5-67 死んだ社畜は婚約者の母親邂逅する
「さて、シャルロット様の誕生日パーティーが明日にあるわけだが、もうみんなは準備を済ませているな?」
「「「「「うん」」」」」
アレンの言葉に子供たちは全員頷く。
といっても、俺たちの準備はエリザベスとクリスを主導に進められていたので、俺たちはとりあえず終わったということしか理解できていない。
他に何の準備が必要なのかは理解できていない。
とりあえず、王城でのパーティーにふさわしい服装をすることは理解できているが……
「まあ、そこまで準備をすることはなかったんじゃないのか?」
「ええ、そうですね。パーティーなんてしょっちゅうありますから、普段から準備はしていますし……」
リオンとルシフェルはアレンの言葉にそんな返事をしていた。
まあ、二人ならばパーティーなどしょっちゅう参加しないといけない立場なので、常にパーティーに参加できる準備はしているのだろう。
だからこそ、これだけのんびりとしているのだろう。
しかし……
「二人の準備はまだできていないわよ?」
「「なに?」」
そんな二人にエリザベスが話しかける。
エリザベスの言葉に二人は怪訝そうな表情を浮かべる。
そんなことを言われると思っていなかったのだろう。
彼女の後ろではクリスも賛同するように頷いていた。
しかし、俺もまた彼女の言葉に納得することはできていなかった。
なんせ、二人は何度もパーティーに参加しているのであれば、そうそう準備をし忘れるということはないはずだ。
忘れていたとしたら、おそらく参加するつもりはないと思われる。
しかし、エリザベスとクリスの表情は真剣そのもの。
一体、何を忘れているのやら……
(ブウンッ)
「「「「「ん?」」」」」
とここでいきなり空間の歪みを感じた。
これはウルスさんの【空間魔法】による空間の歪みだろう。
つまり、どこかから彼女がここに転移して来ようとしているわけだが……
「「ま、まさか……」」
空間の歪みを見て、リオンとルシフェルの表情に驚愕が浮かぶ。
今から起こる出来事をすでに予期しているようだ。
一体、何が……と疑問に思っていると、空間の歪みから三人の女性が現れた。
一人はウルスさん──【空間魔法】の使用者である。
しかし、残りの二人は誰かはわからない。
年齢的にはエリザベスと大差ないぐらいの大人っぽい女性で、それぞれが獣人と魔族であることはわかるのだが……
「「ママっ!?」」
「「「えっ!?」」」
ティリスとレヴィアの言葉に俺とシリウス、アリスは思わず驚いてしまった。
いや、これは想像できることだったかもしれない。
これからパーティーに参加するはずのリオンとルシフェルがまだ準備ができていないという話、ウルスさんが連れてきた獣人と魔族の女性──そこからリオンとルシフェルの奥さんだと考えるのが普通だ。
しかし、まさか転移で現れるとは思わなかった。
「あなた? 私たちがいないのに、よく準備ができていると言えたわね?」
「えっと……それは……」
「ルシフェル様もですよ? 研究にばかり熱を上げて私を忘れることは構いませんけど、魔王として参加するのに私を忘れるとは何事ですか?」
「す、すみません」
それぞれの妻に詰め寄られ、リオンとルシフェルはたじたじになっていた。
こんな二人の姿は珍しいな。
しかし、まさか二人の奥さんがこんなに美人だとは思わなかった。
リオンの奥さんは背が高くてスレンダーな見た目と吊り目が特徴の姉御って感じの女性だった。
ルシフェルの奥さんは一言でいうならば、全身が柔らかそうで性格も柔らかそうな雰囲気のほんわかした女性だった。
まあ、娘さんたちのルックスから、二人が美人であることはわかっていたことだが……
と、ここでエリザベスによる静止が入った。
「二人とも、旦那への説教は後にして、今は自己紹介をしてちょうだい」
「あら、ごめんなさい。つい、怒りが先走っちゃって……」
「ごめんなさい、リズ。私としたことが、つい……」
エリザベスの指摘に恥ずかしそうな表情を浮かべる女性たち。
どうやら、人前で怒ることは恥ずかしい事だと思っている様子だった。
まあ、身内の恥をさらすことに他ならないわけだから、そういう感情が普通だろう。
そして、説教から解放されたリオンとルシフェルはこっそりため息をついていたが……
「説教にはあとで私も参加させてもらうわ」
「「ええ、もちろん」」
「「っ!?」」
彼らの安堵は長くは続かなかった。
説教にエリザベスが参加するということで、苦痛が何倍にもなることは確定したわけだから……
まあ、これについては完全に二人の自業自得だ。
俺が同情する余地はない。
「初めまして。私はサーラ=ビスト、獣人の国【ビスト】の王妃よ。よろしくね」
「私はクレア=アビスです。魔族の国【アビス】の王妃です。よろしく」
「「「「「初めまして」」」」」
二人の簡易的な自己紹介に俺たちは元気に返事する。
それが嬉しかったのか、二人は笑顔を浮かべた。
そして、こちらの自己紹介もしようとした訳だったが、なぜか俺だけエリザベスによって自己紹介を後に回された。
一体、どうしてだ?
しかし、すぐにその疑問は解決された。
「あなたがグレイン君ね? へぇ……アレン君の息子というだけあって、カッコいいじゃない」
「リズさんの血も入っているからじゃないですか? 凛々しい雰囲気とかリズさんと近い気がしますし……」
奥さんたちの興味が完全に俺に向いていた。
おそらくエリザベスはこれを見越して、俺の自己紹介を後に回したのだろう。
そして、彼女たちが俺に興味を示す理由は……
「えっと……ティグリスさんとレヴィアさんの婚約者になりました、グレイン=カルヴァドスです。挨拶に伺えず、もうしわけありませんでした」
俺はとりあえず頭を下げる。
現在、俺はいきなり婚約者の母親たちと邂逅してしまったわけだ。
しかも、婚約者になってからかなりの時間が経っており、普通に考えれば怒られてもおかしくはない。
俺はお叱りを覚悟で謝罪したわけだが……
「あら、中々礼儀をわきまえたいい子じゃない」
「ええ、そうですね。こういう点ではアレンさんではなくリズさんの血を引いていることが分かりますね」
「もしかすると、クリスの教育の賜物じゃないの?」
「ああ、それもあるかもしれませんね」
俺の謝罪を聞いた二人は予想外の反応をしていた。
一体、どうして?
「えっと……怒らないんですか?」
俺はおずおずと尋ねる。
正直、思いっきり怒られると思っていた。
なんせ、リオンとルシフェルが日ごろから怒られているという話を聞いていたので、てっきり勝手に婚約をしたという話を聞いたら説教されると思っていた。
二人は俺の言葉を聞いてから一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、すぐにくすくすと笑い始めた。
「別にグレイン君に怒ることはないわ。というか、もともとこれは私たちの娘が言い出したことでしょ?」
「それにグレイン君は男爵の息子さんだけど、あのカルヴァドス男爵家の息子さんよ? ティリスちゃんとレヴィアちゃんの旦那さんとしては申し分はないわ」
「そ、そうですか?」
「「ええ、もちろん。二人をしっかりと幸せにしてあげてね?」」
「は、はい……わかりました」
「「よろしい」」
どうやら俺は二人に気に入ってもらえることができたようだ。
一時はどうなるかと思ったが、何の問題も起こらなくてよかった。
俺は安どのため息をついた。
こうして、俺と婚約者の母親の初めての顔合わせは終わった。
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