2-4 死んだ社畜は将来の希望が潰える (改訂)
嵐のように去っていったローゼスさんたちを見送り、俺はリュコに感想を述べる。
「……すごかったね。ああいうのがいつもあるの?」
「そうですね。この村には半月に一度ほど買い出しに来ますが、2回に1回は見ることができますね」
「……」
たまにしか来ないはずのリュコがそのペースで見るということはかなり頻繁に行われていることなのか、と俺は思った。
まあ、この村の人もあの騒動を受け入れているようだから問題にはなっていないみたいだが、それでも少し心配になってしまう。
あの大柄な男や俺だったからあの魔法をはじいたり受け止めたりできたわけだが、普通の人に直撃したら確実にやばかったはずだ。
シリウスならば、確実に一撃死だろう……いや、氷の壁でどうにか止めることはできるか?
そんなことを考えていると、村人の一人がリュコに気が付く。
「おお、リュコちゃんじゃないか? 今日も買い出しか?」
「いえ、今日は買い出しじゃないんですよ」
「そうなのかい? せっかくいい大根が入ったんだが……」
「すみません。今日は村を見て回ろうと思ってまして、お金は持ってきていないんです」
どうやらこの男性は八百屋か野菜の生産者のどちらかのようだ。
リュコはいつもこの人から野菜を買っていたのだろうか?
つまり、うちの食卓の一部を担っていると言っても過言ではないだろう。
そんな人がリュコの言葉を聞き、すぐにある提案をする。
「そうかい……なら、タダで持っていきなさい」
「えっ、それは悪いですよ」
「男爵様にはいつもいっぱい買ってもらってるから、うちとしてはかなりのもうけを出させてもらってるんだよ。これぐらいは問題ないさ」
「……そうですか?」
「ああ、そうさ」
未だに遠慮がちのリュコだが、そんな彼女に満面の笑みを浮かべる男性。
てっきり下心でもあるのかと疑ってしまったが、彼には一切そういう雰囲気が感じられない。
本当にうちの家が野菜を購入してくれたことが嬉しくて、そんな提案をしているようだった。
そんな彼の気持ちに報いるためにもリュコを促す。
「男があれだけ言っているんだから、受け取ってあげた方が良いよ」
「そうですか? ……では、ありがとうございます」
俺が促したので、リュコは男性から大根を受け取った。
それに満足したのか、彼は今度は視線をこちらに向ける。
「おう……ところで、その坊主は誰なんだい? マティニの魔法を受け止めていたから、とりあえずただの化け物だと思っていたんだが……」
「いや……化け物、って……その時点で「ただの」はおかしいでしょう?」
「がははっ、そりゃそうだ。【正真正銘の化け物】といったほうがよかったな」
「いや、そういうわけじゃ……」
あまりの言い草に思わずぼやいてしまう。
いや、たしかに普通の人から見ればそう見えるのかもしれないが、少しはオブラートに包んで欲しい。まあ、この世界にオブラートなんてものが存在するかは知らないが、とりあえずはっきりと言えば問題がないというわけではないのだ。
だが、そんな男性の言葉など気にもせず、リュコは俺のことを紹介する。
「この人はカルヴァドス男爵家次男のグレイン=カルヴァドス様です。私の仕えている主ですね」
「へぇ~、この坊主が? 見た目は普通の子供っぽいのにな……」
リュコの紹介を聞き、男性が驚いたようにそんなことを言ってきた。
というか、【見た目は】って、それ以外は普通の子供じゃないということか?
