7-24 死んだ社畜は怖い笑みに怯える
「おう、無事に帰ったみたいだな」
ギルドマスターの部屋にやってくると、開口一番ガルドさんが笑顔でそんなことを言ってきた。
おそらく、俺たちが冒険者ギルドに入ってきた時点で報告がいっているだろうから、最初から分かっているだろうと思ってしまったが、そこは大人らしく流しておくことにする。
今は子供の姿だが……
とりあえず、俺はガルドさんに言われるまでもなく、ソファに座った。
それについて、シリウスとレヴィアが何か言いたげな表情を浮かべたが気にしないことにする。
アリスとティリスは全く気にしておらず、俺と同じように座ろうとしていた。
だが、その前にシリウスとレヴィアに止められていた。
ちなみに、リュコに関しては我関せずと言った表情である。
おそらくシリウスとレヴィアの考えていることを理解しているが、それについて俺を注意しようとは考えていないのだろう。
そういう点では要領のいいメイドなのだ。
そんなシリウスたちに声をかける。
「お嬢さんたちも座りなさい。流石にお嬢さんたちに立たせた状態では俺も話しづらい」
「……はい」
ガルドさんの言葉でようやくシリウスたちがソファに座った。
貴族的には部屋の主の了承なく腰掛けるのはあまりよろしくない。
これは前世では社会人としては当然のマナーだともいえる。
就活などで面接を行う際、就活生が椅子に座ることが出来るのは面接官が許可してからなのだ。
しかし、俺はそんなことを全く気にせずに勝手に座った。
別にこのマナーを知らなかったわけではない。
そんな俺の行動にシリウスが文句を言ってくる。
「グレイン、どうして勝手に座ったんだい? アリスとティリスの教育によくないことをするのは駄目だと思うよ?」
「まあ、貴族が相手なら俺だってこんなことはしてねえよ」
「貴族じゃなくとも、あの態度はいただけないと思うよ? というか、それは平民を下に見ているような発言だと思うから、兄としては咎めないといけないんだけど……」
俺の言葉にシリウスの表情が少し歪む。
兄として、弟である俺が悪い事をしたのであれば、しっかりと注意しなければいけないと思っているのだろう。
まあ、兄としては立派な考えである。
といっても、俺としては流石に精神年齢的には半分以下のシリウスに注意を受けるのは、精神衛生上あまり良くない。
というわけで、しっかりと理由を告げるとする。
「別に下に見ているわけじゃねえよ。そもそも冒険者っていうのは、基本的に平民が多い。だからこそ、基本的に行動原理は平民寄りになっているんだよ」
「だからといって、あの態度はいただけないと思うけど?」
「下手に貴族らしい行動をする方が平民を恐縮させるだろ? 冒険者同士は立場は平等、ランクや実力でその扱いが決まるのに、貴族のような行動で相手を威圧するようなことはダメだろう」
「……それはそうかもしれないけど」
俺の言い分を聞き、シリウスは反論できずにいる。
自分の方が正しいとは思いつつも、俺の言い分にどう反論すればいいのかわからないようだ。
流石に兄とは言え精神年齢が半分以下の人間に負けるわけにはいかないのだ。
こちとら、ブラック企業で精神を鍛え上げられた(「すり減らされた」とも言う?)社畜だぞ?
あれ?
