5-60 死んだ社畜は歴史的な瞬間に立ち会う
「てめぇ……俺をここまで侮辱したんだ。殺されても文句はねえよな?」
「ひ、ひいいいいいいいいいいっ!?」
リヒトに詰め寄られ、その怖い顔面を間近で見た男は女のような悲鳴を上げながら後ずさる。
しかし、その肥満体形のせいで決してその動きは早くない。
足をちょこちょこと動かしているのに、リヒトの一歩で距離を詰められるほどに……
「お、おい……これ以上は……」
流石にこの状況はまずいと思ったのか、アレンが止めようとする。
それに合わせて、リオンとルシフェルも行動を開始する。
しかし──
「邪魔だっ!」
「「「うぐっ!?」」」
リヒトが腕を振るうと、三人は小さく呻きながら体勢を低くする。
流石はドラゴンと言ったところだろうか、腕を一薙ぎしただけであの三人を吹き飛ばしかけるとは……
この世界でもトップクラスの実力者のはずなのに、ドラゴンという存在はそういうことは関係ないのだろう。
まあ、この三人だからこそ、この程度の被害で住んでいたのだろう。
三人の後ろにいたはずの俺はふわっと体が浮いたかと思うと、十数歩ほど後ろに下がらされた。
さらに後方にいた者たちは勢いよく壁にぶつかっていた。
少し心配ではあるが、今は気にしている暇はない。
とりあえず、リヒトの怒りを収めないと……
「さて……どうしてやろうか? まるで豚のように膨らんでいる腹に噛みついてやろうか?」
「(ジョバッ)ひぃっ!?」
「おいおい、もう立派な大人だろう? なのに粗相とは……」
「(ガクガクッ)」
リヒトの馬鹿にされたような言葉にも反論できないぐらい、男は怯えていた。
まあ、普通の人がドラゴンに睨みつけられたら、漏らしても仕方がないだろう。
ここまで情けない姿を見せられれば、相手側としては戦意を削がれても仕方がない。
しかし、それはドラゴンには当てはまらないようだ。
「ふむ……そこまで恐怖を感じているのなら、痛みを感じる間もなくあの世に送ってやろう。感謝するがいい」
「えっ!?」
リヒトの言葉に男は驚いたような視線を向ける。
そこにはすでにブレスの発射体勢に入ったリヒトの姿があった。
ものの数秒でブレスは放たれ、何も感じることなく男はこの世から消えてしまうのだろう──そんな光景が頭の中をよぎる。
それはアレンたち三人も同様だったようで、止めようとする。
しかし、いかに三人が早く行動できようとも、先ほどのリヒトの行動により体勢を崩していたせいでもうすでに間に合わないタイミングになってしまっていた。
そして、三人の行動が無駄になった──と思われたが……
「あなた、止めなさい」
「む?」
突然の声にリヒトがブレスを放つのを止めた。
声の方に全員が視線を向けると、俺の真後ろにシルトさんがいた。
いつの間に現れたのかはわからないが、とりあえず彼女が背後にいることを俺は気づくことができなかった。
「え? えっ!?」
ブレスが放たれなかったおかげで生きながらえた男は状況がわからず、辺りを見回している。
そこには先ほどまでアレンを嘲笑していた偉そうな男の姿はなかった。
リヒトにブレスを放たれかけていたのだから、それも仕方のない事ではあるが……
とりあえず、この男は放っておいても問題はないだろう。
今はリヒトとシルトさんの方に意識を向けよう。
「何をしているのかしら? こんなところでドラゴンの力を見せたら、大変なことになるじゃない」
「だが、この男は我々ドラゴンを侮辱したんだぞ? その報いを受けさせなければ……」
「侮辱? どんなことを言ったのかしら?」
リヒトの言葉を聞き、シルトさんが質問をする。
おそらく、彼女はアレンが嘲笑されている時にはまだいなかったのだろう。
リヒトが暴れ始めたあたりで気づき、この場にやってきたのかもしれない。
そんなシルトさんにリヒトが憤然とした様子で話し始める。
「この男はまず我々ドラゴンの存在を疑っていた。それだけならばまだしも、我々を空想だけの存在だと侮ったのだ」
「それは仕方のない事じゃないかしら? 人間の前に堂々と出てきたドラゴンなんて、物語になるようなぐらい過去にしかないんだから、短い生の人間には信じられないと思うわよ?」
「それに俺の姿を紛い物だとまで言ったのだ。ドラゴンにとって誇るべき鱗を見て、本物ではないと言ったんだぞ?」
「実際に見たことがないんだから当然じゃない。それに、あなたはこの部屋の構造上本来の姿にはならなかったんでしょう?」
「……グレインに頼まれたからな?」
「人間の姿でドラゴンのパーツをつけても、信じない人は信じないでしょうね。それが敵対の考えを持っているのなら、より信じないわね」
「むぅ」
シルトさんの指摘にリヒトがむくれる。
大の男が子供っぽい行動をとっているので違和感が半端ない。
それが見目麗しいイケメンであるからこそ、さらに違和感を助長している。
「あなたはその程度で暴れたの? たかが偽物扱いされたからという理由で、この国を滅ぼしかけたの?」
「いや、違う。他にもこいつは侮辱をしたのだ」
「へぇ……何を言ったの?」
リヒトの言葉を聞き、スッとシルトさんは目を細める。
あれ、怒ってないか?
