5-68 死んだ社畜は絡まれる
「しかし、まさかあのティリスがこんないい男の子を見つけるとは思わなかったわ。私の娘だから美人にはなるとは思っているけど、恋愛関係についてはものすごく心配していたから」
「ちょ、ママ……」
「レヴィアちゃんもよ~。かわいいルックスなのに、人づきあいが苦手なんだから……このままだと、一生独身で過ごしていくんじゃないかと本当に心配したんだから」
「え、えっと……ごめんなさい」
突然の獣王と魔王の奥さんの登場から二時間後、お酒が入って酔った彼女たちは自分たちの娘に褒め言葉と同時に愚痴を言っていた。
おそらく、本心なのだろう。
俺が初めて出会った時のティリスとレヴィアを思い出すと、母親たちである彼女たちの気持ちはわからないでもないからだ。
もし俺と出会っていなければ、一生独り身なんてことがあり得ない話ではなかったからだ。
いや、それは俺の傲慢かな?
彼女たちはルックスは非常に整っているし、性格も悪いわけではない。
もしかしたら、俺と出会わなくても運命の人に出会えていたかもしれないのだ。
その前に俺が出会ってしまったので、それはもうわからないが……
「あとはリオナよね……貴女はティリスよりもしっかりとしているし、男性をたてることもできている。それなのに、なぜか男の子が寄ってこないのよね?」
「ちょ、お母さんっ!」
「こっちもよ、リリム。貴女はレヴィアに比べて社交性があるし、周囲の男性からの視線も集めているのに……どうして未だに浮いた話が出ないのかしら?」
「お、お母様っ!」
酔った母親たちの矛先が今度は姉に向かっていた。
まあ、この二人はまだ妹たちと違って婚約者がいないので、そういう話になっても仕方のないことかもしれない。
年齢的にも立場的にもすでに婚約者がいてもおかしくはない……むしろ、婚約者がいないことで、「何か問題があるのでは?」と勘繰られてしまうほどだ。
彼女たちと交流のある俺からすれば、どうして二人に浮いた話の一つもないのかと思ってしまうが……
「ふぅ~、ようやく解放された~」
「酔っぱらったママの扱いは大変です」
「お疲れ様。とりあえず、水でも飲む?」
「「ありがとう」」
疲れた表情でこちらに来たティリスとレヴィアに俺は水の入ったコップを渡す。
彼女たちはそれを受け取ると、ぐいっと一気に煽った。
相当喉が渇いていたのだろう。
水を飲み終わった後、ティリスが母親たちに絡まれる姉を見て呟いた。
「お姉ちゃんたちは当分ママたちからねちねちと言われることになるわね」
「ん? どうして?」
「それは二人とも問題があるからですよ? 私たちとは違う理由のね?」
「へ?」
俺はレヴィアの言葉に驚きの声を上げてしまう。
どこから見ても完璧な姉二人のどこに問題があるのだろうか?
