5-71 死んだ社畜は子供の素直さを称える
「アレン殿、お噂はかねがね聞いております。最近のカルヴァドス男爵家は大変発展しているそうで……」
「アレン様、【巨人殺し】と呼ばれた逸話を実際に聞かせて頂けませんか?」
「アレン殿。実は私には貴方のご子息と同じ年齢の娘がいるんですが……」
「……はは」
誕生日パーティーが始まって十数分、まだそれほど時間が経っていないのにもかかわらず、アレンの周りには人だかりができていた。
これが先ほどアレンの言っていたことなのだろう。
王女様が主役の誕生日パーティーのはずが、すでに王女様の周りにいる人達よりも多い人数がアレンの周りに来ていた。
それほど【巨人殺し】の伝説が凄いのだろう。
本人はたかだかサイクロプスを一体倒しただけと言っていたが、周囲の反応から察するにそれだけでも十分な偉業なのだろう。
改めて父親の姿を実感することができた。
「あらあら、仕方がないわね。でも、これもアレンの自業自得だわ」
「……普段から社交界には全くでないから、アレンに会いたい人、いっぱいいるわ」
「普段から姿を現していたら、こんな風に一気に来ることはないのにな」
「そうとも限りませんよ? 常にこのような状態になる可能性も……」
アレンの様子を見て、エリザベス・クリス・リオン・ルシフェルの四人は笑いながらそんな会話をしていた。
アレンのことを助ける気はない様だ。
しかし、これはアレン自身が招いたことなので、別に助けなくても構わないだろう。
実際の戦闘とは違って、死ぬことはないんだし……
「あの……」
「あら、どうしたのかしら?」
と、ここでエリザベスに話しかける女の子がいた。
年齢は十代半ばだろうか、子供らしさが抜けて大人っぽさが出てくるぐらいの女の子だった。
その女の子の後ろには幾人かの子供たちがいた。
そのすべてが女性のようだ。
これは……もしかして?
俺はその光景を見て、ある場面を想像してしまった。
しかし、実際には俺の想像していることは起こらなかったようだ。
「エリザベス様、ですよね?」
「ええ、そうだけれど? 私に何か用かしら?」
「はいっ! 私達、アレン様の【巨人殺し】の物語のファンなんですけど、その中でも【紅蓮の魔女】であるエリザベス様との告白シーンが大好きなんですっ!」
「ぶふっ!?」
女の子の突然のカミングアウトにエリザベスが噴き出してしまった。
このような醜態、彼女には珍しい。
そんな彼女の後ろでは残りの三人が爆笑していた。(正確には、クリスはくすくすと手を口に添えて笑っているが……)
「え、えっと……」
「アレン様がクリス様の婚約を受けるためにエリザベス様が離れようとする。けれど、アレン様はエリザベス様のことが大好きだったから、離れようとするエリザベス様をぎゅっと抱き留める」
「そんな情熱的な愛情を受け、エリザベス様もアレン様を受け入れる。それを見たクリス様が三人とも幸せになる方法を提案するんですよね?」
「「アレン様が貴族になれば、複数の妻を持つことができる。そうすれば、貴女も結婚することができます」と」
「「ぶふっ!?」」
今度はクリスにも飛び火した。
おいおい、最近の女の子はすごいな。
端から見ていて、完全に嫌がらせだと思ってしまった。
彼女たちの表情から本気で【巨人殺し】のファンであることはわかるのだが、その内容を本人に聞こうとするのはなかなか鬼畜の所業ではないだろうか?