思わず反論してしまいそうになったが、それ以外に気になることがあったので先にそっちを質問する。
まあ、あとで問い詰めるつもりではあるが……
「驚いたりしないんですか? この辺りを治める領主の息子なんですけど……」
「ん? 驚いてほしかったのか?」
「いえ、そういうわけではないですけど……普通はこんな風に出歩くものではないと思うんですけど?」
この男性があっさりと俺のことを受け入れたことが気になったのだ。
別に貴族の子供たちが領地内を出歩いたりしないとは言わないが、それでももう少し大層な感じで行動をすると思っている。
まだ5歳の子供で護衛も一人で出歩く貴族なんていると思わないのだが……
「そんなもん、アリス嬢ちゃんで慣れちまってるよ。あの嬢ちゃんはしょっちゅう一人でこの村に遊びに来ていたぞ? あんなにお転婆だとご両親も大変なんじゃないか?」
「……」
その説明でどうして受け入れられたかを納得することができた。
姉さんが先にそんなことをしていれば、俺程度など簡単に受け入れられるようになるわけだ。
しかし、あのアリスを嬢ちゃん扱いとは……
「それにアレン様もたまに来るが、貴族らしい振舞いはされてないから俺たちも楽に接することができるんだよ。本人もそういう対応をされるのが嫌いみたいでな」
「ああ、そうですね。父さんは男爵に叙爵されて貴族になった人間ですから、元平民ですし……」
「男なら貴族になるほどの手柄を上げてみたいという気持ちもあるが、貴族という面倒な立場になるのは辛いなぁ」
「そうですね~」
男性の言葉に俺は賛同する。
男ならば一度ぐらいはでっかい手柄を得たいと思うが、そのせいで面倒なことになるのは流石に困る。
本当に父さんはすごいなぁ……
「……グレイン様」
「なに?」
リュコが話しかけてくる。
一体、何を……
「グレイン様もその貴族の一員ですよ? いくらシリウス様が跡を継ぐ可能性が高いからと言って、貴族の職務から逃げきれるわけではないはずです」
「うん……逃げきれない事実を突きつけてくれて、ありがとう」
彼女の言葉に思わず泣きそうになる。
俺としては前世の社畜の経験からもう仕事はしたくないと思っていたのだが、俺という人間はそういう仕事とかを呼び寄せる力でもあるのだろうか?
なんで生まれ変わっても仕事をさせられる未来しかないんだろうか?
正直、田舎でのんびり暮らしたい……っていうか、ここも田舎か?
「ははっ。なかなかおもしろい坊主だな。こういう子供たちがいれば、この領地も安泰だ」
「……家を継ぐのはシリウス兄さんですよ? 僕は次男なんで……」
「そういうことを言っているんじゃないぜ」
「どういうことですか?」
男性の言っている意味が分からない。
彼の言っていることは俺が将来もこの領地で働かせる未来──つまり、男爵家を継ぐと言っているように聞こえたのだが……
「別に坊主が男爵家を継ぐ必要はない。噂によるとお前さんの兄──シリウス様も領主になるのに十分な資質を持っているらしいしな。下手にお前さんが名乗りを上げて、家の中をめちゃくちゃにする方が問題かもしれん」
「なら、どうするんですか?」
「お前さんはアリス嬢ちゃんの様にこの村周辺──いや、二人いるならばこの領地中の魔獣を退治できるようにすればいい。そうすれば、貴族としての仕事とかに悩む必要はなくなるだろう」
「はっ!?」
男性の言葉に俺ははっと気づかされる。
この領地は人間・魔族・獣人の三国の合わさったところの近くにあり、そのあたりには強力な魔獣が多数生息している。
正直、並みの冒険者では相手にできないレベルの猛獣のためすべてを駆除することは難しく、領民たちは魔獣に襲われる危険と常に隣り合わせで生活しているのだ。
そういう危険から領民たちを守るヒーロー的存在──なかなかいいかもしれない。
仕事ではあるかもしれないが、少なくとも社畜時代のような上の人間のためだけに働かされるような仕事ではない。
むしろ、人から感謝の言葉を貰うことができるような素晴らしい仕事だ。
ならば、それをするしか……
「グレイン様? そういう役目を担われるのは構いませんが、それでも貴族であることには変わりありませんよ? むしろ、その役目が加わる分、余計にしんどいかと……」
「……」
リュコの指摘に俺の希望がガラガラと崩れていった。
もう少しぐらい希望を持たせてくれてもいいじゃないか……
なんで彼女はそういう淡い希望すら持たせてくれないんだ?
そんな俺たちの様子を見て、男性が俺の背中をバンバンと叩く。
「がははっ! 残念だな、坊主。お前さんはそういう星のもとに生まれてきたんだよ」
「……」
本気でぶん殴ろうかと思ってしまった。
俺の一番気にしていることを指摘されたからだ。
「まあ、坊主」
「……なんですか?」
「人生辛い事もあるが、きっといいこともあるさ。まだ若いんだからな」
「……たしかにそうですね」
俺の様子に何かを感じたのか、男性はそんな言葉をかけてくれた。
なんでそんな言葉をかけてくれたかはわからないが、その言葉に少し救われた気持ちがした。
そんな俺たちの様子を見て……
「?」
なぜかリュコは首を傾げていた。
まあ、君みたいな若い子にはわからないだろうな、俺たちの気持ちは……
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