5-80 死んだ社畜は王女様の状況を知る
男の子たちが緊迫した空気に固まっていると、少女たちは会話を始める。
見た目だけで言うなら、とても和やかな雰囲気だった。
「あら、シャル。お祝いを言ってくれるの?」
「親友の幸せな話なんだから、祝うのは当然じゃない。というか、イリアは私のことをそんな薄情な人間だと思っていたのかしら?」
「別にそういうことじゃないわよ。ただ少し驚いただけなの」
二人は比較的和やかな雰囲気で会話を続けている。
若干、ギスギスした雰囲気がないことはないが、それでも大変なことになる空気はない。
これならば、安心して……
「そもそも、そういうのはイリアの方じゃないかしら?」
「「「「「っ!?」」」」」
安心することができなかった。
突然のシャルロット王女の爆弾発言にその場にいた男の子たちは驚愕の表情を浮かべることになった。
なんせ、シャルロット王女がイリアさんのことをけなすようなことを言ったからだ。
いや、元の発言はイリアさんから言っているので、単純に言い返しただけなのかもしれない。
だが、イリアさんは同年代では到底口では勝つことができない少女なのだ。
そんな彼女のことを馬鹿にするなんて……
「別にシャルが本当に好きな人と出会えたなら、喜んで応援するわよ?」
「そうなの? てっきり、私に近づく人はことごとく排除しているんだと思ったわ」
「「「「「……」」」」」
二人の会話を聞きながら、男の子たちは黙っていることしかできない。
誰がこんな会話の中に進んで入っていくことができようか……
俺だってすぐにこの場から逃げ出したいが、シャルロット王女とイリアさんの両方の視界に入っている状態なので動くに動けない。
「シャルに悪影響がある人間だったら、ことごとく排除するわよ。そうでない人はシャルが気に入れば、残しておいてあげるわよ」
「ふふっ、そうよね。いつもありがとうね」
「「「「「えっ!?」」」」」
緊迫した空気が突如として解放された。
男の子たちはどうしてこんなことになっているのか理解できていなかった。
まあ、話を聞いていた俺にもどういうことか理解できてはいなかったが……
俺はとりあえずイリアさんに質問する。
「えっと、どういうこと?」
「あら、わからないの? グレイン君ともあろう人がこんなこともわからないなんて……」
「いや、イリアさんがやっていたことについては理解できるよ。でも、なんでイリアさんに感謝を……」
イリアさんの挑発に乗ることはせず、俺は疑問に思ったことを口にする。
おそらく、彼女がやっていたことはシャルロット王女に悪い影響を与える者たちを排除する役割だ。
王女という立場から、その周りには良い影響から悪い影響まで与える者たちがいる。
その大半が大人であるので、身近な大人たちが対処するわけだ。
しかし、すべてが大人から来るわけではない。
大人が子供を使って、王女とのコネクションを得ようとしたりもするわけだ。
それを対処していたのがイリアさんなわけだが……
シャルロット王女の反応から、イリアさんの行動はあまり嬉しいようには見えなかったが……
「私が感謝していることに驚いているようね? グレイン=カルヴァドスくん?」
「い、いえ……そんなことは……」
シャルロット王女から質問され、俺はしどろもどろに答える。
彼女が王都の街中であったシャルと同一人物であることはすでに理解しているが、王女である彼女の振舞いとあのシャルとの齟齬に違和感があるのだ。
だから、うまく返事をすることができなかった。
そんな俺のことを気にした様子もなく、シャルロット王女は説明を続ける。
「たしかに昔は私の周りから子供がいなくなることに違和感を覚えて、イリアがそれをしていたことを聞いた時は怒りもしたわ。でも、それは仕方のない事なの」
「仕方のない事、ですか?」
「ええ。私はこの国の王女だし、【聖属性】の魔力を持つ者なの。つまり、私を自由に動かせるようになれば、いろんなところで幅を利かせられるわけよね」
「……否定はしません」
シャルロット王女の言葉に俺は直接的な返答は控えた。
だが、言っていることは非常に正しいと思う。
よくよく考えれば、シャルロット王女には様々な人が欲しがる要素がありすぎるのだ。
当然、周囲にいる者たちはそれをどうにかして手に入れようとするわけだ。
「イリアのおかげでそういう悪意を感じずに過ごすことはできたわ。その点ではとても感謝しているの」
「なるほど」
「でも、そのせいで友達と呼べる人がいないんだけどね?」
「……」
シャルロット王女がイリアさんにどうして感謝しているかは理解することはできたが、その次の内容は答えることができなかった。
イリアさんが排除したせいで友達がいない──つまり、周囲にいた子供は全員シャルロット王女目当てだったということだ。
悲しすぎるだろう。
「まあ、それでも今日は一人お友達が増えそうね」
「えっ!?」
彼女がそう呟くと、なぜか俺の手を握ってきた。
突然の行動に俺は驚きの声を上げてしまった。
「グレイン=カルヴァドスくん。私と友達になってくれますか?」
「えっ!? えっ!?」
突然の状況に俺は言葉を紡ぐことができなかった。
どういう状況なんだ、これ?