現に、エリザベスとクリスは恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になっており、今にも爆発しそうになっていた。
ちなみに未だにリオンとルシフェルは爆笑していた。
「アレン様に抱き寄せられた時、どんな気持ちだったんですか?」
「いつ頃からアレン様のことが好きだったんですか?」
「クリス様はもしかして最初からエリザベス様のことを認めていたんですか?」
「「「「「どうなんですか?」」」」」
「「あ、アレン~」」
女の子たちからの質問攻めに二人はアレンを恨むように叫んでいた。
ちなみに、そのアレンも別の場所で多くの人たちに囲まれている。
普段の三人からは想像することもできない光景だった。
これを見ることができただけでも、王都に来たことが良かったと思える。
これは三人を弄るネタになりそうだ……いや、これを使ったら、後が怖いな。
「三人とも人気ですね~。流石は人間の国の英雄です」
「うふふ、本当ですね。一応、私たちの旦那もその伝説の一員のはずなんですけど、扱いが違いすぎますね」
サーラさんとクレアさんがこの光景を見ながら、そんなことを呟いていた。
しかし、その表情にはどことなく憂いが……
「まあ、理由はわかっているんですけどね」
「ええ、そうですね」
「……ああ、なるほど」
サーラさんとクレアさんに合わせて周囲に視線を向けると、俺は二人の言っていることの意味が理解することができた。
リオンやルシフェルに集まらない理由は周囲の人たちを見ると、よくわかる。
おそらく周囲にいる者たちはリオンやルシフェルがいることはしっかりと理解している。
だが、二人が人間ではないということが、近づくことができない理由だと思われる。
別に近づかない人間が全員人間以外を認めていないとは思えない。
この国の貴族にまだ多くいる考え方ではあるが、近づかない人間が全員そうであるとは思わない。
たぶん、リオンやルシフェルに話を聞きたいと思っている者たちもいるだろう。
だが、この状況で話しかけようものなら、排他的な考えを持つ者たちから何らかの嫌がらせを受ける可能性もある。
そういう危険にさらされるぐらいなら、近づかない方を選んでいるわけだ。
別にそれは仕方のない事だと思う。
だが、獣人や魔族の近くにいるからと言って、嫌悪感のような視線を向けられるのはあまり気持ちのいいものではないな。
カルヴァドス男爵家は獣人や魔族とも多く交流している筆頭の貴族なので、こんな風な視線を向けられることのは当然と言える。
「あ、あの……」
「ん?」
そんなことを考えていると、不意に声をかけられた。
妙に声が下から来たが……
視線を向けると、そこにはハクアやクロネと同じぐらいの年齢の子供がいた。
いつの間にか、俺たちに近づいていたようだ。
子供の父親だろうか、一人の男が慌てて子供のもとにやってくる。
そして、謝りながら子供たちを連れて行こうとするが……
「お姉さんの耳って、本物?」
「ひいっ!?」
突然子供が発した言葉に父親が驚きの表情を浮かべる。
そして、子供を庇うように抱きかかえる。
だが、その父親の動きをサーラさんが制する。
「君はこの耳が本物だと思う?」
「ん~、わかんない。でも、本物だとしたら、すごいと思う」
「どうして?」
「僕、猫とか好きなの。だから、猫の耳がついてるお姉さんの事、好きになるかもっ!」
「っ!?」
男の子の言葉にサーラさんが少し驚いたような表情を浮かべる。
そんな彼女を見た父親は平謝りを始める。
サーラさんに失礼なことをしたと思っているのかもしれない。
人の身体的特徴をあげつらうのは嫌がらせの一つの方法である。
なので、先ほどの子供の質問はそういう部類に入っていると思ったのだろう。
しかし……
「別に構いませんよ」
「で、ですが……」
サーラさんの言葉に父親はまだどうしていいのかわからに様子だった。
そんな父親をよそにサーラさんは子供に話しかける。
「僕、ありがとうね」
「どういたしまして」
「貴方のおかげで私はまた人間のことが好きになったわ。君のその考え方、絶対になくさないでね」
「うん、わかった」
頭を撫でられて、男の子は嬉しそうな表情を浮かべられた。
サーラさんの表情から褒められたと感じ取ったのだろう。
「あ、あの……」
「ん?」
先ほどの一幕のおかげか、近くにいた者たちの中から何人かがクレアさんに話しかけてきた。
「そのドレス、素敵ですね? 王都でも見ないデザインみたいですが、どこで買われたんですか?」
「お肌もすべすべですね? もしかして、獣人の方には独自の美しさを保つ方法とかあるんですか?」
彼女に話しかけるのは、貴族の女性が中心だった。
まあ、これだけ綺麗ならば、貴族の女性がその方法を聞きたくなっても仕方のないことかもしれない。
しかし、これは意外といい傾向かもしれない。
こういうことから獣人や魔族に対する排他的な考え方が変わっていくのだから……
「ちっ」
だが、ことはそう簡単には行かないのが世の常だ。
俺の耳にはたしかに舌打ちの音が聞こえてきた。
それも一つだけではない、いくつもの舌打ちが……
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