2-9 死んだ社畜は驚愕する (改訂)
屋敷への帰り道、気になったのでモスコにいろんな質問をした。
そのおかげで彼のことをいろいろと知ることができた。
彼の本名はモスコ=ミュール──【ミュール商会】というリクール王国では有名な老舗の商会の会長さんだそうだ。
庶民から貴族、王族まで幅広く商売をしているが、主なターゲット層は庶民が相手らしい。
それだけ聞くと、金のない庶民を騙して金を奪っているように思うかもしれないが、実際にはそうではない。
なんでも【ミュール商会】を造った初代会長が商売に失敗して、路頭に迷っていた時に庶民の人に助けられたらしい。
その時に恩を感じた初代会長は庶民たちの生活を助けるべく、廉価でいろんな商品を庶民たちに売るようになったらしい。
その考えは今も受け継がれており、庶民の間では大変人気の商会らしい。
だが、だからといって何も問題がないわけではない。
庶民を相手しているということだけで、貴族からはあまり受けがよくはなく、同業者からもいろいろ悪口を言われているらしい。
庶民相手に廉価で商品を売っているため、他の部分で埋め合わせをしないといけない。
だが、貴族相手に悪評が広まっている状況下でそれはなかなか難しい。
なので、最近はかなり経営不振だったそうだ。
しかし、そこで俺とローゼスさんの会話を聞いたわけだ。
この新しい商品ならば、庶民を相手に廉価で販売ができたうえ、貴族を相手にその埋め合わせをすることができる、と。
ちなみに【リバーシ】の値段は庶民には銀貨1枚、貴族には金貨1枚にするそうだ。
その時点で100倍近い金額の差がついているのだが、それについては俺の方でいろいろと改良を加えることで反感を減らすことになるらしい。
とりあえず、何らかのオリジナルの紋章を加えることで如何にもプレミアムであるという雰囲気を出させることで、貴族にとって特別であると思わせるそうだ。
詐欺臭い気もするが、貴族が相手なので別に構わないだろう。
どうせ金は腐るほど持っているだろうし……
「屋敷に着きましたよ」
「おお、ここがかの有名なカルヴァドス男爵の屋敷ですか」
「いや、そんな大層なものではないですよ」
屋敷に着いた瞬間にモスコがそんなことを言ったので、俺は思わず苦笑を浮かべてしまう。
他の貴族の屋敷がどのようなものかは知らないが、別にこの屋敷が特段凄いものではないと俺は思っている。
地球から転生してきたのでこの世界の常識とずれたところはあるかもしれないが、だからといって屋敷の良し悪しについてはさほどずれはないと思う。
俺が普通と思っている屋敷は普通であるはずだ。
そんなことを思っていると、屋敷の玄関が勢いよく開く。
「あっ、グレイン! どこにいたのっ!」
「えっ!?」
屋敷の中から勢いよく飛び出してきたのはアリスだった。
その後ろにはシリウスとメイドのサーラもいた。
三人とも慌てているようだが、一体どうしたのだろうか……
「お母さまたちが大変なのっ! 今すぐ来なさいっ」
「えっ!? 母さんたちが?」
慌てるアリスの言葉に俺は驚いてしまう。
頭の中で最悪の想像が思い浮かぶ。
【死】──その言葉が俺の頭の中に浮かんでくる。
生き物として生活するうえでいずれは訪れる出来事であり、突然起こることだってありうる出来事である【死】。
彼女の慌てようから俺はエリザベスがその危険があると思ってしまったのだ。
「いや、そんなに急がなくても……」
「早く来なさいっ」
「う、うん……」
「あっ……」
シリウスが何かを言おうとしていたが、頭の中がパニックになっている俺は彼の言葉を聞く余裕はなかった。
アリスに連れられながら、屋敷の中を勢いよく駆けていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
(バンッ)
「母さんっ!」
俺は勢いよく扉を開く。
そこは両親たちの寝室で、アリス曰くエリザベスたちは体を休めるためにそこにいるということを聞いた。
慌てた俺はノックなどの手順を踏まずに勢いよく扉を開いたのだが……
「騒々しいわよ、グレイン」
「えっ!?」
