5-70 死んだ社畜は王女様の誕生日パーティーに参加する
「おや? 主役の登場のようだな」
アレンが部屋の入口の方に視線を向け、そう呟いた。
その声に近くにいた全員が入り口の方に視線を向ける。
すると、入り口の近くにいた男が大きな声で宣言する。
「シャルロット様が入場なさいます。ご注目ください」
男の声でようやく会場中の視線がそちらに向いた。
うわぁ、この状況下で入場なんて何の責め苦なんだろうか?
正直、俺はこんなことはされたくない。
そして、会場中の注目が向いていることに気が付いた男は相方と共に扉を開いた。
「「「「「うわあああああああああああああああっ!」」」」」
一人の少女が国王様に連れられ、部屋の中に入ってきた。
その姿を見て、会場のボルテージが一気に上がる。
本日の主役が登場したのだ、それも当然だろう。
しかし、俺とシリウスはその空気に乗ることができなかった。
なぜなら……
「……あれって、シャルだよな?」
「……うん、そう思う。よく見ると、後ろの方にあの女騎士さんがいるよ」
シャルロット王女はなんと俺たちが王都の街中で出会ったシャルだった。
まさかの事実に俺たちは驚愕してしまった。
いや、もともと立ち振る舞いからどこかの貴族の御令嬢だと思っていたのだが、まさか王女様だとは思わなかった。
二人でそんな会話をしていると、シャルたちは部屋の中で一段高くなっている位置に到着する。
そして、会場に集まった人たちに視線を向けた。
「今日は私のためにたくさんの方が集まって下さり、感謝しております。私──シャルロット=リクールは本日10歳になりました」
シャルロットの言葉に会場中から割れんばかりの拍手が鳴り響く。
この場にいる全員が彼女の誕生日を祝っているように感じる。
といっても、この中で彼女の誕生日を本心から祝っているのは、おそらく一部の人間だろうが……
残りはそれぞれの思惑で彼女の誕生日を祝っているように見せているだけだろう。
まあ、そういうことは気にしないでおこう。
俺たちは別に彼女の誕生日を祝わない理由がないので、きちんと拍手をしておいた。
「うむ、本日は私の娘のためにこれだけの者たちが集まってくれたこと、心より感謝しておる。まさかこれほどの貴族たちが来てくれるとは思わなかったぞ」
「お父様、失礼ですよ? せっかく来てくれた方々なんですから……」
「おお、すまんな。いや、私の誕生日にこれほど多くの貴族から連絡が来たことがないと思ってな……」
「お父様はもう40を超えているでしょう? そんな男性に今さら「誕生日おめでとうございます」と連絡を送る人はなかなかいないと思いますよ」
「うっ!? やはりそうか……」
なんか壇上で国王様とシャルが漫才をしていた。
そんな二人の様子を見て、一部が驚き、一部が笑い、一部はなぜか睨みつけていた。
誕生日を祝う場であまり褒められた行為ではないな。
おそらくシャル関連で期待している派閥の人間なのだろう。
だとしても、明らかにこの場でしていい反応ではない。
少しは場の空気を読むことを覚えるべきだろう。
「と、とりあえず、今日は娘の晴れの舞台だ。存分に楽しんでくれ」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおっ」」」」」
国王様の言葉に会場中のボルテージがさらに上がった。
もしかすると、この国の貴族はパーティーなどで盛り上がることが大好きなのかもしれない。
他のパーティーなどに出席したことがないので比較の仕様はないが、少なくともパーティーでこんな風に盛り上がるとは思っていなかった。
前世の知識でたとえるなら、まるでバンドのライブのようだった。
大学時代に一度だけ友人に誘われて行ったことがあるが、狭い空間の中で若者たちが盛り上がり、会場中がものすごい熱気に包まれていた。
あれも一つの楽しい事だとは思ったが、俺には合わないなと思ったのもまた事実だった。
とりあえず、この空気はそれに近いものを感じる。
さて、どうしたものか……
「っ!?」
「「……」」
とここで会場を見渡していたシャルの表情が不意に強張った。