なんか目の端に涙が出そうな気が……
「そこはグレイン君の言う通りだな。こちらとしては変に貴族の常識を持ってこられるよりは対応しやすい」
「それはどうかと思います、ギルドマスター。たしかに平民が多いかもしれませんが、貴族だって少ない数登録されているんですよね? だったら、普通の冒険者ならともかく、ギルドマスターである貴方は貴族のマナーがぐらいは覚えておくべきだと思いますが?」
「ははは、それはたしかにそうかもしれないな。まあ、面倒なことこの上ないが……しかし、お前さんの父親は貴族なのに、そういうマナーとかが嫌いだろう? 本物の貴族が嫌いなことをなんで俺が覚えなくちゃいけないんだ?」
「そ、それは……」
痛いところをつかれたとばかりにシリウスが言い淀む。
たしかにシリウスにとって、そこをつかれるのが一番痛いのだ。
うちの父親であるアレンは冒険者としての活躍によって叙爵され平民から貴族になったのだが、元が平民であるせいでそういう貴族のマナーとかが大嫌いなのだ。
もちろん、公の場では一応は取り繕ってはいるが、そういうのが嫌いだからこそ王都に来ることが少ない。
あくまで理由の一つではあるが……
さて、ここからシリウスはどう切り返すか……
「何を子供相手に自信満々で言っているんですか? 情けないですよ?」
「げっ?」
だが、シリウスが何か言う前に、いつの間にかガルドさんの後ろに現れたウィズさんがツッコミを入れていた。
自分の発言のまずさに気がついたのか、ガルドさんの表情から血の気が引いていく。
どうしてそこまで恐れているのだろうか?
そんな疑問を俺が感じていると、ウィズさんが話を進める。
「以前から私は言っていましたよね? 冒険者ギルドのギルドマスターともなれば、この国の上層部である貴族と会うことがある、と。そのためにはしっかりとマナーは覚えておかないといけない、と」
「あ、ああ……そうだな。だけど……」
「だけど、じゃありませんよ。貴方はいつになったらしっかりとマナーを学んでくれるんですか? このままでは冒険者ギルドがマナーもろくに学んでいないならず者集団だと思われるんですよ?」
「……それは否定できないんじゃ?」
「だまらっしゃいっ!」
「うっ!?」
反論しようとした瞬間、ピシャリとウィズさんが遮った。
おおう、部下であるウィズさんの方が強いのか、こういう時は。
まさかガルドさんがあっさりと退くとは思わなかった。
というか、震えてない?
「たしかに貴方の言う通り冒険者は基本的に平民が多いから、そういうマナーに疎い人間が多いのは仕方がないでしょう。基本的に平民として生きていくうえで、そういうマナーはあまり必要はないですからね」
「そうだろう?」
「ですが、貴方は冒険者ギルドのギルドマスター──つまり、貴族と会う必要がある以上、最低限でもマナーを覚えておかないといけないんです。たとえ、平民出身だからと言ってもね」
「うぐ……だが……」
「言い訳は無用です。今度こそはしっかりと学んでもらいますからね」
「うぅ……」
ガルドさんが完全に言い負けていた。
まさか優男風のウィズさんがガルドさんをここまであっさり言い負かすとは思わなかった。
いや、脳筋なガルドさんを論破すること自体はそこまで難しい事ではないか?
難しいのは能天気なガルドさんにしっかりと反省させることなのだろう。
だが、どうして彼はこんなにも言い負かされたのだろう。
疑問に思っていると、ガルドさんの視線が俺たちに向いていた。
もしかして、子供である俺たちの前で大人として情けない姿を見せていることを恥ずかしがっているのか?
それだったら、この反応にも説明がつくか。
おそらく、そういうのを狙ってウィズさんも個々で話をしたのだろう。
なかなかの策士だな。
そんなことを考えていると、ウィズさんが俺の方に向く。
「グレイン君」
「な、なんですか?」
いきなり話を振られて、俺の返事がつまる。
まさかいきなり話を振られるとは思わなかったからだ。
そんな俺の様子を気にした様子もなく、ウィズさんが笑みを浮かべる。
だが、そんな彼の笑みの裏にどこか黒い雰囲気が漂っていた。
「ガルドの──いや、冒険者ギルドの今後のために、しっかりとマナーをしてくれるかな? 君はそういうことはきちんとできるだろう」
「え、ええ……」
「じゃあ、よろしくね?」
「……わかりました」
ウィズさんの黒い笑みに俺は反抗することはできなかった。
ものすごく怖いんですけど……
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