疑問に思う俺に二人は説明してくれる。
「リオナ姉さんは男女問わず好かれているわ。でも、それはあくまで友達として……恋人にしたいとは思われていないみたい」
「……」
「リリム姉様は綺麗すぎるのが問題ね。男女問わず憧れの的になっているけど、そのせいで逆に高嶺の花状態になっているみたい」
「……なるほど」
二人の説明に俺は納得することができた。
たしかに、それは二人が問題であろう。
優れているがゆえに結婚することができない。
まるでアラフォーで優雅に一人暮らしをしている独身のようである。
まあ、すべてのアラフォーの独身が同じ理由で結婚しているとは言わないが……
「もう少しリオナ姉さんは女性らしい振舞いをした方が良いと思うな。そしたら、男の人から女性扱いしてもらえるんじゃない?」
「リリム姉様ももう少し親しみやすくしたら、もっと男の人から話しかけてもらえると思うわね」
「えっと……」
二人の言葉に俺はどう反応すればいいのかわからなかった。
いや、言っていることは正しいのかもしれないが、俺の立場からそれに賛同していいのかわからなかったのだ。
だが、俺が否定しなかったせいか、どんどん話はエスカレートしていく。
「そもそもリオナ姉さんは意識が高すぎるのよ。確かに自分は何でもできるかもしれないけど、それを私にも押し付けないで欲しいわ。そんなんだから周りから頼られすぎて、恋人の一人もできないのよ」
「リリム姉様も少しは付け入る隙を見せてほしいものです。そういうのがない完璧な女性だから、なかなか周りに人が寄ってこないんですよね。このままだと、本当に一人で過ごすことになりますよ」
「お、おい……そろそろやめた方が……」
流石にこれ以上はまずいと思ったので、俺は二人の文句を止めようとする。
しかし、完全に二人はスタートしてしまったのか、俺では止めることができそうにない。
そして……
「なにか面白い事を話しているわね?」
「ええ、そうね~。自分たちに婚約者がいるからって、もう上から目線なのかしら?」
「「「っ!?」」」
背後から聞こえてきた声に俺たちは揃って体を震わせた。
そして、視線を向けるとそこには(貼り付けたような)笑顔を浮かべたリオナさんとリリムさんの姿があった。
彼女たちの後ろには般若が浮かんでいた(ように見えた)。
「お、お姉ちゃん?」
「ね、姉様?」
いつの間にか現れた姉たちの存在に驚き、妹たちは恐怖の表情を浮かべながら後ずさる。
だが、この場から逃げ出すことはできない。
なんせここは伯爵家の屋敷──広いので逃げる場所があると思われがちだが、屋敷の中で走り回ったり、暴れまわったりすることなどできるはずがない。
というわけで、二人はもうすでに袋のネズミとなっているわけだ。
「ちょっと向こうで話そうか? ティリスが私のことをどう思っているのか、気になったの」
「そうね~。なんだかレヴィアが私のことをいろいろと考えてくれていたみたいだから、この際全部聞いておこうかしら」
「「いや~っ!」」
笑顔のまま姉たちは妹の襟首を掴み、引きずっていった。
俺はその光景を見て、頭の中で馬車で連れていかれる子牛の歌が流れていた。
俺は思わず合掌してしまった。
と、ここで近くにいたリュコが話しかけてきた。
「だ、大丈夫なんですか?」
「まあ、大丈夫なんじゃない? 流石に馬鹿にされたからと言って、妹を傷つけるようなことはしないでしょ?」
「いや、そういう問題じゃ……」
「?」
リュコの心配していることが分からない。
二人は悪い事をしたのだから、その分の罰はしっかりと受けないといけない。
どうせ怒られるだけなのだから、心配はしなくてもいいだろう。
あとで慰めればいいだけだ。
「あら、ティリスちゃんとレヴィアちゃんという子がいながら浮気かしら? うわっ、このメイドさんもものすごく綺麗じゃないっ!」
「本当ね。しかも、魔族と獣人の特徴があるってことは……このメイドさんが噂のリュコちゃんじゃないの?」
「え? それって、グレイン君の第一夫人って噂の?」
「ええ、そうよ。ティリスちゃんとレヴィアちゃんのことを「婚約者とは認めるけど、第一夫人の座だけは駄目だ」とグレイン君に言わせたほどの女の子よっ」
リオナさんとリリムさんを解放したせいで、サーラさんとクレアさんの興味がいつの間にかこちらに向いていた。
いや、それは構わない。
俺はティリスとレヴィアの婚約者なのだから、二人から興味を持たれることは仕方がない事だ。
しかし、一つだけ……
「なんですか、その根も葉もない噂は!」
俺は先程二人が言った噂話を問い詰めようとした。
明らかに俺が知らない俺の情報が流れていたからだ。
一体、誰がそんな情報を……
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