、俺だってこのいつ危険にさらされるかわからない状況に平常心を保つことができないのだ。
いつもなら流すことができるような暴言にも反応してしまう。
俺が言い返したことで、アリスも反論してくる。
「私はそういうのが苦手なのよ。だから、得意な戦闘で活躍しようとしているのに……」
「僕だって別に頭を使うことが得意なわけじゃないさ。いや、姉さんに比べれば格段に頭はいいかもしれないけど……」
「なっ!? 事実でも言っていいことと悪いことがあるでしょっ!? 弟の癖に生意気ね」
「生意気で結構。というか、自分で事実って認めてるじゃん」
「「うぐぐぐぐぐ」」
俺とアリスは息がかかるほどの距離で睨み合いながら言い争う。
お互い普段から感じていた鬱憤を放出させていた。
普段だったら我慢しているようなことも、こんな状況下に置かれていることでスルスルと口から出てきた。
向こうもそれは同じようで俺に対する文句を言ってきた。
だが、お互いへの文句は徐々に悪口に変わっていき、いつの間にか相手のことを単語だけで罵声するようになってしまった。
そして、そんなことをしながら2,3分が過ぎ……
「はぁ……やめよう、こんな不毛なこと。無駄に体力が消耗するだけだし」
「そうね。文句をいろいろ言ったおかげでなんかすっきりしたけど、そのせいで喉が渇いちゃったわ」
「……」
それは俺も思ったことだ。
俺も気が立っていたせいで忘れていたのだが、人間は言葉を発するために口を開くだけで中が乾いてしまうのだ。
先ほどまでは文句を言うことに意識を向けていたせいで気づかなかったのだが、ふと平常心に戻ると喉が渇いていることに気が付く。
あと、先ほどまでずっと走り続けているのも喉が渇いている原因かもしれない。
まあ、この世界の俺は魔法を使うことができるので、こういう場合にのどを潤すことができ……
「ねぇ、何か飲み物出してよ」
「……わかったよ。【土錬成】、【水生成】」
俺は土からコップを二つ錬成し、その中に冷たい水を入れる。
一つをアリスに渡すと、彼女は勢いよくその水を飲み干す。
まるで大学時代の体育会系の部活での飲み会で見た一気飲みを髣髴させるような豪快な飲み方だった。
女の子なのだから、もう少しおしとやかにした方が良いと思うのだが……
「ぷは~、美味しいわね。おかわり」
「はいはい、【水生成】」
飲み終わったコップを差し出しながらそんなことを言ってきたので、俺は再び水を入れる。
さっきまで言い争いをしていた相手に簡単に頼むことができるものだ。
俺だったらそんなことはできない。
まあ、これが彼女の良いところかもしれないが……
俺はそんなことを思いながら、自分の分の水を飲む。
うん、うまい。
(ダダッ)
「「っ!?」」
水を飲んで落ち着いていた空気が突然聞こえてきた音で緊迫したものに変わる。
グレートヒポポタマスが再び現れたのかと思い、すぐに逃げられるように意識を向けたのだ。
だが、それは杞憂だったようだ。
「グレートヒポポタマスじゃないみたいだね」
「どうしてわかるのよ」
「明らかに足音の数が違うからだよ。あと、グレートヒポポタマスが近くを走っていたら、もっと地面が揺れているはずだよ?」
「なるほど」
俺の推測にアリスは納得する。
物音は俺たちのいる場所から少し離れたところから聞こえてきた。
おそらく4,5匹の生き物が走っているようで、地面を駆ける音が俺の耳に届いていた。
これほど足音が聞こえる距離ならば、グレートヒポポタマスが走っていた場合は確実に揺れを感じるはずだ。
それがないのでグレートヒポポタマスではないということだ。
身の危険がないと思ったので、俺は安堵して息を吐こうとした──
『きゅるるぅっ』
「「っ!?」」
──のだが、聞こえてきた鳴き声に再び緊迫した空気に変わった。
別に先ほどの声の主が何者かであるのかは俺にはわからない。
もちろん、俺に助ける義務はないし、助けようとしたことで俺たちが危険にさらされる可能性がある。
だが、こんな悲鳴のような鳴き声を聞かないふりをするほど、俺は腐っているつもりはない。
「グレイン、行くわよ」
「うん、わかってる」
正義感の強いアリスの言葉に頷き、俺は立ち上がる。
そして、二人で声のした方に向かっていった。
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本日は休みがとれたので、頑張って複数話投稿しようと思います。