ちょうど俺たちの方に視線を向けていた。
つまり……
「「気づいた(な・ね)」」
彼女は会場に俺たちがいることに気が付いたのだろう。
街中で少し一緒にいた俺たちがいるとは思っていなかったのだろう。
だが、それはシャルの方に問題があるな。
あの時の俺たちの会話から貴族であることはわかっていた筈だ。
そして、この時期に王都に来ていることから、自分の誕生日パーティーに来ていることぐらいは想定できるはずだ。
だったら、驚かないような努力ぐらいはしておくべきだろう。
「シャルロット様、どうしましたか?」
「い、いえ……大丈夫です」
「ですが、汗が……」
「も、問題ありません」
近くにいた貴族の男性がシャルを心配し、話しかける。
彼女は俺たちに驚いたというわけにもいかず、大丈夫であるとしきりに告げる。
王女にそこまで言われたのならこれ以上言うわけにもいかず、貴族の男性はもう何も言うことはなかった。
それでようやく落ち着いたと思ったのか、シャルは息を吐く。
だが、事はそう簡単には終わらない。
なぜなら、彼女は本日の主役なのだから……
「シャルロット様、お誕生日おめでとうございます」
「いやぁ、今日も可愛らしいですな」
「着ているドレスも素敵ですね。一体、どんな有名デザイナーの方が作られたのですかな?」
「えっ!? えっ!?」
押し寄せる貴族の波に呑まれ、シャルはどうすればいいのかわかっていない様子だった。
貴族たちは少しでも王族の覚えが良くなるように、そして王族との繋がりを得るためにどうにかしてシャルと話そうとしているわけだ。
そういう考え方を持っている人間が多くいるため、シャルの前で貴族たちが押し合いへし合いしてしまっているわけだ。
一人の質問を答えようとするが、答えようとしたときにはすでに目の前には違う人物が……そんな状況になってしまい、シャルはどう答えていいのかわからないようだった。
彼女はあまりこういう場には慣れていなさそうだったから、それも仕方のない事なのかもしれない。
こういうのは経験を積んでできるようになることだから、後は彼女の頑張りしだいだ。
とりあえず、俺は心の中で彼女に健闘を祈っておいた。
「シリウス、グレイン」
「「なに?」」
アレンが俺とシリウスに話しかけてきた。
一体、なんだろうか?
「お前たち、シャルロット様と知り合いなのか?」
「「街で出会った」」
「……そうか」
俺たちの答えにアレンはそれ以上何も聞かなかった。
どうして街で王女と出会うことがあるのだろうか、そんな疑問を感じたかもしれない。
もちろん、俺たちが嘘をついているとは思っていないだろう。
しかし、これ以上深く話を聞いてしまえば、王女様が街に出ていることがわかってしまう。
俺たちと出会ったということは当然馬車とかに乗っていないと推測できるし、護衛などがいれば俺たちと知り合いになるとは考えづらい。
つまり、王女様が勝手に一人で城下町に出てしまっているという事実に行きつくわけだ。
そんな事実を知れば、国王様に伝えないわけにはいかない。
というわけで、アレンはこれ以上聞かなかったのだろう。
だが、俺からは一つ聞いておきたいことがある。
「それより父さんはあの人混みに行かなくていいの?」
「……別に王族の覚えが良くならなくてもいいし、行く必要はないな」
「まあ、そうだね」
アレンの言葉に俺は納得する。
アレンは国王様の冒険者時代の先輩なので、すでにこの国でもトップクラスで王族の覚えが良い貴族だろう。
しかも、出世欲もあるわけではないので、本気で行く必要がないと思っているはずだ。
「……あそこに参加したら、主役のシャル様に失礼になっちまうからな」
「えっ!?」
俺はアレンの呟きを聞き、驚いてしまった。
一体、どういうことなのだろうか?
疑問に思って聞き返そうとしたが、すでにアレンは近くにある料理を取りに行ってしまった。
俺の中にただただ疑問が残ってしまっていた。
しかし、すぐに彼の言った意味が理解できた。
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