だが、そこには俺の想像だにしない光景があった。
なんせ、エリザベスとクリスはベッドの上にいるのだが、いたって普通の状態に見えたからだ。
上体を起こした状態でアレンを加えて楽しそうに会話をしている、とてもこれから死ぬような人間の雰囲気ではなかった。
俺はその光景を見て、さらに頭がパニックになってしまう。
「えっと……母さんたちが大変だって聞いたんだけど?」
「ああ、そのこと? たしかに倒れて一時大変だったけど、今は別に大丈夫よ。お医者様にも大丈夫だという診断はもらったから」
「はぁ……よかったぁ~」
エリザベスの言葉に俺は大きく息を吐いた。
なんせ自分の両親が死ぬと思っていたのだ。
その可能性がなくなったことで一気に安心して力が抜けてしまった。
「でも、なんでそんなに慌てていたのかしら? グレインを呼びに行かせたアリスたちはきちんと知っていたと思うけど……」
「……」
エリザベスの言葉に俺はアリスに一杯食わされたことに気が付いた。
そして、視線を一緒にこの部屋に来たアリスに向ける。
「うっ!? なによ?」
視線を向けられたアリスは一瞬たじろいだが、すぐに平静を保とうとした。
だが、そんな俺たちの様子に気が付いたエリザベスからの質問にアリスの平静は保たれることはなかった。
「もしかして、アリスが何かしたのかしら?」
「いや……別に……」
「母さんたちが大変だから急ぐように、と言ったんです。だから、僕は慌ててこの部屋に駆け込んで来たわけです」
「ちょっ!?」
あっさりと白状する俺をアリスは止めようとする。
だが、俺はそんな彼女の手をかいくぐる。
「ふ~ん、なるほど……」
「ひぃっ!?」
そして、エリザベスから鋭い視線を向けられ、アリスは小さな悲鳴を上げ動きを止める。
あのアレンですら逆らうことのできない絶対零度の視線なので、子供のアリスが耐えられるはずもない。
彼女はすでに涙目だった。
そんな彼女にエリザベスは雰囲気とは裏腹に優しく問いかける。
「グレインを騙そうとしたの?」
「ち、ちがうわ……ただ大丈夫なことを、言い忘れただけで……」
「それでグレインはとても心配したのよ? 人を心配させることは悪い事じゃないの?」
「う……」
エリザベスの言葉にアリスは反論しようとするが、あっさりと言葉を詰まらせる。
どうやら悪い事をした自覚はあるようだ。
それならば、最初からそんなことをしなければいいのに……
「……アリス、悪いことをしたらどうするの?」
「う……ごめんなさい」
「……私たちにじゃない。グレインに謝りなさい」
「ごめん、グレイン」
クリスに怒られ、意気消沈のアリスは俺に向かって謝ってくる。
まあ、これだけ怒られたなら、もうこんな悪さをすることはないだろう。
俺は許すことにした。
「別にいいよ。僕の方も慌てて状況判断ができていなかったからね。そういえば、兄さんが何か言おうとしていたし……」
今回の件に対しては俺の方にも問題があった。
いくら慌てるような状況だったとしても、少しは周囲の状況を把握しておかなければいけなかった。
あのとき、シリウスは何かを言おうとしていた。
だが、俺は慌てていたためにアリスに言われるがまま急いでこの部屋に駆け込んだのだ。
もし、俺が落ち着いていたならば、このように騙されることはなかったわけだ。
まあ、この件についてはこれでいいだろう。
俺は最後に気になったことを質問する。
「それで母さんたちはどうしたの? というか、二人ともお医者さんに診てもらったみたいだけど……」
「実はね、グレインたちに弟か妹ができるわよ。しかも、二人も」
「そうなんだ。それはめでたい事だね……って、ええっ!?」
エリザベスの言葉を俺は一度あっさりと受け入れそうになったが、思わぬ出来事に俺は驚愕の声を浮かべてしまった。
それはエリザベスたちが大変だと聞いた時よりも大きな驚きだった。
この時の俺の声は屋敷中に響き渡ったらしい。
そのことで俺はエリザベスからの説教を受けることになってしまった。
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