どうして俺はシャルに手を握られているんだ?
そんな慌てる俺に助け船が出される。
「人の婚約者の手を勝手に掴まないでくれるかしら? グレイン君はあんまり女の子慣れしていないのよ?」
「あら、ごめんなさい。でも、私が聞いていた話とは違うわね?」
「話?」
シャルロット王女の言葉にイリアさんが首を傾げる。
「グレイン=カルヴァドスは齢8歳にしてすでに3人の婚約者がいる、って話よ? イリアで四人目のはずだから、女の子になれていないって話は信じられないんだけど……」
「ちょっ!?」
シャルロット王女の言葉に俺は思わず反論しようとしてしまった。
いや、事実なんだけど、なんかその話は俺に対して悪意がありすぎないか?
その話を聞いた瞬間、男性陣からの視線が鋭くなった気がするんだが……
しかし、その話を聞いたイリアさんはいたって平静に返答する。
「まあ、それは事実ね」
「あら、認めるの?」
「ええ。というか、すでに他の婚約者と仲良くさせてもらっているわ」
「へぇ、そうなの?」
イリアさんが自信たっぷりに宣言する。
だが、俺の記憶が正しければ、仲良くはしていなかった気がする。
まあ、この場で指摘するようなことではないが……
「他の婚約者の娘たちはグレイン君の凄さに惹かれて婚約者になったのよ。というか、私もその一人ね」
「へぇ……イリアだけでなく、他の女の子たちも認めるぐらいすごいんだ~」
「だから、彼は好意を持ってくれた女の子としか交流したことがないの。そんな彼の手をいきなり握るなんて、駄目じゃない」
「あら、ごめんなさい。私は久しぶりにできた友達に嬉しくて、つい」
つい、で男の子の手を握るのか……
というか、イリアさんの説明は雑すぎないか?
いや、間違ってはいないのかもしれないが、俺は別に好意を持ってくれた女子以外にも交流ぐらいしている女の子はいるぞ?
ただあんな風に手を握られることがなかっただけで……
「友達になるのは認めるけど、あんまり人の婚約者になれなれしく触らないでね? グレイン君が勘違いしても困るし……」
「ええ、気を付けるわ。勘違いされても困るし……」
「あら? それはどういうことかしら?」
なんかイリアさんから怒りのオーラを感じる。
もしかして、「勘違いされても困る」の発言に怒っているのか?
別にそれぐらい構わないんじゃ……
そんなことを考えていると、シャルロット王女がはっきりと宣言する。
「私、あんまりかっこいい人は好みじゃないの? どっちかというと、可愛い系の男の子の方が好きかしら」
「ああ、なるほど。それならいいわ」
シャルロット王女の一言にイリアさんが納得した。
あれ、そんなのでいいの?
俺はあまりのあっさりさに思わずイリアさんの顔を見てしまった。
だが、彼女は納得してしまっていたので、俺がどうこういうことはできなかった。
ちなみに、シャルロット王女の先ほどの言葉に周囲にいた男の子たちは肩を落としていた。
どうやら可愛い系ではない自覚があるようだ。
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