その怒りはリヒトに向けられているのか、それとも侮辱した男に向けられているのか……
「この男はドラゴンが人間の一人も傷つけることができなかった、と侮辱したのだぞ? それは最強の存在であるドラゴンに対する侮辱だろうっ!」
「えっと……どういうことかしら?」
リヒトの説明にシルトさんが訳が分からないといった表情で首を傾げる。
どうやら、怒りの感情は霧散してしまったようだ。
とりあえず、リヒトの説明ではりかいできないようなので、俺が代わりに説明することにする。
「えっと……ドラゴンと遭遇したという報告をした父さんにそこの男が文句を言ったわけです。「ドラゴンに出会ったのに、どうして五体満足でいるのか」、と」
「なるほど……その報告が嘘だと言われれば、ドラゴンの存在が疑われる。本当だとしても、ドラゴンが人間の一部すらも欠けさせることができないぐらい弱いと言われた、ということね」
「ええ、そういうことです。まあ、リヒトさんがいなければ、証拠不十分で信じてもらえませんでした」
「そのせいで、余計に面倒なことになっている気がするわ」
「……否定できません」
俺とシルトさんは会話をして、その内容に苦笑してしまう。
報告の真偽を証明するためにもリヒトがいることは必須だったが、彼がいたことで余計な面倒ごとが増えたのもまた事実だ。
はぁ……どうすれば、よかったのだろうか?
「……そこの女性は何者かな?」
と、ここで今まで状況を静観していた国王様が会話に入ってきた。
おそらく、突然現れたシルトさんのことが気になったのだろう。
もちろん、恋愛的な意味ではない。
そんな国王様の質問にシルトさんは恭しく答える。
「人間の国の王よ。我は闇を司りしドラゴン──【暗黒龍】のシルトだ。今は人の形をとっているが、本来の姿はこの部屋では収まりきらない。なので、仮初の姿で勘弁願いたい」
「……【闇属性】のドラゴンということですな」
「そうだ」
国王様の質問をシルトさんは肯定する。
どうやら国王様は状況を柔軟に受け入れたりすることができる人間のようだ。
世の中の人が全員こんな人間だったらいいのに……思わずそんなことを思ってしまう。
「では、こちらの方は?」
「光を司りしドラゴン──【聖光龍】のリヒトだ。我の夫でもある」
「おお、そうでしたか。先ほどは私の部下がリヒト殿を侮辱したようで、申し訳ない」
「いや、リヒトの短気も原因の一端である。なので、改まって謝罪してもらわなくともよい」
「ご配慮ありがとうございます」
シルトさんの言葉に国王様が頭を下げる。
その光景に周囲にいた人間がざわめき始める。
それはそうだろう。
国王様はこの国のトップ──つまり、この場にいる誰よりも偉いはずの人間だ。
そんな国王様が一人の女性(に見える何者か)に頭を下げて謝罪をし、感謝をしたのだ。
普通ではありえない光景なわけだ。
そして、周囲のざわめきが収まらない状況の中で国王様は頭を上げ、高らかに宣言した。
「このお二方がドラゴンであることは私が保証しよう。今後、それを疑った場合は罰せられることを覚悟せよ」
「「「「「えっ!?」」」」」
国王様の宣言にその場にいた全員が唖然とした声を上げた。
国王様のいきなりの宣言に理解が追い付かなかったためだ。
この日、リクール王国では空想上の存在であるはずの【ドラゴン】が実在する存在であることが認められた。
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