第六章 閑話3 伯爵夫妻と獣耳メイドの午後
「【獣気解放・炎狼】」
全身に気と魔力を纏わせた。
炎に纏われた姿はさながら狼のように獰猛で、見るものに恐怖を与えるものに違いない。
私はそう思っていた。
しかし──
「はあっ!」
「甘い」
(パンッ)
「あうっ!」
だが、攻撃しようとした瞬間に棒状のもので私の腕を払われた。
痛みのあまり声を漏らしてしまう。
そこからさらに追い打ちをかけられる。
「戦闘中に痛みで動きを鈍らせるな」
(シュバッ)
「きゃあっ!」
痛みをこらえている間に足払いを掛けられる。
宙に浮いた私はそのまま仰向けに地面に倒れることになってしまった。
そんな私は喉元に木剣を突きつけられる。
「チェックメイトだ」
「……はい、参りました」
バランタイン伯爵の勝利宣言に私──リュコスは力なく降参することになった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「リュコちゃん、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
バランタイン伯爵夫人──リナリア夫人から紅茶の入ったカップを受け取った。
使用人の癖に貴族に紅茶を淹れてもらうとは何事かと思うかもしれないが、なぜかこの役目をリナリア夫人は頑なに譲らない。
別に私も紅茶を淹れることが出来ないわけではないのだが、なぜかリナリア夫人は自分が淹れると言って聞かないのだ。
なんでもリナリア夫人は紅茶を淹れたり、お菓子を作ることにかけての情熱が凄まじいらしく、主催のお茶会では自分で入れた紅茶と手製のお菓子を振る舞っているそうなのだ。
使用人としては恐縮ではあるのだが、だからといって貴族様に反論することは難しいのだ。
というか、そもそもリナリア夫人は私のことを使用人として扱っていなかった。
グレイン様の婚約者として扱っているのだ。
認識としては間違っていないかもしれないが、私は使用人であることも事実なのだが……
そんなことを考えながら、紅茶を口に含む。
やはり彼女の淹れる紅茶は素晴らしい。
私ではまだまだこの境地までたどり着くことはできないだろう。
夫人に淹れてもらって正解かもしれない。
そして、一息ついた私にバランタイン伯爵が話しかけてくる。
「【獣気】と【魔装】をだいぶ操ることができるようになったみたいだが、まだまだ甘いな。どちらも使えるようになっただけで、使いこなせておらん」
「……はい」
「どちらか片方でも使いこなせることが出来れば、それだけで十分に戦力として数えることが出来る。つまり、両方使うことが出来るお前はそれだけで他人とは違うアドバンテージを持っているわけだ」
「はい、わかっております」
「だが、今のお前ではただ使っているだけだ。使いこなしているというにはほど遠いな」
「……はい」
バランタイン伯爵の指摘に私は顔を下げてしまう。
事実とはいえ、ここまではっきり言われるのは心に来るものがある。
自分には才能がないのではないか、そんな気持ちに苛まれてしまう。
そんな私の様子を見て、リナリア夫人が仲裁に入ってくる。
「言い過ぎよ、あなた」
「む?」
「リュコちゃんだって頑張っているじゃない。それに【獣気】も【魔装】もそれぞれが獣人と魔族にとっても扱うのが難しいという話じゃない。使えるだけで十分だと思うわ」
「……それはそうだが」
「言い訳しないの。もう少し優しく指導してあげられないの? グレインちゃんのお嫁さんなのよ?」
「ちょ、リナリア様……」
夫人の怒涛の言葉に私は思わず止めようとしてしまう。
庇ってくださるのはありがたいが、少し言葉に熱を込めすぎている気がする。
若干、伯爵が引き気味になっているではないか。
それに私は婚約者の一人であって、まだお嫁さんではないのだが……
「グレインの嫁だからこそ、しっかりと指導していかないと」
「あら、どうして?」
「お前も知っているだろう? 数日前にグレインがシリウスたちに負けたことを……」
「ああ、あの話ね。それがどうしたのかしら?」
伯爵の言葉によくわからないと言った表情のリナリア夫人。
どうしてグレイン様が負けた話をそこまで気にしないでいれるのだろうか?
グレイン様のことを知っている私からすれば、いくらシリウス様たち四人がかりとはいえ同年代に負ける姿など想像していなかったのだ。
正直、リナリア様の反応が信じられない。
いや、彼女は戦闘に関してはまったくのド素人だから、このような反応なのかもしれない。
貴族の嫁としては間違いではない姿なのかもしれない。
そんなリナリア様の反応に軽く嘆息し、伯爵は説明を続ける。
「グレインが異常に強い──それはお前もわかるな?」
「それは私でもわかるわね。どれぐらい強いかは想像もできないけど……」
「そんなグレインにシリウスたちは勝利した。つまり、部分的にとはいえシリウスたちはグレインに並ぶ評価を得ることが出来たわけだ」
「……まあ、そういうことになるのかしら?」
「その中にグレインの嫁が二人入っているわけだ」
「ええ、そうね。ティリスちゃんとレヴィアちゃんね」
伯爵の説明にリナリア様は頷く。
彼女はティリス様とレヴィア様のこともちゃん付けで呼んでいる。
孫の嫁に対する呼び方としては間違いではないのかもしれないが、あの二人は獣王と魔王の実の娘なのだ。
普通は恐れ多くてそんな呼び方はできない。
だが、そんな私とは違ってリナリア様はあっさりと呼んでいるわけだが……
「嫁の二人がそれだけの実力を持っているのだ。それなのに、リュコスが弱いままだとどう見える?」
「……ふさわしくないように見える?」
「ああ、そうだ」
「でも、それだったらイリアちゃんはどうかしら? 彼女はたしか近接戦闘も魔法もできなかったはずだけど……」
「キュラソーの嬢ちゃんに関してはそれ以外の部分が優れているから問題ない。あれは内政や外交などの政治などに役立つ頭のキレがある。これはグレインにはない優れた部分だな」
「なるほど」
伯爵の説明にリナリア様は納得する。
そうなのだ。
グレイン様の婚約者たちは私を除いて、素晴らしい人ばかりなのだ。
それなのに、私と言ったら大した実力もなく……自分で言って悲しくなってしまう。
そんな私に気付いたのか、伯爵様が慰めてくれる。
「だが、リュコスには才能がある。私が鍛え、日々鍛錬を怠らなければ、グレインは無理だとしても嫁たちには追いつくことはできるだろう」
「そ、そうですか?」
「ああ、だから自信をもっていい」
「はいっ!」
伯爵様の言葉に私は元気を取り戻すことができた。
本心からの言葉かどうかはわからないが、それでも評価はされていると思う。
それならば、その評価を覆されないように頑張ろう。
「では、そろそろ休憩は終わりにしよう。訓練の続きだ」
「はいっ!」
伯爵様の指示に私は元気よく立ち上がった。
さあ、頑張ろう。
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